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やさしい漢方入門・腹診 第十回(最終回) 「一貫堂医学」

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漢方の診察で必ず行われる「腹診」。指先で軽くお腹に触れるだけで、慣れた先生になるとこの腹診だけで大凡の患者さんの状況や見立てができるといいます。「でもそんなこと難しいでしょう」と思うところですが、本連載の著者・平地治美先生は、「基本を学べば普通の人でも十分できます!」と仰います。そこでこの連載ではできるだけやさしく、誰でも分かる「腹診入門」をご紹介します。

お腹で分かるあなたのカラダ
やさしい漢方入門・腹診

第十回(最終回) 「一貫堂医学」

文●平地治美

一貫堂医学とは?

いよいよこの腹診連載も最終回となりました。これまでは腹証(おなかにあらわれる症状)の診立て方や対処法を中心にお伝えしてきましたが、今回は番外編。

腹診を含めた漢方の面白さをお伝えするために、日本の「一貫堂医学」を紹介したいと思います。

古代のヒポクラテス医学(※1)、インドのアーユルヴェーダ(※2)、韓国の四象医学(※3)と、発祥地も時代も異なるこれらの医学大系には、実は共通点があります。それは、体質で分類する医学だということ。日本では一貫堂医学がこれに該当します。

※1 ヒポクラテス医学:「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の四体液説(https://ja.wikipedia.org/wiki/四体液説)をもとにしている。
※2 アーユルヴェーダ:.トリドーシャ理論とよばれ、ヴァータ(風邪)・ピッタ(火)・カファ(水)の体質がある。
※3四象医学:太陽人(肺が強く、肝臓が弱い)/太陰人(肝臓が強く、肺が弱い)/少陽人(脾臓が強く、腎臓が弱い)/少陰人(腎臓が強く、脾臓が弱い) の体質がある。

創始者・森道伯先生について

一貫堂医学の創始者・森道伯先生(1867〜1931年)は、幕末に生まれ明治・大正・昭和にかけて漢方界で活躍しました。幼少時に養父を亡くし、母と共に江戸に出てベっこう細工で生計を立てていましたが、産科の名医として知られた遊佐大蓁に師事する機会を得、3年間医学を学びます。

その後、さらに清水良斉について医を学んでいましたが、清水良斉がある日突然旅に出てしまい、35歳にしてその後を継ぐことになりました。

その卓越した医術を学びたいと、彼のもとには多くの医師、薬剤師、鍼灸師等の門人が集まったといいます。そのなかには、その後の昭和漢方界をリードしていく、矢数格、矢数道明、石野信安、小椋道益、竹山普一郎、西沢道充らが門人として名を連ねています。 

また社会的活動にも力を注ぎ、人心の頽廃を憂えた同志と共に「日本仏教同志会」を創立して社会救済運動を行ったり、機関誌『鐘の響』に無料施療券をつけ貧困者の救済にあたったとされています。(以上のエピソードは『漢方一貫堂医学』矢数格 著、医道の日本社より)

特色は「三大証」と「五処方」にあり

一貫堂医学の特色は、体質を三つに分類する「三大証の分類」と、その体質にともなう「五処方の運用」にあります。これが優れているのは、いま罹っている病気を治すだけでなく、将来罹りやすい病気を予測して予防する「養生」に応用できることです。

【三大証とは】

人間の体質は以下の三つのどれかであるとする考え方です。

臓毒証体質:老廃物が身体の臓器に蓄積しやすい体質
瘀血証体質:瘀血が原因で疾病が起こりやすい体質
解毒証体質:解毒をはかる必要のある体質

【五処方とは】

大証のそれぞれに対応する漢方薬は、五つあります(解毒証体質のみ、年代に分けて三処方あるため合計で五処方になっています)。

臓毒証体質には……防風通聖散
瘀血証体質には……通導散
解毒証体質には……幼年期は柴胡清肝湯/青年期は荊芥連翹湯/壮年期は竜胆瀉肝湯

五大処方については、森先生のこんな逸話が残っています。ある少女を見た森先生は、

「この子は将来結核になるから、今から柴胡清肝湯(幼年期の解毒証体質の方への処方)を飲ませておきなさい」

とおっしゃったそうです。

ところが親御さんはこの話を真剣に受け取らず、やがてその少女は結核に罹り亡くなってしまいました。さらにはその少女の妹もまた、同様に結核で亡くなったそうです。

ここで親御さんはやっと森先生の言葉を思い出し、三女には柴胡清肝湯を服用させたところ、結核に罹らずに健やかに成長したといいます。

つまり五大処方とはいわば「体質改善をする」処方ということ。これを服用することで、様々な病気に罹りにくくなるのです(風邪や感染症などの、急性病を除く)。

また、たとえ症状が出た場合でも、体質に合った処方がわかっていればすぐに対応することができ、重症化を防ぐこともできるのです。

それでは三つの証について、具体的に紹介していきましょう。

臓毒証の性質

【性質】

臓毒証体質(防風通聖散証)といいます。
“臓毒”とは体内の毒に対する名称で、四つの毒(風毒、食毒、梅毒、水毒)が日々の生活で蓄積されて病気が起こりやすくなる体質です。

この体質の人の特徴は以下の通りです。

臍を中心に腹部が膨満している(いわゆる「社長タイプ」)
皮膚の色が黄白色のことが多い
幼年~青年期はあまり病気にかからず元気である
青年期や壮年期に、さまざまな熱性疾患(炎症、発熱など)にかかりやすい
壮年期以降は動脈硬化症、脳溢血、神経痛、腎臓疾患、糖尿病、痔疾などの疾病を起こしやすい
喘息になりやすい

【処方】

おなかがぽっこり太る、いわゆる“メタボリックシンドローム”の方は、この体質の方が多いです。この体質の方に効果があるとされる「防風通聖散」は、市販薬としてドラッグストアで販売されており、脚光を浴びるようになってきました。“内臓脂肪をとる(胃腸の働きを整える事で、過食や暴飲暴食による脂肪の蓄積を抑える)”とされています。

瘀血(おけつ)証の性質

【性質】

瘀血証体質(通導散証)といいます。瘀血とは、気血水のうちの血の流れが滞った状態です。本来はスラスラと流通するべき血が、何らかの原因でスムーズに流れなくなった状態、またはその血液を指します。血液としての機能が失われて場合によっては細菌を繁殖させる場となりうる、いわば“富栄養化した汚い池”のような状態です。

瘀血証体質の人の特徴は

肥満した赤ら顔、いわゆる「赤鬼型」
爪や唇も赤黒い感じがする
頭痛、頭重、めまい、のぼせ、耳鳴り、肩こり、動悸、脳溢血、片麻痺、動脈硬化症、肝臓病、痔疾、神経性疾患、泌尿生殖器疾患、虫垂炎、心臓病、腰痛
などの諸症状がでます。

【処方】

一貫堂医学において瘀血証に対応する処方は「通導散」です。瘀血のことは、連載の第6回「腹証と養生 その3」で紹介しましたが、通導散は後世方において、瘀血を取り除く作用が特に強いとされる薬方です。

本来は打撲後の疼痛、腫れをひかせる効果があるとされ、“鞭打ち・百叩き”の刑で瀕死の状態の人に使われていた処方とされています(物騒な話ですが・笑)。これを応用して、瘀血が原因の症状(循環器疾患、婦人科疾患など)に使われるようになったとされています。

『万病回春(中国・明代の名医である龔廷賢の代表作。日本には江戸時代の初期に伝わる)』には、次のような記載があります。
「跌撲、損傷、極めて重く、大小便通ぜず、
乃ち「お血」散ぜず。肚腹膨脹し、心腹を上り攻め、悶乱して、死に至らんとする者を治す。」(通導散『万病回春』折傷門 より)

つまり、瘀血によって大小便がでなくなってしまうことで、死血(血栓など、瘀血の最終産物)が上逆し場合によっては死に至ってしまう。通導散を服用することで便通がでるようになり、速やかに瘀血を排出させる作用がある、という意味です。

【「有形の塊」「無形の塊」とは?】

また、『傷寒論』を中心とする古方で、同じく駆瘀血薬として知られるものに「抵当湯」があります。

通導散と抵当湯との違いについて、先に記した『漢方一貫堂医学』(矢数格 著、医道の日本社)では、このように書かれています。

血に有形の塊がある場合→抵当湯
血に無形の塊がある場合→通導散

腹診で瘀血圧痛点を確認できる場合が多く、「有形の塊」とはこのようなものを指しているのではないかと思われます。婦人科系の疾患によく見られます。

抵当湯は、水蛭や虻虫などの動物生薬が入った強力な駆瘀血剤ですが、現在日本ではあまり使われていません。代わりに桂枝茯苓丸や桃核承気湯が使われます。

対する「無形の塊」とは、体全体の血液に問題があるような、生活習慣病などからの瘀血にみられることが多いです。腹診では圧痛点を確認できない場合もあります。循環器疾患やそれに伴う肩こりや頭痛などにも使われます。通導散のほかには冠心二号方も、こちらに分類されるでしょう。

解毒証の性質

【性質】

三大証の中でこの解毒証体質だけが、年代別にそれぞれの処方があります。

柴胡清肝湯(幼年期)
荊芥連翹湯(青年期)
竜胆瀉肝湯(壮年期)

一貫堂医学ではこの体質の特徴を「結核性疾患に犯されやすい者」としています。ですが現代では結核にかかる人は少ないですから、アトピー性皮膚炎、蓄膿症、神経衰弱、中耳炎など、アレルギー性疾患や自律神経に関する疾患にかかる人が多いようです。

【処方】

柴胡清肝湯に効果があるのは、いわゆる虚弱体質の子です。

青白い顔色かまた浅黒い
風邪をひきやすい
気管支炎
扁桃腺炎を発病しやすい
中耳炎を起こしやすい
などがあります。

荊芥連翹湯に効果があるのは、以下のような方です。スラッとして浅黒く、細く筋肉質の体型(細マッチョ!)の、若い男性患者の八割方は、この解毒証体質です。

皮膚の色は浅黒い~ドス黒い
青年時代に神経質、憂鬱な印象を与える
長身、筋肉質のやせ型
手や足の裏に脂汗をかきやすい
解毒証の強い方は皮膚にかすかに銀色の光沢を認める

壮年期の解毒証体質の薬方が竜膽瀉肝湯です。主に婦人病(帯下:おりもの)や泌尿生殖器病(陰部の湿疹、泌尿器の炎症)など、下焦(胃から下のからだの部位)の疾病によく用いられます。効果があるのは青年期と同様、やはり皮膚が浅黒く、比較的実証タイプの方が多いでしょう。

【注意】

ただしひとくちに「竜膽瀉肝湯」といっても、メーカーによって一貫堂医学で使用される処方と、『万病回春』で示されている処方(原方)とは、同じ処方名でもその内容が異なっていますので、使い分けが必要です。一貫堂の処方は運用範囲が広く、上記の症状が出やすい方の体質を改善する効果があります。

今回で連載も終わりです。これまでお付き合いいただき、ありがとうございました。腹診は誰でもすぐに始めることができますが、その奥は深く、私もまだまだ勉強の途中です。

自分のお腹を毎日チェックして
「こんなに疲れていたのか」「ちょっと無理しすぎかな」
など、新たな気付きを得ることもあるかもしれません。

連載の内容が、読者の皆様の日々のセルフケアのお役に立てれば幸いです。

この連載で書ききれなかった内容を加えて、夏に書籍化する予定です。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

(第十回 了)

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–Profile–

●平池治美(Harumi Hiraji)
1970年生まれ。明治薬科大学卒業後、漢方薬局での勤務を経て東洋鍼灸専門学校へ入学し鍼灸を学ぶ。漢方薬を寺師睦宗氏、岡山誠一氏、大友一夫氏、鍼灸を石原克己氏に師事。約20年漢方臨床に携わる。和光治療院・漢方薬局代表。千葉大学医学部医学院非常勤講師、京都大学伝統医療文化研究班員、日本伝統鍼灸学会学術副部長。漢方三考塾、朝日カルチャーセンター新宿、津田沼カルチャーセンターなどで講師として漢方講座を担当。2014年11月冷えの養生書『げきポカ』(ダイヤモンド社)監修・著。

著書

『やさしい漢方の本・舌診入門 舌を見る、動かす、食べるで 健康になる(日貿出版社)』、『げきポカ』(ダイヤモンド社)

個人ブログ「平地治美の漢方ブログ」
Web Site:和光漢方薬局


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