「あなたが被害者だったらどうする?」と言って犯人を断罪するだけの人こそ、被害者のことを考えていない

「あなたが被害者だったら、そんな言葉言えますか?」
「他人を巻き込まないで一人で死ね」
「「事件の背景」を考えるなんて綺麗事」
「社会じゃなくて加害者が悪いに決まってる。なぜ加害者のために考えなきゃいけないんだ」

一見被害者を思うようなこの言葉。

でも、

ほんとに目的はなんだろう?

発する言葉にいちいち目的なんか持つ人はそうそういない
だけれど、発される言葉の背景には価値観がある

犯人を断罪し、被害者の立場に立っていることを装いながら、被害者を"代弁"の道具として使い、犯人に"自分の"怒りをぶつけている

そうじゃないか

"代弁"ほど簡単に、"自分の印象を下げない状態で"自分の鬱憤を晴らせるものはない
"代弁"ほど自分とその事象を無関係にできることはない

要旨としては「同じ事件を起こさないために私たちにできることは、加害者となる人を生み出さない発信をすること」

という藤田さんの発言を

"犯人を擁護するもの"と誤読し、
社会に必要な、私たち一人一人にとって必要な認識を無下にしてしまっている


果たして、藤田さんに「加害者を擁護するなんて」「あなたは被害者の気持ちを考えていますか?」「あなたの家族が被害者だったらそんなこと言えますか?」とコメントを送った人のどれほどが、「被害者のために」行動を起こすだろうか

悲しいけれど、私たちは日々いろんな情報に出会いながら意見を言って、そして忘れていく

被害者の気持ちを"代弁"して藤田さんを批判した人、それに加担した数千人の中のどれほどが、この事件が起きた原因に少なからず自分も関わっているという発想を持つだろうか「社会が犯人を生みだした」「そして自分もその中の一人である」と考えるだろうか

「社会を変えるなんて無理だ」「犯人の自己責任」
そこで発想が終わってしまうことこそ、一番無責任で、一番"他人事"だと考えていて、被害者の存在を"忘れてしまう"悲しいことだと思う

みんなが忘れていって、みんなが他人事にして考えもしなかったことに、ずっとずっと何年間も向き合ってきたのが藤田さんなんじゃないかそこから出てきた「事件を繰り返さないための行動、考え方」だろう

私は事件や事故が起きた時、なんだか「自分の責任」も考える
それがヘイトクライムであれば尚更だ

事件も事故も、社会の仕組みや感情、様々な要因が絡まってできたことだ
これは構造的暴力の概念に近い考え方だ

社会の仕組みの背景にある法律、今の経済状況を生み出した政策、それを担当する人を選んだ(選ばなかった)のは誰だろう?私たちだろう。

結婚しないと生きていけない、容姿が良くない人には冷たくする、お金を持っていない人間には価値がない
そういった価値観を当たり前として受け入れ、または流布させてきたのは誰だろう?私たちだろう。

これでも「社会を変えるなんて」とか「自分は悪くない、無関係だ」と考えられる人は、
危険だと思う
あなた自身も最小の社会であることに気づいていないのだから。

「マジョリティでもマイノリティでもないキメラ的存在」という言葉が、『相模原事件とヘイトクライム』という本にある。
このキメラは、この社会に何十万と存在するだろう
私たちがこのキメラに「一人で死ね」と発信することで、一体何になるだろう
何十万ものキメラが周囲を攻撃する存在に変容するだけだ

優生思想は優生思想を生む。連鎖させる。

「被害者の気持ちを考えているから」私たちは私たち自身が持っている"優生思想"に向き合わなければならないし、私たち一人一人ができることは「犯人を断罪して更なる加害者と被害者を生み出すこと」ではなく、「優生思想の連鎖を止める努力」だ

#優生思想 #相模原事件 #登戸 #ニュース



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Sayaka

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