国体の共同開催を常態化することも考えるべき

戦後、都道府県持ち回りで国体を開催することにより、その開催に合わせてスタジアムなどのスポーツ設備が全国に建設されていきました。ハコモノ行政として今では批判の対象ですが、持ち回りが一周するまでは各都道府県で一定以上のレベルのスポーツ施設を所有する、という意義はあったと思いますし、一概に批判だけするべきものでもないと思います。

スポーツを住民に推奨することにより、住民が充実した人生を送る手助けをするというのは大義名分としては立派なものですし、なおかつ住民が健康を維持することによって医療費削減と税収アップという政府・自治体としても利益があるものだからです。

また地域によって整ったスポーツ設備のあるなしに差があるのもあまり良くないことでしょうし、施設を建設する理由として国体があるから、というのも無理からぬ論理です。さらにはその地域の建設業にもメリットがあるわけです。汚職の温床にもなりやすいですが。

そうは言っても、開催が全国で一周した後、二週目に入っているわけですが、その中でもう一度ハコモノを建設していく、というのは必然では無いはずです。かつて建設したスポーツ施設は約半世紀前のもののはずですから、当然ながら老朽化していますし場合によっては耐震性に問題がある場合もあるでしょう。

しかし、これからほとんどの都道府県では人口が減っていきます。少子高齢社会ですのでスポーツ施設を利用する人は人口減以上のスピードで減ります。それでもかつてのように1つの都道府県で国体を開催して、それに合わせてハコモノを作るというのは半世紀前に比べると費用対効果が非常に悪いはずです。その一方で開催競技が昔よりも増えています。それに合わせて必要な設備も昔よりも増えますし、建設費用も増えてしまいます。

そもそも、国民体育大会という名前なのだから1都道府県のみでの開催にこだわる理由は無いのではないでしょうか。これまでにも複数県での共同開催はありましたが、常態化させてもいいのではないかと思います。開催のための施設建設や開催時の選手・観客が落とすお金などが開催県での景気対策になっている部分はあるのかも知れませんが、国体後の施設維持費を考えると微妙なところというかむしろマイナスなケースもあるはずです。

交通の便によっては、隣の県の一部都市で開催するのも無理ではない地理的条件もあります。共同開催を例外ではなく普通のことにすることも検討の余地があるのではないかと思います。

共同開催が常態化すれば、問題視されている開催地の過剰な選手強化対策やジプシー選手の存在なども減るでしょう。そもそも開催都道府県がほぼ必ず優勝するのも変な話です。開催地が優勝しなくてはならないのはおかしい、とかつての高知県が主張して実際に優勝しなかったですが、その後にその流れが続くことはありませんでした。

施設建設にしろ選手強化にしろ、国体を開催する都道府県のメンツに関わる問題でもあるでしょうし、その国体を目指して日々練習しているスポーツ選手にとっては譲れないところもあるでしょう。しかし今後も少子高齢化は必ず進んでいきます。それに伴い、現状のような国体開催が都道府県にとって過剰な負担、言うなればお荷物になってしまうと国体の存在理由自体を問うてくる地域住民、あるいは政治家が出てくるかも知れません。国体がポピュリストの目の敵にされてしまった場合、どのように反論するのか、反論の根拠としてどのような国体開催の変革を行うのか、そこまで考えておくことは決して無駄にはならないと思います。

滋賀県で国体で使われるスタジアムの入札に関してのニュースがありましたが、

国体主会場の予定価格増額へ 滋賀知事「見通し甘かった」
https://www.kyoto-np.co.jp/shiga/article/20190909000050

今後はこういう問題が各都道府県で出てくるのではないでしょうか。人口が多いところならその分スタジアムなども多いはずですし、改修で済ませるなども出来るでしょうけれど、人口が少なく、国体で作られたスタジアムが一番大きなスタジアムという県の場合は、お金が無いのに新設せざるを得ないというジレンマが出てきます。共同開催や、開催後の施設利用も同一条件で出来るといった対策があれば、費用負担もかなり減るのではないでしょうか。


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