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時をかけるおじさん 5/ 60歳、初めての単身赴任

そして2013年、なんとアメリカはフロリダ州で、会社の支所長をやらないかという話が舞い込んできた。父60歳の話です。支所長て。フロリダて。

母は同行する気は一切なく、記憶が危うくなってきているし、そもそも基本的に家事は専業主婦の母任せだった父が一人で生活ができるの?という家族の心配も押し切って、なんと父はアメリカへ、初めての単身赴任をした。

一人でのアメリカ生活はそれなりに楽しかったようで、家財道具を揃えたり(単身赴任の人にしちゃ買いすぎていたようだった)、たまに料理をしたりと意外と暮らせていたらしい。とはいえ徐々に仕事にも生活にも支障が出始めたようで、おそらく綱渡りだったと思われる日々。仕事上のアポイントも、美容院の予約も、行こうと思ってチケットを購入したコンサートも、自分ではなかなか達成することができないようだった。日常には様々に危険が潜んでいたことだろう。なんと大好きな運転も日々していたのだから、多分本当に危なかった。結局母にヘルプを要請して、アメリカの家を引き払い、約1年2ヶ月のフロリダ生活、そして会社員生活を終えた。

アメリカから帰国し、さらに定年退職も経た父は、時間に縛られることがなくなった自由さを喜ぶ反面、何もしない生活を持て余していた。と、いうのは娘の勝手な視点かもしれないが。

そういえば特にアメリカにいた頃、父はひまにかまけてよくfacebookをやっていた。使い方がよくわかっていないので、誰でも閲覧可能なコメント欄と、1対1のやり取りであるメッセージ機能の区別ももちろんついていない。

たとえば誰かが、私とうつっている写真を私にタグ付けしてアップする。そうするとつまりは私ではない第三者のページにアップされた写真に、写真をみた父がコメントをする。例:「ほうこ元気か。かわいいな」など。もちろん名字が一緒なので父であることはバレバレであり、誰でも閲覧可能な写真につけられた実の父からの愛のメッセージをみんなが見ることになる。それを見た私の友人たちが父のコメントにニヤニヤしながら「いいね!」を押す。これは公開処刑に等しい。

この頃おそらくスマホを使っていた父は、母や叔母などから送られてきた画像をフェイスブックにアップするという高度技術を使っていた。
ある日、いとこに子供が生まれたので、母が新生児の画像を父に転送した。父は喜んでフェイスブックに書き込んだ。「孫、かわいいでしょ」という説明付きで。
父の実の息子(私の兄)からは、「アンタの孫じゃないでしょ」とコメントがついた。
これがオンライン上で行われている。
コントだ。

オンライン上で、あるいは私のページ上でも暴れ回る父のマヌケな行動はかなり恥ずかしかったが、いつからか父は、まったくパソコンを使わなくなった。今思えばこんな行動も、ちょっと懐かしい。

文・絵 / ほうこ

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