イランへの圧力と独裁政権の排除は正しいか

イラン情勢が急速に緊迫化してきました。
報道によると、アメリカはイラン隣国のイラク大使館から大半の人員を出国させたようです。

米、在イラク公館職員に退避命令 イランと緊張激化
米政府は在イラク公館の緊急要員を除く全職員に、同国を直ちに離れるよう命じた。ペルシャ湾岸地域での石油タンカーや施設への攻撃を巡り、イラクの隣国イランとの緊張が高まる中での動きだ。

トランプ政権になって、オバマ時代のイラン核合意を覆す、ということは最初から言っていましたが、去年今年と核合意から外れてその後もアメリカがイランに圧力をかけ続けたことで、イラン側の対応もギリギリのところにまで来ているのかと思います。

ニューズウィークの記事によると、イラク戦争を仕掛けたボルトンがイランにも戦争を仕掛けるのではないか、というストーリーになっています。

あの男が狙う「イラン戦争」──イラク戦争の黒幕ボルトンが再び動く
トランプ政権の「本音」が何より表れているのは、今やジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)が対イラン政策をほぼ掌握しているという事実だろう。ボルトンはイランの体制転換を唱え続けてきた強硬派の代表格で、03年3月のイラク戦争の開戦に大きな役割を果たした人物の1人でもある。
観測筋の間では、現状はイラク侵攻直前の状況に似ていると指摘する声が上がる。顕著な共通点はボルトンの存在だ。しかも今回、ボルトンは当時よりはるかに有力な立場にある。
03年当時は国務次官だったボルトンは開戦を強硬に主張し、武力行使を正当化するために情報を操作したと非難された。イラク戦争は今では戦略的大失敗だったという評価が一般的だが、ボルトンは15年になっても、自分が果たした役割について後悔はないと公言している。

2003年のイラク戦争では日本も当時の小泉首相が全面的にアメリカ(ブッシュ大統領)を、イギリスのブレア首相と一緒に支持しました。後にイラクには大量破壊兵器が無かったこと(単にサダム=フセインがブラフを言っていただけ)が判明した後、当然ながら小泉首相も批判されました。

さて、もし今、アメリカ合衆国がイランを相手に戦争を仕掛けたとして、2003年のイラク戦争時に官房副長官だった安倍総理は果たしてどのような対応をするでしょうか。

ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席は当然ながら批判するでしょうし、ドイツのメルケル首相も同様でしょう。イギリスのメイ首相は正直なところブレグジット問題でそれどころではないはずですが、今度は2003年の時ほどイギリスはアメリカに賛同しないでしょう。表立っての批判は避けるかも知れませんが。

中東におけるイランは地域レベルでは大国です。そのイランが反米政権として核兵器を所有することは、親イスラエルのトランプ政権では堪えられないのでしょうが、さすがに一度国際的に合意に至った核合意をちゃぶ台返ししてしまうのは、アメリカ合衆国という国家・政府への不信感を国際社会に植え付けてしまいかねません。同じく核問題で交渉を断続的にしている北朝鮮にしてみても、アメリカと合意してもひっくり返されるかもしれない、と判断したら交渉しても意味ないのでひたすら核開発・ICBM開発に突き進むかも知れません。

しかし、直接的な軍事行動でアメリカにとって自国や同盟国への脅威を取り除けるかというと歴史を見るとそうならないケースも多々あります。

例えば、自国民や周辺国を圧迫している独裁者がいなくなったら平和になるか、と思いきや、独裁者によって抑えられてきた問題が噴出する、ということは冷戦以降だけでもいくつも例があります。

ユーゴスラビアではカリスマだったチトーが死んだ後、10年弱の間は混乱が小さいままでしたが冷戦崩壊以降に一気に問題が顕在化して、連邦を構成していた国や民族が独立を宣言して大規模な内戦が始まりました。

イラクでは2003年のイラク戦争によってサダム=フセインがアメリカ軍によって排除されました。その後、アメリカは暫定統治を軌道に乗せることに失敗し、ほぼ内乱のような状態になり、さらにイラク北部からシリアにかけてISが勢力を拡大させる事態にまでなりました。

リビアでも「アラブの春」の革命運動が起きたときに、カダフィ政権が倒された後に混乱が始まり、もともと3つの地域をまとめて出来た国家の内部に存在した対立が噴き出しました。

あの国で国連に反旗を翻した元帥は「アメリカ人」だった
しかし、カダフィ一族の排除は、平和や民主主義をもたらさなかった。強権支配のタガが外れたリビアで代わりに起きたのは、反カダフィに立ち上がった各地の民兵組織が「軍閥」化して争う、内戦だ。

ここ数年ずっと紛争が続いているシリアではそもそもその独裁者の排除すら失敗しています。

北朝鮮にしたって金正恩体制を崩壊させるだけで北朝鮮が民主化されるとは限りません。内戦が起きない保証はないですし、混乱状態になれば隣国であるロシアと中国が影響力を及ぼすでしょう。

かつてアメリカは共産主義に対抗するために、途上国の独裁者を支援していました。イラン・イラク戦争時はイラクのサダム=フセインを援助していましたし、フィリピン・南ベトナム・韓国の独裁政権も反共のために支持して、その人権侵害や虐殺事件などは無視していました。西側の超大国として自由民主主義を標榜していたのにも関わらずです。そのダブルスタンダードはしばしば批判されていましたが、語弊はあるかも知れませんが結果的には政治的には正しかったといえるかも知れません。ダブルスタンダードは妥協の産物ですが、そもそも究極的には政治とは妥協です。妥協の余地がない倫理的高潔さを政治や外交に持ち込むと、つまり悪い独裁者を問答無用で後先考えずに取り除いてしまうと、良くてエジプトのような政治的混乱、悪いとリビアやイラクのような内戦を招いてしまいます。

エジプトではアラブの春で民主化されましたが、その民主主義の結果である選挙で選ばれたイスラム同胞団政権をアメリカは否定し、軍隊のクーデターによりひっくり返してしまいました。これも明らかなダブルスタンダードですが、エジプトに関しては冷戦時代の現実主義(プラグマティズム)を取り戻して対応しているのかも知れません。

さて、注目のイランは反アメリカ、反イスラエル、反サウジアラビアという立場を1979年のイスラム革命以降、ずっと貫いてきています。しかしイランはその革命直後に比べると今は選挙による大統領の交代で外交政策に多少の変化があるようにもなっています。誰かによる独裁政治が敷かれているというのは難しい政治体制です。もちろん、イスラム原理主義に基づく国家ですのでシーア派の神学者、ウラマーの判断や発言力は西側世界の理解を超えるレベルですが、そのウラマーによる独裁政権というとそれも違います。さて、アメリカはイランと戦う大義名分をどうやって得るのでしょうか。

唐突に話は変わりますが、「武」という漢字は分解すると、「戈」と「止」という二字になります。

この「戈」という字は音読みだと「カ」、訓読みだと「ほこ」と読み、武器や争い事を意味します。

そして「止」は言うまでもなく「シ」「とめる」「やめる」と読むように、中止・ストップすることを意味します。

漢字辞典として有名な「漢字源」によると、
説文解字における原義は、春秋左氏伝における

楚の荘王は「そもそも武とは、戦功を固めて戦争をやめるのである。したがって『止(=とどめる)』『戈(=戦争)』から『武』はつくられる」といった。〔左・宣一二〕

という解釈に表されています。

つまり、「武」という字は「武器の使用をやめる」「争いを終わらせる」というのが元々の意味ということになり、「武力」とは「争いを終わらせる」力を意味することになるのです。

さて、アメリカでもイランでもどこでもいいですが、武力は何のために存在しているのか、理解している政府要人はどれだけいるでしょうね。

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