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【私の好きな曲#8】My Bloody Valentine / Sometimes

ひとことまとめ

アイルランドのシューゲイザー・バンド、My Bloody Valentine(通称MBV、日本ではマイブラ)が1991年に発表したアルバム「Loveless」に収録。

この曲Sometimesは、2003年公開のソフィア・コッポラ監督の映画「ロスト・イン・トランスレーション」の中で使われている(余談ですが、これもまた素晴らしい映画です)。まだ若いビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソンが世界の果ての異国である東京の夜の街をあてもなく彷徨う映像と合わせて曲が流れる。セリフは一切なく、あらかじめ2人の関係が終わっていくことを予見しているかのような達観と同時に、かけがえのない記憶として感情がじわじわと満たされていく、叙情的なシーンとなっている。

曲調としては、分厚いギターのノイズをバックに、淡々としたケヴィンのボーカルが盛り上がることも盛り下がることもなく、シンプルなメロディーが淡々と繰り返されるだけとなっており、一度聴いただけでは正直あまり印象に残らない曲である。

しかし、何度も聴くうちに、曲そのものの持っている大きなうねりの中に飲み込まれ、その音の洪水の中にいろんな感情を見出すようになる。

こうなると、もうすっかりこの曲の虜となってしまい、自分の中の新たな感情を探すために、何度も何度も繰り返し聴いてしまう、不思議な魔力を持った曲である。

解説

My Bloody Valentineは1984年にダブリンで結成。1988年、イギリスのクリエイション・レコーズから発売された「You made me realise」でブレイクし、この作品で彼らの音作りが確立された。ギターに対し、極端にディストーションやエフェクトを掛け、ズタズタに歪んだ音を背景に、ボソボソした聞き取りにくい音量のヴォーカルを乗せ、音と音の境界線を歪めることで幻想的な雰囲気を作り出すスタイルは、のちに「シューゲイザー」(客席ではなく、足元を見ながら演奏するスタイルを指したもの)として、多くのフォロワーを産み出した。

1991年に発表した「Loveless」は、彼らの代表作となった。本作のレコーディング期間は2年半、制作費用は27万ポンド(日本円で4千万円超)という、とてつもない規模で行われた。
(注)あまりに巨額となったため、レーベル副社長の家を抵当に入れざるをえなかったという逸話も残っている。

そんなこんなで完成した「Loveless」は、現在でも到底誰も追いつくことの出来ない唯一無二の作品となっている。

幾つの音が重なっているのか誰にもわからないほどの分厚い音像が作品の世界観を立ち上げ、遠くから聴こえるケヴィンのボーカル、寄せては返す激流のようなベースの低音、楽器同士の判別ができないほどぐにゃぐにゃに歪んだ音の輪郭、音程があっているのかどうか、もはやどうでも良くなるほど揺れる周波数が渾然一体となっている。

こうして言葉にすると、音楽としてはすっかり破綻しているようだが、実際には全くそんなことはなく、奇跡的と言ってもいいバランスでポップ・ミュージックとして成立している。

危ういほどの奇跡的なバランスで成立しているという意味でいうと、ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」に匹敵すると言っても過言ではないと思う。

さて、Sometimesはそんな奇跡的なアルバム「Loveless」の8曲目に収録されている。

この曲のイントロの「ジャカジャーン」というギターを聴くと、一瞬で90年代の自分に戻る思いがする。

当時の自分は10代そこそこで、自由に使えるお金など殆どなかったので、なけなしの3000円を払って買ったCDは飽きるまで何回も何回も聴いた。CDを聴くのはだいたい学校が終わって、家に帰ってご飯を食べ、風呂に入り、家族が寝静まった午前0時ぐらいからだった。CDに指紋が付かないように恐る恐るCDラジカセにセットし、ヘッドホンをかぶって再生ボタンを押すと、その瞬間から自分だけの完全な世界が現れる思いがしたものだった。

CDを聴くのに飽きると部屋の窓を開けて外の息を吸い込んだ。寒い土地に住んでいたので、息を吐くと白く凍って真っ黒な空に吸い込まれる光景をよく覚えている。その空の向こう側には、なにかよくわからない不安が待っているような気がしていた。

ついつい自分語りが進んでしまったが、そのような10代の記憶に否が応でも引き戻される、そんな特別な曲だ。

そしてこれからも、10代の自分に戻るためにたびたび聴き返すことになるんだろうな。

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