ピアニスト岡城千歳さんによる坂本龍一「Dear Liz」の楽曲解説を読む

岡城千歳さんの「坂本龍一ピアノワークス3」、もう買いましたか。まだの方は、ぜひ「ピアノワークス」「ピアノワークス2」と一緒に買って聴いてみてください!

岡城さんが自身のレーベル「CHATEAU」のホームページに、「ピアノワークス3」の1曲目に入っている「Dear Liz」の曲目解説を載せていました。

さすが編曲もプロデュースもやる彼女だけあって、音楽を客観的に分析する視点が鋭い。それでいて演奏は、分析的とか理屈っぽいとかといった感じを聴き手にまったく与えないのですが。

そこで、プロ中のプロのひらめきを定着させたような彼女の解説を、私も含めた一般の人にも理解しやすいように、ちょっと解きほぐしてみたいと思います。これは音楽のプロではない、編集者としてのチャレンジです(笑)

「Dear Liz」の雰囲気の源泉は

彼女は「Dear Liz」の面白さを2つ指摘しています。1つめは「Dear Liz」が、ドリア旋法という音階を使って書かれている点です(ドリアといっても料理のことではなく、古代ギリシャのドーリア人が名前の由来みたいです)。

みなさん音階というと、長調のドレミファ…や、短調のラシドレ…を思い浮かべると思いますが、実はそれ以外にも音階はたくさんあります。

ヨーロッパの教会音楽で使われていた教会旋法、ハンガリー民謡の音階、ジプシー音楽の音階、フラメンコなどで使われるスペインの音階などです。

ドリア旋法は、教会旋法の一種。普通の長調/短調とどう違うのかというと、短調の音階の6番目の音(岡城さんが作成した楽譜の、○で囲った部分)に#をつけて半音上げると、ドリア旋法になるのです。

この半音上げる部分は、和声にも影響を与えます。岡城さんが「ドリアのⅣ」の上に、手書きで加えた部分に注目してください!

短調の4番目の音をキー(根音)として、2度ずつ音を重ねていくと、普通は暗い響きになります(ドミソのミに♭がついた響き)。

ところがドリア旋法は、同じように音を重ねていくと、真ん中の音が半音上がっているので、明るい「ドミソの和音」になるわけです。

これを実際の作例とともにYouTubeで簡潔に解説している人がいましたので、動画を引用させていただきます。

つまり、ドリア旋法で書かれた曲は、短調の暗さと落ち着きの中に、長調の明るさが混じったような独特の雰囲気を醸し出します。そしてドリア旋法で書かれた「Dear Liz」にも、そのような雰囲気が反映されているわけです。

CM版との違いに「こだわり」を見る

さて、面白さのもうひとつは、音楽オタクの岡城さんらしい指摘なのですが、出版されているピアノ版とCM版では、同じ曲なのに雰囲気が違うのはなぜか、という点についての考察です。

岡城さんはこの点について、こう指摘しています。

(ピアノバージョンとCMバージョンは)楽器編成やテンポを恣意的に変えることによって曲の雰囲気が違っているのは勿論あるけど、それだけに頼っているのではなく、和声の細部を微妙に違えることによって理論的に曲の雰囲気を変えていることに教授の非常なこだわりを見る思いがしてしまう。

この後の部分について、少し書き方を解きほぐすと、こういう書き方もできるかもしれません。

・CMバージョンでは「ドリアのIV」をキーとしたドミソの和音や、ドミソに7音目を加えた和音(いわゆるセブンス)といった、シンプルな和音を使っています。これによって音楽を短時間で視聴者にわかりやすくアピールし、CMの持つちょっと「癒し」のような要素も引き出しています。

・一方のピアノバージョンでは、上記のセブンスの上に、さらに9番目の音や4番目(=第11音)の音をぶつけて、とんがった響きを出すことで、躍動感や緊張感、スリリングなテンポ感を出しています。

そして、どの部分がどうぶつかっているかについて、岡城さんは次のような画像で指摘しています。“連続5度でとんがってるし!”(笑)

ドリアのⅣの和声のパターンを解説した図はこちら。

なお、ピアノバージョンとCMバージョンの、どちらが先に作られたかは、明確には分からないのですが、仮にCMバージョンが先だったとすると、これをメディアバーンライブで演奏したり、ピアノバージョンに編曲したりするときに、ちょっと工夫を加えたということになります。

音をたったひとつ削ったり付け加えたりするだけで、印象が全く違ってくるのが和声。バージョンによって楽器編成やテンポだけでなく、和声の細部を微妙に使い分けることで、曲の雰囲気を変えているところに、教授の非常なこだわりを見る思いがする――。

これが岡城さんの指摘なのですが、なるほど「ピアノワークス3」の「Dear Liz」は、音がぶつかるところをわざと強調して楽しんでいるようにも聴こえます。

岡城さんバージョンは、CMバージョンともメディアバーンライブともまた全然違う演奏をしているので、ぜひ実際に聴いてみてください。こういうところが、教授に「自分の音楽が違う衣装を着て、別な表情でぼくの前に現れたので、とても新鮮でした」と言わせたのでしょうね。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

4
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。