震災は、何を変えたのか?

14時46分18秒。
あの日は、よく晴れていたと、思う。

突然だった。
突然すぎて自分が揺れてるのかと思ったくらいのんきだった。
その後、ドンと、揺れてることがわかったんだ。

忘れることはできない、
我々に降りかかった、爪痕。

何が起こり、
何が変化したのか。

一度、体験とは距離をおいて紐解いてみたい。


SNSの台頭

多くの公式情報がTwitterで発信されていった。
多くの有名人が災害の情報を回していった。
Twitterが発端で起こった「ヤシマ作戦」も代表として挙げられるだろう。
今まで、
●インスタントな情報
●ポップな話題
●サブカルチャー
●とりとめのない会話
●名を明かさない人がマジョリティ
アンダーグラウンドだったSNSが、実生活と結びつき、陽の目に引きずり出された。

そして、震災により加わったというLINEの既読機能。行動が見える安心を手に入れるツールとなっていった。
あれだけ慎重だったWeb上に「情報開示すること」への抵抗感が薄らいだように思う。
それを良しとして各社が消費者のデータを吸い上げる量が段違いになった。

SNSは、ITは日本人から「信頼」を勝ち得たのだ。

絆と信用と結婚

あの年の「今年の漢字」は”絆”だった。

被災された方はもちろん、
●震災結婚
●震災によるジョブチェンジ
●震災によって生まれたサービス
いろんなことを震災で変えられてきた。
知り合いも、原発事故で
未だに帰れていない。


30年以上帰れないが、
「それでも俺達のふるさとはあそこなんだ」
と、なんとも言えない表情で答える人がいる。
土地に、人に、仕事に。
「すべては震災によって強く結ばれた糸」がたくさんあるような気がする。

死者は雄弁に語る

死者は、
海の向こうから語りかけてくる。
「俺たちを忘れるな」と。

未だに見つからない人は
2000人を超えるという。
8年前、忘れることなんてあるんだろうか?と思っていたこと。

生きている人は、多かれ少なかれ過去を置き去りにする。
薄れゆくあの日のことも、
死者の話をすると、強く思い出されることを改めて感じる。

私ごとになってしまうが、
工場から帰って来なくなった
あの人を思うと、震災直後あんなにこびりついて離れなかった
衝撃的な光景が思い出される。
ああ、こうして忘れていくんだな、と。
人はどんなことでも
忘れる。
薄れる。
だから、忘れないようにするんじゃなくて
「思い出す日を持つこと」こそが大事なんじゃないかと思う。

ぽぽぽぽーん

プロパガンダ。
テレビによる洗脳の話は、昔からよく言われている。
ワイドショーでもそうだ。
震災でなくても、
「何か」があればほぼチャンネルのすべては、
その話題で持ちきりになる。
(テレビ東京以外…?)

その様相は、バグを起こしたからくり人形のようだ。
震災のときも、そうだった。
それで心を病んでしまったキャスターもいたように思う。

狂ったまでに繰り返されるニュース。
それに加えての、あの不気味なCM。
みなさん、覚えておいでだろうか?

この不気味なCMは改めて見てみても、
やっぱり奇っ怪である。
”底抜けの明るさ”と表現してもいいのだろうか?
上半期銘柄別CM好感度トップ10堂々の1位。
その年の流行語大賞の候補にもなっていた。

プロパガンダ的といえば確かにそのとおりだし、
企業の自粛モードの矢面に立たされた功労的なCMでもある。

いかに不安に掻き立てられていたのか、
そして大人から見れば、ファンタジー的な立ち位置にあたる「子供向け」。

いろんな背景に思いを馳せながら見ると、
改めて、ホラー的な香りをほのかに感じてしまうのは
気のせいではないはず。

ちなみに、私はこのCMはめちゃ好きです。
色んな意味で魅了されているCMの一つです。

理適の誕生

人々の生活に、
効率だけじゃない「居心地」を求め始めるようになったのも
この”震災”を境になっているんじゃないかと思う。

2000年の代名詞、100円ショップ。
節約に次ぐ節約。
効率化の上の効率化。
暮らしの中に”ゆとり””質”という概念が一般的に広まっていったのではないだろうか。

震災後、一世を風靡した代表的なものの一つが「北欧ブーム」。
質素な中にも、できる限りの快適さ・潤いというものが入ってきたんじゃないかと思う。

そう。快適と合理化のあいだ、
「ほどほどがいいよね」っていう
「理適」という考え方が、台頭したんだ。

緩やかにおおい隠すこと

東日本大震災

この名前になったとき、「政府は、やりやがったな」と腹を立てたことをよく覚えている。(どこが決めたかは知らんけど)
●阪神淡路大震災
●関東大震災
●中越地震
すべて被害が大きかった地域の名前が入っている。
福島や東北が中心だったのだから、
そういった名前になるのが筋だろう。

けれど、東日本。

実際蓋を開けてどうだろう?
原発と津波が一緒に、一瞬にして思い浮かぶだろうか…?

意図的に範囲を大きくすることでぼかし、
「僕らも被害者だったんだ」と
多くの地域が錯覚させられたりしないだろうか?
揺れたり燃えたりしたけど、
一番大きいとは言えない東京や北海道も含まれてしまう範囲だ。

この名がついた瞬間、
事実の上に”一枚の薄いヴェール”がかけられたような気がした。

そして今、
ボディーブローのようにその効果を発揮し始めてきているような気配がある。

※実際、大変な思いをされたり、
帰宅困難者になったりもしたことはもちろん理解しています。
(私も1夜を明かして帰りました)


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ゆう

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