中庭へと続くドアを開け、数歩進んだところで晶馬はぎょっとして立ち止まる。誰もいないだろうと思っていた中庭に人がいることに驚いたのだ。時刻は深夜である。晶馬の足元で細かな砂利が音を立てる。彼女は晶馬を一瞥したが特に気にするふうでもなく、頬杖をついたまま何処かを見ている。宿の中庭は夜の間、外へつながる通路が閉鎖される。つまり宿泊客しか入れないようになっているのだ。彼女はそのことを知っていて、別段気にしていないのかもしれない。中庭が共有場所とは言え、深夜だった。日中であれば気にもしないことだったのだが、ここで鉢合わせたことを晶馬は気にした。彼は、わざとらしく音を立て中階段の方へ移動した。そして本来の目的であった煙草に火をつけ一服をする。見知らぬ女の子を不必要に警戒させたくはなかった。彼女と距離を取ったことで、晶馬は寛いだ。晶馬は夢の断片を思い出すともなく思い出していた。いつからか、なにかに追いかけられる夢を頻繁にみるようになっていた。その何かというものが「なに」なのかは、いつもわからないのだけれど、夢の中で必死に逃げているのだ。夢なのになぜあんなに現実味をもって迫ってくるのだろう？何から逃げているのだろうか。そうだ、僕は逃げているのだ…。晶馬が物思いに耽っていると、煙草の火はすでにフィルター近くまで到達していた。同じくして、ポニーテールの女の子が彼の方へ向かっていることを彼は認める。そして、彼女はこう尋ねるのだ。「煙草はある？」彼は鮮明にそのことを覚えている。

彼女は自分の名前をソフィアだと名乗った。晶馬も自分の名前を名乗った。二人の間には沈黙が広がる。人のことを見た目で判断するのは良くないと思ってはいるものの、晶馬は彼女がスモーカーであることが本当に意外だと感じていた。彼女の煙草のもちかた、灰の落とし方、それらが晶馬の目には、取って付けたように映った。晶馬は「煙草をよく吸うの？」と尋ねてみる。ソフィアは、本当はほとんど吸わない、といった。二人の間に静かな涼しい風が吹く。沈黙が続く。晶馬は、明日は仕事なの？と尋ねる。ソフィアは、違うよ。という。またしても沈黙。ただし、もう十分に晶馬の緊張は解けていた。彼女は元居た椅子に戻り、脚を組んで椅子に座っている。僕は僕で柱に持たれてリラックスしている。誰かと話をしたい、と思っていたが、誰かと同じ空間に居たいと思っていたのかもしれないな、と晶馬は思った。晶馬は見るともなくソフィアのことを眺めていた。ソフィアが煙を吐くときに向けた横顔は、ツンとした鼻が際立つ。晶馬は、ああ、西洋人の輪郭だよなという感想をもった。中庭には沈黙が続く。そして、虫の音が聞こえる。ソフィアの煙草がもみ消されるのを待って、晶馬は立ち上がり、僕は部屋に戻るよ、と言った。それを聞いたソフィアは「Goodnight」と言った。そして、自分のことを「ソフィ」と呼んでほしいと言った。「みんなそう呼んでいるから、だからあなたもそう呼んで」と付け足した。晶馬は、わかった、お休みなさい。ソフィ、と返事をした。晶馬が中庭の階段を上がり、自室に戻るとルームメイトはみんな静かに眠っていた。晶馬はベッドに潜り込みながら、自分の鼓動が速いことに気が付いていた。中庭での出来事を自分一人だけが知っているような感覚に、くすぐったいような、むず痒いような変な感覚になっていた。

つづく（※平日の正午ごろに連載を更新します）

He opened the door leading to the courtyard and, after taking a few steps, he stopped. He was surprised to see someone in the courtyard, which he had expected to be empty. It was late at night. The gravel was making a sound under Shoma's feet. She glanced at him, but did not seem to pay any attention to him. The courtyard of the inn is closed during the night, meaning that only guests are allowed to enter. In other words, only guests are allowed to enter. She knows this and may not be bothered by it. Even though the courtyard is a common area, it was late at night. If it had been during the day, it would not have bothered her, but the fact that they met here bothered Shoma. He moved toward the middle staircase, making a deliberate noise. He lit a cigarette and took a drag, which was his original intention. He did not want to unnecessarily alarm the strange girl. By keeping his distance from her, Shōma relaxed. Shōma recalled fragments of his dream without even thinking about them. Since some time ago, he had frequently dreamed that he was being chased by something. He did not always know what that something was, but he was desperately running away from it in his dreams. Why does it seem so real to me even though it is a dream? Am I running away from something? Yes, I am running away.... While Shoma was pondering, the light of his cigarette had already reached the filter. At the same time, he recognizes a girl with a ponytail heading his way. Then she asks: "Do you have any cigarettes? He remembers it vividly.

She told him her name was Sophia. Shoma also said his name. Silence prevails between them. Although he knows that it is not good to judge people by their looks, Shoma finds it really surprising that she is a smoker. The way she held her cigarettes and the way she dropped the ashes, they seemed tacked-on in Shōma's eyes. Shoma asked, "Do you smoke a lot?" Sophia told him that she actually smokes very little. A cool, quiet breeze blows between them. The silence continues. Shoma asks, "Do you have to work tomorrow? Sophia says, "No, I'm not. Silence again. However, Shoma's nerves had been sufficiently relaxed by now. She returns to the chair she was sitting in and sits cross-legged. I was relaxing, held by a pillar. I wanted to talk to someone, but maybe I wanted to be in the same space as someone else, Shouma thought. Shoma looked at Sophia withut looking at her. The profile that Sophia turned as she exhaled smoke stood out with her twitchy nose. Shōma thought to himself, "Ah, that's the outline of a Westerner, isn't it? Silence reigns in the courtyard. Then he hears the sound of insects. Waiting for Sophia's cigarette to be snuffed out, Shoma stands up and says, "I'm going back to my room. Hearing this, Sophia says, "Goodnight". Then she asked him to call her "Sophie. She added, "That's what everyone calls me, so you can call me that too." Shoma replied, "Okay, goodnight. Sophie, he replied. When Shōma walked up the patio stairs and back to his room, all his roommates were sleeping peacefully. As he crawled into bed, Shoma realized that his heart was beating fast. He had a strange feeling, ticklish and itchy, as if he was the only one who knew what had happened in the courtyard.

To be continued (*The series will be updated around noon on weekdays)