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火災関連吸入障害

熱傷センターがないので全身熱傷を管理することはないですが、気道熱傷が疑われる患者は搬送されることがあるので、その管理についてまとめました。
NEJM Review 2016(PMID: 27518664)、up to dateより

【Take home message】
・火災による吸入障害で問題となるのは、直接的な熱や免疫反応による気道粘膜の損傷と脱落、二次性の肺炎(ときにはARDSも)、ガス系による全身性障害(低酸素血症、CO中毒、シアン化物中毒)がメイン
・臨床所見(+必要に応じて検査)で、吸入障害を疑う
・顔面、頸部の熱傷、顔面浮腫、焼けた鼻毛、気道内のすす、炭素性の喀痰、嗄声、wheeze、striderなどがあれば気管挿管を検討する
・CO中毒は基本的に常圧酸素療法
・入院後は肺クリアランスを意識した管理を行う(理学療法、吸引、必要あれば気管支鏡)

<疫学>

・熱傷に関する疫学研究では、吸入障害(特に体表面積の20%以上に熱傷を負った患者)は独立した死亡の予測因子となっている
・熱傷患者の予想死亡率は、吸入障害がある場合、ない場合よりも20%高かった
・さらに二次性肺炎を合併した場合、死亡率は60%高かった

<病態生理>

吸入障害は、以下の機序で生じる
・直接的な熱および化学物質への暴露とそれに対する免疫反応
・低酸素血症、吸入毒素の全身性障害(CO中毒やシアン化物中毒)
・気管支壁の脱落の貯留
・二次感染(肺炎)

○直接的な熱損傷
・一般的には声門上の気道に限局される
・声門下で発生する損傷のほとんどは、エアロゾル化した化学物質や不完全燃焼物質によって生じる
・小さな粒子の場合は、遠位の気道に影響を及ぼす
・これらの損傷の種類と重症度は、放出される物質や粒子のサイズによるため、予想は困難
・局所的な影響としては、刺激、粘膜剥離、気管支攣縮、気管支血流の増加、界面活性物質の喪失、炎症などがある

○二次的な炎症
・吸入障害に対して激しい炎症反応が生じる可能性があり、局所的な活性酸素を発生させ、炎症細胞浸潤、サイトカインの放出を促進することがある
・二次的な炎症による影響としては、気管支攣縮、血管攣縮、気管支・肺胞への水分漏出、気管支喀痰の貯留・円柱形成、換気血流不均等などがある
・吸入障害を合併した熱傷患者では、必要な蘇生輸液が増加する

○酸素欠乏症
・可燃物の燃焼により、利用可能な酸素が消費される
・酸素が欠乏した空気を吸引することにより、低酸素脳症を引き起こす可能性がある

○一酸化炭素への暴露
・燃焼中に放出される一酸化炭素は、無色無臭の気体であり、吸入後すぐに体内に吸収される
・一酸化炭素は、ヘム含有部分、特にヘモグロビンとミトコンドリア内のシトクロム系の酵素に強く結合する
・この結合により、酸素運搬能が減少(カルボキシヘモグロビンCO-Hbの形成)し、酸素利用障害(シトクロムカスケードの機能障害)が生じる

症状の程度
CO-Hb 10-20%:頭痛、悪心
CO-Hb 20-30%:筋力低下、認知機能障害
CO-Hb 30-50%:心筋虚血、意識障害
CO-Hb > 50%:致死的

・搬送前の酸素投与により、初期暴露の程度が不明確になることがある
・これは100%酸素を投与されることでカルボキシヘモグロビンがすぐに正常化するため
シトクロム系に結合した一酸化炭素のクリアランスはさらに時間を要すると推測されている
・一酸化炭素曝露後の神経学的後遺症が遅れて出現することがある

○シアン化物質への暴露
・シアン化水素ガスは、多くの合成ポリマーの燃焼とともに放出され、吸入により容易に吸収される
・カルボキシヘモグロビンと同様に、シアン化水素はチトクロムレベルでの酸素の使用障害を来す
・低酸素血症や一酸化炭素中毒とともに吸入障害による早期死亡の原因と考えられる
シアン化物質中毒は、蘇生が成功したのにも関わらず持続するアシドーシスを認める

○二次感染と呼吸不全
・気管内および肺胞上皮が損傷すると粘膜脱落が生じ、気道内の喀痰の量が増加し、繊毛のクリアランスの量と有効性が低下する
・これは、進行性の小気道閉塞、無気肺、換気血流不均等、二次感染を引き起こし、熱傷後の管理を困難にする
・実際には、吸入障害に関連した院内死亡のほとんどは、最初の障害によるものではなく、これらの二次的な障害により引き起こされている
曝露から数日後に煙の吸入によるARDSを発症することがある

<診断>

主な評価のツールは、臨床所見、気管支鏡検査、画像検査
○臨床所見
・病歴と症状は診断、重症度の最も信頼できる情報
密閉空間での火災、鼻と口の周囲の熱傷、焼けた鼻毛、気道内のすす、炭素性の喀痰、嗄声、wheeze、striderはすべて吸入障害を示唆する

口の中のすすと気管内のすす(NEJM Review 2016)

○気管支鏡検査
・上気道の軟性気管支鏡検査では、炭素性の喀痰、潰瘍形成、蒼白、粘膜剥離を認める場合がある
・気管支鏡検査での所見は、その後の臨床経過と弱く相関することが示されている
肺のクリアランス(喀痰などの除去)のための気管支鏡検査は、入院後期に行うことは効果的かもしれないが、入院早期に行うことの効果は不明

○画像検査
・入院直後に施行される胸部レントゲンは通常は正常であるため、診断や重症度の評価には使用できない
・CT検査は、重症度や臨床経過の予測に使用できる可能性が示されているが、それによってマネジメントが変わる可能性は低い
・換気シンチにより、末梢気道閉塞を特定することを提唱されているが、実際に行われることは少ない

<臨床経過とマネジメント>

火災関連吸入障害の早期管理アルゴリズム(NEJM Review 2016)

曝露早期(0-72時間)
●気道管理
・吸入障害があっても気管挿管が必須ではない
・気道の開通性が脅かされていない場合(特に皮膚熱傷の範囲が体表面積<20%の場合)は、ベッドの頭の位置を高くし、空気を加湿し、注意して経過観察を行うことが重要
・気管挿管は、顔面浮腫、嗄声・喘鳴のある患者、蘇生により顔面浮腫が発症する可能性がある広範な皮膚熱傷の患者に推奨される
・上気道浮腫により、再挿管が困難になるため、気管チューブの安全性を維持することが重要
・即時で気管切開が必要になることは少ない
・一部の患者では、エアロゾル化した刺激物の吸入により、気管支攣縮が深刻な問題になることがある
・通常は吸入β刺激薬に反応する
・予防的な抗菌薬、ステロイド投与は推奨されない
・初期からの重度の低酸素血症は稀であり、一般的には肺保護換気とPEEPに基づく標準的な呼吸器管理に反応を示す

一酸化炭素中毒、シアン化物中毒
・一酸化炭素中毒はよく見られるが、入院前の酸素投与により、急速にCO濃度は低下するため、初期の曝露がどの程度が不明確になる
・高圧酸素療法の役割については議論が続いている
・実臨床としては、喘鳴や気道喀痰のある患者は、減圧時にガス塞栓や気胸のリスクがあるため相対的な禁忌となる
・カルボキシヘモグロビン(CO-Hb)の高値やかなりの一酸化炭素への暴露が疑われる場合は、標準治療として100%の常圧酸素を6時間投与する
・モニタリングは、高圧室への輸送中や高圧室内での時間にも行うことができなくなる
皮膚熱傷がない、喘鳴がない、臨床的に重要な気道喀痰がない患者など、高圧酸素療法が安全に施行できる場合は、その治療を検討してもよい
・他の状況においては、100%の常圧酸素療法の方が安全で実用的である
・吸入障害患者におけるシアン化物曝露の検査と治療に関しては議論されている
・北米においては、ほとんどの患者でシアン化物曝露の検査も治療も受けていない
・ヒドロキシコバラミンによる簡単な治療が使用可能であり、経験的な治療を行うことができる
Ex)
ヒドロキソコバラミン 5gを生食200mLに溶解し15分以上かけて点滴静注

曝露中期(3-21日)
●呼吸管理
・人工呼吸器管理を必要とする患者は、標準的な肺保護管理で十分
・気管粘膜の剥離と繊毛クリアランスの喪失のため、肺のクリアランスは吸入障害患者の治療の最優先事項となる
・ほとんどの患者は、胸部理学療法と吸引のみで十分
・時折見られる過粘稠の分泌物の場合は、肺のクリアランスを目的とした気管支鏡検査が役立つことがある
・肺への二次感染は、一般的な合併症であり、抗菌薬と肺クリアランスで治療される

●吸入薬の使用について
噴霧ヘパリンN-アセチルシステインは、粘膜脱落の除去を強化し、吸入障害の患者の転機を改善するために提唱されている
・臨床研究では、相反する結果が示されており、頻繁な噴霧は肺炎のリスクを高める可能性もある
・一部の研究では、吸入による効果が示唆されている
・噴霧療法は多くの施設で施行されているが、世界的に採用されているわけではない
ex)
ヘパリン 5000-10000単位+生食3mL 4時間毎に吸入
N-アセチルシステイン 20%溶解液(ムコフィリン) 3mL 4時間毎に吸入

長期的な問題
・重症患者では生存できない可能性があるが、生存者の大多数では吸入障害後の晩期合併症はほとんどないことが報告されている
・上気道、気管内損傷の直接的な熱損傷による合併症は少数例で発生するが、重篤になる可能性がある
・このような合併症のある患者では、抜管後数週間〜数ヶ月の間に上気道閉塞の症状を来す場合がある
・治療は困難であり、複雑な気道再建術が必要なることがある

<コメント>
・初療では気道確保を行うかどうかがカギになります
・中〜長期では喀痰との戦いになりそうです

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