ウミの匂い

 悪い夢を見た。

 高校生の時肌荒れが酷かった。しかも大概それを血が出るまで掻いていた。カサブタを引っ掻く癖をやめられなくていつも膿の匂いを嗅いでいた。上げた手が筋肉痛になるほどまでずっと、ほとんど四六時中顔を掻いていた。そういうわけで顔中爛れていた。親が悲しそうな顔をしながら皮膚科に連れていってくれたりしたが、良くならなかった。私もその肌を良しとしていたわけではなくて、本当に気にしていたし頼むから綺麗になってくれと必死に思っていたのだが、どうしてもそのクセをやめることはできなかった。母親はとうとう、「本当に行った方がいいのは精神科なのかもしれないわ……。」と言い、私の顔を見て悲しそうにするだけになってしまった。
 大学生になって思春期特有の肌荒れが終わったのか皮膚も修復できる限りは修復されている。たけれどやっぱり月のクレーターみたいに、深くまで削ってしまった部分は目でわかるくらい醜く残っている。この間成人式の前撮りをしたとき、母親が心底嬉しそうな声で「やっぱりしっかりした化粧だと肌の傷痕消してもらえるのね。」と言っていて、それで顔のおおよそから流血していたときのことを思い出した。今ではなんとも思わない。

 肌荒れを気にして悲しんでいるそんな高校時代の私には、「それでもカワイイからなんとも思わないよ。治ったほうがもっと良いとは思うけど。」と言ってくれる人がいた。カサブタを掻いている手を掴んでダメだよと言って止めてくれもしていた。私が自分をスキになり始めたのは間違いなく彼の言動によってなのだ。つまりこれは付き合っていた人のことなのだけれど。

 悪夢について。再三noteに書いていることだけれど、私は高校時代が大きなトラウマになっている。今回の悪夢も例に漏れずその事についてだ。
 時期設定は彼女らが亡くなったあとだった。卒業間近なんだろうか。高校の頃の同期がみんな泣いていた。私もだ。私の親友はやっぱり何かをするためにがんばっていたけれど、やっぱり彼女も泣いた。ここはいいよ………。どうせそういう夢ばかり見るんだから。
 (高校同期はどうなんだろう。まだこういう夢をみるんだろうか?もし私だけ、性格や脳の特性上死別の悲しみの症状が長いのだとしたら……。それはおそらく膿の匂いを四六時中嗅いでいたこととも繋がってくる気がする。自分には傷をとにかく繰り返し痛めようとする特性があるのではないか?)

 問題はこの先で、うーん。起きてから夢のことについてウダウダするのもなんだか変なんだけれど(だって現実じゃないし)、でも夢ってなにか雰囲気をもたらしてしまうものじゃない?気分とか雰囲気を、見に覚えのない雰囲気を与えて去っていく。与えられたものを起きてる時間に真っ当に分解して考えようとしてみてしまうのはたしかに悪癖なのかもしれないけれど……。
 いま現在好きな人がその夢に急に出てきて、なんだか内容は覚えてないけれどニタニタ笑って消えた。場面が変わったのか、高校時代の恋人と友達と複数人で一緒にいて、私が何かを言って私たちが別れたことが周囲にバレてしまった。私はなにか機嫌の良い冗談を彼に投げ掛けたんだけれど毅然と黙殺されてしまった。そういうまあありがちな、なにも面白くない夢だった。
 夢のことだからそりゃあ内容は支離滅裂だし、何かの暗示だろうとは思わない。夢って大概見た気分が独特だからなんかみんな気になるんじゃないの。人の夢を面白くないとか夢のこと気にしてるのバカらしいっていう人はそこントコの情趣を解してないね。安部公房だって夢の内容から影響を受けて小説を書いてるわけだしうんぬんかんぬん……。

 何をしてもしなくてもずっと肯定してくれる存在が身近にいて、三年間ほぼ毎日会っていたのだ。強がって見ないふりをしていたけれどそれを失うとどんどん自分に自信がなくなってゆく。背中を預けられる、何を言ってもしても許される、ワガママが言える人がいなくなったのですね。

 独り暮らしをはじめてから、自分は世間の平均より精神的に自立していないタイプなんだろうなと実感することが多い。ずっと一人でいるとおかしくなってしまう。話を聞いてくれる人がいないと寂しくてしょうがない。
 私の大好きな二個年上の先輩がいる。その先輩は自身のことを、通っていた女子高の環境もあって精神的に自立していると言っていた。それを聞いて以来、私はすごく自立してないなと思うようになった。あんまり自分で自分を楽しくできない。趣味や好きだなと思うファッションがあんまりない。
 正確にいえばあんまりなかった。最近はいろいろメンタルとかバイトとかの調子が良くて、「自分で自分を楽しくする」ができている気がする。病みそうになったらバイト終わりでも構わず人に声をかけてごはんに来てもらったりしている。川飲みをしたり。
 散歩をしたり、ひとり旅をすると私はどうやら気分が沈んできてしまうらしい。やっぱり放っておくと脳ミソが勝手に、悲観的な方向に空回りしてしまう。だから人と会っていたい。

 私の高校時代はその膿の匂いと、海の匂いとともに想起される。高校は河口から1kmの川沿いにあって、夏場は潮風の生臭さが強かった。汗と膿と潮風、視覚的には青が多かった。青春だからとかではなく現実的に。川沿いで、五階建てで景色を遮るものがないので空が大きく見えた。校舎はコンクリート打ちっぱなしだったから本当に青と灰色が視野のおおよそを占めていた。五階にいるとき(一年生の時)、はるか上空にいるように錯覚していた。周りに高い建物がなくて一面青だったからだろう。雲の上にいるみたいな感覚があって好きだった。工場の煙と、川に泊まってる船と、工業地帯の雰囲気……。 
 そういう雰囲気にふっと拐われそうになるときがある。でも、もう過ぎて戻らないものだ。この世の中で一番不可逆なものは時間だ。時間が巻き戻ったことが有史以来一度でもあっただろうか?
 気持ちが拐われそうになるとき、アステロの人の顔を順繰りに思い出して心を無理やり仙台に鋲でとめる。最近はいろいろ分かってきた。こういった対処法とか、頼りかたとか。あとは自他の境界とか。私が彼に依存していて、友達も同じように誰かが誰かに全力で心を預けていて……って、今まで私がいた環境ってそういうのばっかりだったんだと思う。

中学校のころ好きだった子が「どうして大人になりたくないのに大人にならなきゃいけないの」と言って泣いた。どうしようもないことで泣かれて、しかも自分たちが思ってて言わないことを言って泣くのでみんなが反応に困った。

休学実録4/7~4/10(毎日更新)

目が覚めて、自分はもう大人だなと思った。夢の中の私は返答できなかったけど、彼女に「ずっとそこにいたら苦しいですよ」って言いたい。

休学実録4/7~4/10(毎日更新)



 最近になってようやく分かってきたのだ。ずっとそこにいたら苦しいということが。
変わっていくことに脳ミソが抵抗しているのかもしれない。依存して全部を預けてワガママを言い合うような恋愛や友情をまだ求めているのかもしれない。アステロの人たちの顔を思い浮かべて振り払っているくらいなのだから、もうそろそろ脱するべきなんだろう。体のために。ウミの匂いはもう嗅がなくていい。ニタニタ笑わせないで…………。

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