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余剰労働力というセーフティネット

日本の労働における生産性が先進国の中で非常に低いことがしばしばメディアに取り上げられます。

ハンコ文化やFAX利用、根回しや会議の多さといったアナログ的な理由に加えて、せっかくITを導入してもExcel方眼紙や印刷が必要といったことから、効率的に利用出来ていないデジタル面での理由もあります。

また、残業・サービス残業の多さとか、非正規雇用が増えてきたこと、逆に解雇規制のために労働力の削減が進まない職場もあるといった労働力の面での理由もあります。

少子高齢化が進む日本において、移民が日常的に入って来て成り立ってきた国家に比べると、大量の移民による労働力の確保もなかなか難しいでしょう。今いる国民にとって移民を受け入れる精神的な抵抗感に加えて、言語や習慣などの外国文化との違いが移民側の障害にもなってしまいます。

かといって少子化の改善策も進んでいないので、少子高齢化の傾向は今後も続きますから、社会における生産・サービスを維持するためには労働生産性を上げる必要が急務となっています。

一人一人の生産性を上げるには、先に挙げたアナログ的またはデジタル的な理由を改善していくことが必要です。これは企業における古い文化・習慣を潰していくことに加えて、法律面でのサポートも必要でしょう。例えば、契約書を交わすにしても署名押印を紙にするのではなく、デジタル上で行う、すなわち電子証明書を利用することで印紙が不要になります。

http://digitalstorage.jp/e-contract/cost-cut/

こういった、アナログをデジタルで行うことによるメリットを法的根拠でサポートすることで、細かい話ですが一人一人の労働生産性は上がっていくでしょう。

また、企業・法人レベルではすでに労働力不足が問題になっていて、労働力の安定的な確保がどの企業でも難しくなりつつあります。かといって、大量に抱えすぎてしまえば従業員一人あたりの売上・利益が減り、結果として労働生産性が落ちるというジレンマもあります。

となると、企業・法人レベルで生産性を上げていくには、これもまたIT技術に頼ることになります。人手不足をIT利用でカバーして、少ない人数でも高い生産性を出すことで売上・利益を維持することが出来ればいいわけです。

しかし、どの産業・職種でもIT利用で生産性を上げていけるわけではありません。特に労働集約型の職種、たとえば介護福祉施設や幼保園のようにサービス対象者に対するサービス提供者の割合が決められている場合は、従業員数が売上の上限を規定することになります。法律で決められていなくても、一人の従業員が提供できるサービスの範囲に限界がある場合には同じことです。例えば飲食店で従業員2人のお店が同時に100席のお客に対応出来るとは思えないでしょう。

コンビニの24時間営業の問題でもそうですが、どの職場でも余剰労働力が無くなりつつあります。限られた労働力の中で限界まで売上を増やしているわけですが、余剰あるいは冗長性に欠けると、そこから更にイレギュラーなトラブルが起きた場合に全く対応しきれなくなってしまいます。

先の例を挙げれば、従業員2人の飲食店でものすごいIT利用法によって同時に100席のサーブが出来たとします。しかし、そこで例えばそのITシステムにバグが見つかって使用できなくなるとか、通信障害が発生して使えなくなるとかトラブルが発生すると、途端にサービスの限界が狭まってしまうはずです。

余剰は冗長性とほぼ同義であり、冗長性はいざという時に役立つものです。こういったネットワークでデータをやり取りするときでも、エラー訂正のための符号がデータの前後に自動的に付与されて、データの受け手で受信時に受信したデータが経路中で壊れていないかどうかのチェックを行って、問題なければ表示や保存をして、問題があれば再送を自動的に送り手にリクエストする仕組みが存在します。

データの信頼性を確保するために冗長性が存在しているわけですが、IT技術の中にはありふれるほど冗長性が存在しています。では、労働力はどうか?

余剰労働力が存在しなければ、何か起きたときに対応出来なくなります。これはマイナスのトラブルだけではなく、良い面、例えば急に売上が伸びたときに生産・サービス提供を増やせないということでもあります。

雇用側としてはそんな安易に余剰労働力を抱えていられない、という理屈が当然存在すると思いますが、別にアリやハチのように働かないものを抱えることではなく、例えば残業がゼロになるくらいの人員を抱えておけば、いざという時に残業を増やすことで対応出来るということにもなると思います。もちろん、それでも安易な意見かも知れませんが。

ちなみに、働きアリや働き蜂の中には一定の割合でサボる集団がいるそうです。

働かないアリに意義がある
https://www.kadokawa.co.jp/product/321601000213/

働いている集団が働けなくなった時や大きく数を減らした時などに、これまでサボっていた集団から働くものが出てくるそうです。必ずしも究極的に効率性を高めることが自然ではないということにもなるのではないでしょうか。

また、家庭における家事育児が女性側に偏っているということも問題視されますが、核家族化と少子化が要因でもあると思います。核家族ではない家庭であれば家事の負担は分散されますし、子どもが多ければ上の方の子が幼い子の面倒を見てくれます。その上、労働者の勤務・通勤時間は昔に比べると長くなっていますから、家事育児に割ける時間が減っているため、専業だろうと兼業だろうと主婦の負担が増えているのは間違いないでしょう。一家族における冗長性の欠如が、主婦の過重労働の原因でもあるはずです。核家族化・少子化はすぐには解決出来ない問題である以上、労働者の労働時間を減らすイコール労働者の家事に割ける時間を増やすことで家庭の問題もある程度解消できるのではないでしょうか。

すなわち、余剰労働力による冗長性の確保は、企業の存続だけではなく家庭の存続にも関わる問題とも言えます。

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