時をかけるおじさん 16 / 娘が引っ越してきた

日にちが空いてしまいました。
そもそもこの「時をかけるおじさん」を書こう!と思い立ったのは、昨年の夏頃の様々な事件が起こった頃のことで。noteにアップしよう!と決めてからは、父の病気のことを基本的にその時点までの出来事を時系列で書いていた。

わかりやすいのですが、要はストックがなくなりまして(笑)
なので更新は今後ゆったりになってゆきます。もうなってるけど。

さて話は、母のがん発覚より少し前に戻り、私が私の事情で、実家へ戻ろうとしていた頃について。
その意思は、私の中では少し前から決めていたけれど、親に伝えるまでにはためらいがあり、少し時間がかかった。だが話してみると、両親というのは偉大なもので、おそらく何か予感もしていたのだろうし、受け入れてくれ、目の前にあった壁は自分が思っていたほどよりは低いものだったことに気がついた。

私が使っていた部屋は今は母が使っているので、私が使うのは、父が書斎として使っていた部屋にさせてもらうことにした。

ここからは娘の、酷で勝手な行動だけれど、私は父の書斎のものを、(一応、父の同意のもと)選別して処分したり寝室に移動するなどを必死で行った。
もともと本は好きな父だけれど、それにしても近年引退してからは、外に出かけるたびに、たくさん本を買って帰ってきた。もちろん自分の好きな本もたくさんあったと思うけれど、話題本や新刊など本屋でプッシュされているものもよく買うので、読んだんだか買ったことすら覚えていない本もたくさんあった。父の大事な部屋を占領する心苦しさはありつつも、私は私であまりに必死で、数年実家を離れている間に増えた荷物や道具などを一部屋に収めるために、自分のものもだいぶ処分したが、父のものもかなり処分した。

そのなかで一つ、廃棄予定で、粗大ゴミ回収を待つのみという状態にしていた、小引き出しがあった。ベッドサイドにおくような小さな引き出しだ。
以前、皮膚科で処方してもらった湿疹用の薬を父が塗布していないのではということを思い出し、
「そういえば薬どこにやったの?」と聞くと、いつも物の場所なんて大抵把握していない父が、
「確かあの引き出しじゃなかったかな?」というので、廃棄予定の引き出しを開けてみると、本当にぽつんと、塗り薬の小さなチューブがひとつ入っていた。

空っぽの引き出しに、小さなチューブの塗り薬がちょこん。なんなんだ。しかもなぜ覚えていたんだ。

ちなみに、引っ越しに同意してくれた父は、もちろん書斎の受け渡しも納得しているはずだが、
「私がこの家に住んでいること」「書斎が私の部屋になったこと」については、引っ越し当初は本当に混乱が多く、なんどもなんども聞かれるので、そのたびにいらいらした。

ちなみに、今でもまだあまり定着していない。
が、それについてあまり聞かなくなったような気がするのは、父なりの進化や工夫、なのかもしれない。

文・絵 / ほうこ

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ほうこ

時をかけるおじさん

65歳、若年性認知症の父は、 今日も過去も未来も星座も行き来している。 そんな、ときかけおじさんの話を、 歌でも口ずさむようなテンションで できれば書きたいなと思っています。
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