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ウィルソン    第二話 落ちる前に

ウィルソン-ヨハンはアメリカのテネシー州メンフィス市で育った。音楽都市としても有名だが彼は上級階級の家ではなく、それとは程遠いかなりの貧困家庭で育った。父親はおらず、母親一人だった。その母親は薬物中毒者でまともに子供を育てられるような大人ではなかった。母親は子を産んだものの、彼女自身、不法移民で戸籍など持っておらず、ウィルソンの家庭は行政からの支援など皆無であった。金もなく、飯もなく、母親が薬物中毒で家中暴れ回り、虐待など日常茶飯事であった。ゴミを漁り腐った食べ物を食べる日々、汚い川水を飲む日々、そんな彼が7歳の頃、母親が自殺した。

殺人など当たり前の街で薬物中毒者の自殺など誰も見向きもしなかった。警察も、近所の人間も、皆、この街と共に心までも腐り果てていた。彼は一人街を彷徨いた。いくあてもなく、帰るあてもなく、ゴミ漁りの日々。
ウィルソンは死を決意した。もはや生きる事にしがみつく必要などまったくもってないとわかったからだ。死のう、このまま何も食わずそのまま眠ったまま死のう。そう生きる事に絶望し、最期はゆっくりと何も考えずに死のうと決意した少年は冷たく凍てつくような雨の中深い眠りに堕ちていった


目を覚ますと自分は椅子に縛られていた。立ち上がろうとしても縄を解こうとしても手足が縄で縛られていて身動きすらできない。拷問?監禁?一体自分の身に何が起きているんだ
 “嫌だ” 
こんな死に方だけは嫌だ。こんな死に方だけは嫌だ!!嫌だ嫌だ、まだ死にたくない!!こんな死に方は嫌だ!! パニック状態に陥り、暴れるだけ暴れた。すると縄がどんどん緩んでいった。縄が取れる、もうすぐで取れる、もうすぐだ、、、
突然誰かがこちらに来る足音がした。その音はどんどんとこちらに近づいてくる。“殺される“そう確信した瞬間、
「ドバァン‼️」 
鼓膜が破れるほどのでかい銃声が暗い部屋に響いた。何者かが扉を開けた瞬間と同時に天井に向けて発泡したからいつ部屋に入ってきたか分からなかった。銃声など日々耳にするヨハンでも驚いた。《銃声》にではなく発泡した《男の顔》にだ。右目はえぐれており、顔面は傷だらけ。そして頭のあちこちに釘のようなものが刺された跡がある。その男は
「道に寝転がって死ぬぐらいなら、俺の射的のまとにでもになれ。だがもしまだ生きたいと望むなら俺の言う要件を飲め」
あまり唐突すぎる質問を少年は聞き取れなかった。すると男が
「ここで死ぬか、俺の駒になるか、選べと言っている」
「死にたくない、こんな死に方したくない。」
「よし、なら今から言う要件を実行しろ。そうしたらひとまずは生かせてやる」
「要件?」
「ある家にチョコを配達してほしい。」
「チョコ?」ヨハンは少し期待した。自分はチョコなど食べさせてもらったことなどないからだ。
「ああ、チョコだよ。でもまだガキには早すぎるがな」
「中身は絶対に見んなよ。」
そう言って男は“チョコ“が詰まった袋と地図を少年に渡した。
 男の家を出た少年は今が夜である事を知った。すでにあたりは暗く、月光だけが頼りだ。少年は地図を見ながら目的地を目指した。
 
向かっている最中、首に違和感を感じた。どうにも首を動かしにくい、そう思い首を触ると何か硬いものに触れた。すぐさま自分の首を見ようとして斜め下に目を向けた。

なんだ?これは。首輪のようなものが首にいつの間にか付けられていた。おそらく自分を椅子に固定する際に、固定しやすいように付けたものだろう。そう思い、首に巻かれているものについてあれこれ考えるのはやめた。

歩き続けて10分、ようやく目的地に着いた。少し古びたごく普通の一軒家だった。まぁチョコを届けるだけなのだから普通で当たり前だ。時刻は深夜だがベルを鳴らした。鳴らした瞬間、誰かがドアに走ってくる音がした。そしてドアが勢いよく開かれた。ごく普通の家から出てきたのは目の下に濃いくまができている、やせ細った男だった。
「やっときたか、遅えんだよ、クソガキ。」
そう怒鳴ると男は少年から袋をひったくった。そして袋に手を突っ込み、中から注射器を出した。自分が運んできた袋の中身が注射器だったなんて想像もしていなかった。そしてその注射器の中には既に液体状の何かが入っていた。
男はもう我慢できんとばかりに注射器を腕に力強く刺した。すると、
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜」
すごくスッキリした表情になり、男のたるんでいた目がシャッキとしだした。
男はまた袋を物色し始めて、急に
「ええのぅ!!今回はチョコも付録付きできよったは!!ジャクソンのやつ、なかなかええじゃねぇか。」
と言いながら白い粉状のものが入ってある透明な小袋をとった。
「もう帰っていいぜ、いやさっさと失せろ。もう邪魔だ。」
そういうと少年を蹴飛ばし、ドアを勢いよく閉めた。わずか3分程度の間であったがものすごく新鮮なもの事を経験した気になった。天涯孤独の自分を必要としてくれる人がいるならそこに帰ろう。自然と足があの凄い顔の男の家の方向に向かった。季節は秋。葉とともに風に散りゆくはずだった少年の命は謎の男によって拾われた。





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