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私たちはなぜ、この世界に生まれてきたのか? ②

アチャン・チャー

 ですからブッダは、「 khaya vayaṃ 」ということを強調したのです。比丘であろうと、在家であろうと例外なく、今、この瞑想ホールに座っている私たち全員が「老いのプロセスの塊」なのです。先ほどの、氷の例と同じです。私たちの身体は、今は氷の塊のように、まとまりのある形をしています。氷は、最初は水で、一定の期間氷の形を保ち、いずれまた溶けて水に戻ります。私たちの身体も同様です。自分の身体をよく観察してみてください。髪の毛も爪も、あらゆる箇所が老化しつつあることがわかるでしょう。
 
 私たちは生まれた時から、こんなに年老いていたわけではありません。子どもの頃だってありましたよね? 今はもう成長して、子どもから大人になったのです。そうして、これからは自然の法則に従って、衰えていきます。氷の塊がやがて溶けてなくなるように、私たちの身体も衰えていくのです。そして最後には、氷が水になるように、私たちの身体もバラバラになります。私たちの身体は、地、水、火、風という四つの要素から出来ています。四つの要素が組み合わさることによって身体となり、私たちはそれを「人」と呼んでいるわけです。世間の慣わしとして、「人」と呼んでいるのですね。そうやって仮に名付けると便利ですから、私たちは「男性」「女性」「ミスター」「ミセス」などと呼び名を作り、互いを識別するのに役立てているわけです。でも、本当はそこには誰もいないのです。実際に存在するのは、地、水、火、風という四つの要素だけです。それらが特定の形として集まったものを、私たちは「人」と呼んでいるのです。それが事実です。もし、皆さんが自分の身体を真剣に観察してみるのならば、そこには誰も存在していないことが分かるでしょう。

アチャン・チャー『Living Dhamma』より
 
"Living Dhamma", by Venerable Ajahn Chah, translated from the Thai by The Sangha, Wat Pah Nanachat. Access to Insight (BCBS Edition), 30 November 2013, http://www.accesstoinsight.org/lib/thai/chah/living.html .
 

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