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制限付きフードスタンプによるベーシックインカムの可能性

 北欧フィンランドでベーシックインカムの実験が始まっていますが、どこの国で導入するにしても労働を対価にしない恒常的な収入に関しては賛否両論が出るでしょう。
 その一方で社会保障費は増大し、少子高齢化による年金制度の将来的な破綻が現実的になってきた以上、どこかの国が早晩、全面的にベーシックインカムを導入するのではないでしょうか。

 ベーシックインカムの実験については、局地的かつ期限付きで行われますので、国家レベルで無期限に導入した場合とはおそらく結果が異なるでしょう。場所も時間も限られているベーシックインカムであれば、受給者側にとっては一時的なお小遣いのようなものです。数年後には無くなり、かつ実験区域外に移住したらもらえなくなるのであれば、ベーシックインカムを頼りに仕事を減らして余暇を充実させる、という決断はなかなか取りづらいものがあるはずです。逆に、本格的に政府がベーシックインカムを導入して、国民全員に一定以上の収入を保証した場合、生き方も大きく変えることが出来ると思います。

 結局実験結果はベーシックインカム本格導入時の正確な予測を立てる助けにはあまりならないと思っていますが、じゃあなぜベーシックインカムを政府が本格的に導入できないかというと、その理由の一つとしては財源の問題があります。当然ながら国民全員一律に飢えない程度のお金をばらまく政策はかなりの税金が必要です。ベーシックインカム導入の代わりに他の各種社会保障サービス(年金や健康保険や失業保険など)を打ち切ることによって、ベーシックインカムの財源に充てることは出来ますが、それで全て賄えるわけではありません。そのギャップは確実に増税という形で反映されるので、受給者側の国民も倫理面(「働かざる者食うべからず」)だけではなく国家財政面での問題から反対することになります。

 そこでベーシックインカムの本来の意義に立ち返って考えてみますと、生きることが出来る収入が、個人自身の収入にかかわらず保証される、という行政サービスのはずです。
 衣食住が人間には必要ですが、例えば住むところは行政側での提供が無償ではないにしても格安で行われているケースはあります。収入そのものが原因ではありませんが、大規模災害時に設置される仮設住宅がそれにあたります。今後は人口が減っていけば管理されない物件も増えるでしょうし、相続拒否する物件も増えてくるでしょうから、そういった建物を政府・自治体が管理出来るようにしてしまえば、最低限の生活に必要な住居を行政側が提供することはそう難しくはないでしょう。
 また、衣服については着の身着のまま一張羅でも生きていくことは出来ます。もちろん洗濯は必要ですし本当に一着のみ、というのはあり得ないでしょうが、ファストファッションで買った服を何年も着続けることはさほど難しいことではありません。食料に比べて衣服は長期保存が容易ですから、不要な衣服を寄付してもらって必要な人に提供するということは、時間的隔たりや距離的隔たりがあっても容易です。
 では最後の食事についてはどうでしょうか。住居は提供側が一度提供してしまえば、土地の準備とメンテナンス以外は不要です。衣服も先に書いたように、ある程度数があれば生きていくだけなら何年も気にすることはないでしょう。しかし食事に関しては、資産があろうがなかろうが、家があろうがなかろうが、服があろうがなかろうが、どんな人間でもまず間違いなく毎日摂取する必要があります。また大規模災害時の例ですが、食事の提供は大変です。各地からの寄付があっても振り分ける作業がありますし、その作業に時間がかかりすぎたら食料が駄目になります。もちろん生ものというわけでは無いにせよ、また、各公共施設に保存食料を置いているにせよ、毎日提供が必要ですからサービスする側の負担も相当なものです。

 つまり、住居や衣服に比べると食事を安定的に提供するのは行政にとっても大きな負担となります。すなわち、ベーシックインカムが提供すべき一番重要な分野は衣食住のうちの食です。現金ではなく食を提供すべきです。
 そうはいっても市役所で炊き出しするわけにも行きませんから、行政が提供するのは社会保障サービスとしてのフードスタンプということになります。このフードスタンプをベーシックインカムの一部として提供してしまえばいいのです。
 このフードスタンプは今時の当然ながら、紙や磁気のカードなどではなく、スマートフォン内のアプリやもしくは電子的に個人認証されたカードによって提供されるべきです。システム構築に費用はかかりますが、昔ながらのカードも費用はかかりますし、偽造防止にもなります。また、フードスタンプの転売を防ぐことも出来ます。例えばホームレスを集めてフードスタンプを巻き上げて転売して利益を得るということもかなり防げるでしょう(100%絶対に防げるとは思っていません。必ず悪知恵の働く人はいますから)。
 そして、このフードスタンプには有効期限を設けて、使われなかった分は利用出来ないことにすれば、国庫負担はその分減ります。すなわち、ベーシックインカムに反対している人は少なくとも自分の分のフードスタンプを使う可能性は少ないでしょうから、現金をばらまいて貯蓄される場合に比べると、ベーシックインカムに必要な費用は減ります。
 現金(もちろん銀行振り込みですが)でベーシックインカムを提供すると、貯蓄に回されたり、嗜好品やギャンブルに使われたりして本来の目的を果たせない可能性があります。用途や期限を制限することによってある程度は目的を達成できるはずです。
 ベーシックインカムに反対している人に対しても、多少の説得力が出てくるはずです。「最低限の食事は提供されるけれどそれ以上が必要になれば働くはずだから勤労に対する意欲は無くならない」と主張すれば、ある程度の反対派は崩せるのではないでしょうか。
 また、ベーシックインカムを自分には必要無いと思っている人は、提供されたフードスタンプをそのまま使用しなければいいだけです。その分は税金負担が減りますから社会貢献していることになります。
 さらにフードスタンプを使用できる店や食品の対象を、高所得者層が利用しなさそうなものにしてしまえば、高所得者層はフードスタンプを自らのプライドから使用することがなくなり、税金からのサービス提供を受けられないことになりますから、一種の累進課税が実施されることになります。

 さらに、ちょっと危険というか誤解されると非常にまずい議論になりかねませんが、フードスタンプで利用出来る食材を、例えば飲食店や小売店での廃棄食材のうち、まだ食用には問題ないものにも利用出来るということにすれば、フードロスの問題も一挙に解決できることになります。ただ、これは本当にセンシティブな問題です。「貧乏人は腐りかけの飯を食え」という非常に差別的なヤバい考えに結びつきかねない、というかほぼ密着しているかも知れません。池田勇人の「貧乏人は麦を食え」が霞むレベルの考えです(どうでもいいことですが、今、麦を食べている人ってむしろ健康を意識してわざと高価な麦飯や雑穀米を食べるようなどちらかというと高所得者層ですよね)。
 そこまで行ってしまうと、ベーシックインカムやフードスタンプの問題ではなくなってしまいそうです。制限付きフードスタンプによるベーシックインカムが導入されれば、フードスタンプ利用可能店舗における消費が増えてフードロス自体が減るかも知れませんし、そうなればそこまで極端な仕組みは必要無いでしょう。

 とりあえず、前々段までをまとめますと、制限付きフードスタンプによるベーシックインカムであれば、
・有効期限切れの分は税金負担が減る
・衣食住のうち行政側での提供が難しい食の提供が可能
・転売や目的外利用を防げる
・最低限の食事だけの提供なので、ベーシックインカム反対派を説得しやすい
といった利点があります。もしかすると国内外の偉い人達がすでに考えているのかも知れませんが、こういった議論はもっと広く深くやっても良いと思います。

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