やむを得ず、コートを買った。
オシャレさんではないので、アテもなくウィンドーショッピングに繰り出し、一目惚れのお洋服を買う……なんてことはまずない。そろそろ服が草臥れてきたな……と感じた時か、楽しみにしている飲み会前に「着て行きたい服がない」と気がついた時に、ようやく重い腰をあげる。この三年、飲み会はない。
仕事はほとんど在宅勤務のようなもので、さらに「猛威を増す悪性ウイルス」と「受験生を抱える家庭」という状況を天秤にかけた結果、もう丸々3か月店を閉めっぱなし。
結果、ゴミ捨て時・宅配の人に会う時・スーパーの買い出しの時に、恥ずかしくない程度の服装でいいという状態。……つまりは下着やパジャマではなく、動きやすい服装ならなんでもいい。定番は、TシャツにGパン。
草臥れてきた服を新調したいときは、だいたい通販でポチッっていた。いつの間にか、私のクローゼットは75%くらいをUNIQLOさんが占めている。全身がUNIQLOさんになる日も、そう遠くない気がする。UNIQLOさんは嫌いではない。むしろ好きだからこんなことになっているのだが、さすがに「全身というのもどうなのよ」と思ったりはする。違うテイストも混ざっていた方が、少し自分らしさが出るような。
重ねて言うが、オシャレではないので、その見解が正しいかは分からない。同じブランドで全身統一した方が安全だろうという気もする。
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明日の夜中から、雪が降る。翌日の朝には止むらしく、日中はそこそこ気温が上がるらしいが、「そこそこ」である。
それを知ったのは、入学式の前々日の夜。
子供によると、入学式会場である体育館は「暖房はつけるが、換気のために窓やドアは全開」になるらしい。
……無理じゃん。
服は新調せず、手持ちのワンピースとジャケットで行く。子供の小学校入学式の時に購入したものがなんなく着られたので、それで良いことにして安心していたが、私は改まった場所に着ていくスプリングコートを持っていない。このワンピースを着た小学校の入学式の日は霰が降り、大変寒かったのでダウンコートだった。
ここ数年、春先はだいたいGジャンか裏起毛パーカーで過ごしている。移動は車なので問題ない。中学校の入学式は暖かかったので、ジャケットで事足りた。
準備不足ここに極まれり。……天気ばかりはどうにもならないので、翌日慌ててスプリングコートを探す旅に出た。
通販では絶対に間に合わないゆえに、久しぶりの実店舗。
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自宅からほど近いショッピングモール。
UNIQLOネットショップ、UNIQLO実店舗についで、服を購入することが多いお店へ足を運ぶ。
しかし、まだ寒い北海道とはいえ、ラインナップは春夏物。春先に羽織るちょうど良いコートなど、ほとんど店先に残っていない。
あるにはあるのだが、私の求めるデザイン・サイズ・色を満たしているものがない。
色が……色がダメなのだ。
春物のコートに多い色味が、ベージュからキャメル。この2色はベーシックだと思うが、パーソナルカラーウィンターに属する私には超絶似合わない。サイズはあるので、一応鏡の前に持って行ってみた。マスクをしているので顔映りが分かりにくくはあったが、やはり似合わない。
寒さは凌げるが、全く欲しくない。
ただでさえ、手持ちの服が少ないのだ。使えないアイテムを買ってどうする。
色の失敗が少ない紺・黒は、サイズがなかったので、仕方なくモール内の服屋全部を回ることになった。
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モール内を3周した。
「これならいいかな」というのを見つけ、試着をして候補を絞り、次の店へ移動することを繰り返す。
数多のコートを見ているうちに目が肥えてきて、値札の金額が上がっていく。モールではスプリングバーゲンとやらが開催されているらしいが、「おっ♪」というものは、値引きになっていない。しかし、やはりお高いものはシルエットが美しい。お手頃価格で素敵な服を見つけて着こなしてこそなのだろうが、私にそんな能力があるわけもないので、やはりお財布に頑張ってもらうしかない。3か月も働いてない私のお財布が、どう頑張るのか分からないが。
最終的に辿りついたのは、フォーマルコーナーだった。
ブラックスーツが整然と並んでいる、あのコーナー。
そのコーナーの端の、どちらかと言えばフレッシャーズ向けに見えるスーツの横に三着のスプリングコートがあった。そのうちの一枚、ネイビーのトレンチを羽織ってみると、本日一番似合うではないか。……予算オーバーではあるが、サイズも合う。似合わないものを買って後悔する選択肢は捨てたのだし。
とりあえずそのコートを第一候補とし、気持ちを落ち着けるために周りを見まわすと、フォーマルコーナーの隣の売り場に、やはりネイビーのIラインのコート。
近づいてみると、フォーマルさには少し欠けるのだけれど、とても可愛い雰囲気のIライン。サイズはM。……デザインや作りにもよるが、私は基本Lサイズ。同じデザインのLサイズ・キャメルを羽織ってみる。サイズはいい感じだが、なにぶん天敵のキャメルである。一応鏡を見たが、奇跡は起きていない。……ダメもとで、ネイビーのM着てみるか。
私は厚手のパーカーの上からスプリングコートの試着をしているので、それで着られれば、ワンピース+薄手のジャケットには余裕だという見積もり。
あれ? ……入った。
前のボタンを全部留めても大丈夫。キャメルLほどのゆったり感はないけれど、キツキツではない。パーカーなければ、全然余裕。……今のトレンドは、少々ゆったりめラインなのか?
そして、入っただけではなく、これも似合う!
迷った私はそのコートを取り、フォーマルコーナーとの境目にある姿見前に移動した。途中で抜け目なく、先ほどのトレンチもかすめとる。
鏡の前で、二枚のコートを代わる代わる当て、二枚同時に当て……。
決められない。
形は断然Iラインがいいのに、ネイビーの色味が微妙に違い、トレンチの方が肌色が綺麗なのだ。布の質感も、トレンチの方がしっくりくる感じがする。
うー……ん。
繰り返しているうちに、わけがわからなくなってきた。これなら、どっちを選んでもなんとかなるんだろう。
すごく悩んでいるのだが、私は、売り子さんに声をかけて貰えない客なのである。ブティックでも、コスメショップでも。この状態の時は、たいてい「色味」に悩まされているのだが、真剣すぎて威圧感でも放っているのか、あまりに個性的な外見なのか、もう見るからに声をかけたくないめんどくさそうな客に見えるのか……。
しかし、こういう時にプロの助けが欲しい。
あちらから助けてくれないなら、自分で救助信号を出そうではないか。考えたら、簡単なことである。私はさほど人見知りではないし、自分から聞けばいいのだ。
私はブラックフォーマルコーナーにいる、全身黒ずくめで首にソフトメジャーをかけたヒマそうなオバサマに狙いを定めた。……忙しそうなフォーマルコーナーはあまり見たことがないから、ヒマというより普通なのだろう。
「ちょっと相談していいですか?」
「はい、どうしました?」
「コレ、どっちが顔映りいいですか? ベストサイズはトレンチなんですけど、形はIラインが似合う気がして、決められないんです」
ブラックフォーマルの相談ではないが、周辺の売り場にはレジ員以外誰もいないのだ。
「試着はしたの?」
「しました。Iラインが、気持ちゆとりが少ないんですけど、問題ない程度で」
「……背が高いから、こっちだね」
オバサマが選んでくれたのは、Iラインコートだった。色味ではなく、形に軍配が上がったらしい。
「はい、こっちにします。ありがとうございます」
あまりの即決に、オバサマは笑っていた。「え、いいの?」っていう笑いだ。いいのだ。自分で選べないんだから。それに、オバサマはフォーマルのプロだ。目利きに間違いはないだろう。
オバサマのテリトリーのトレンチコートは、そっとお返ししておいた。売り上げに貢献できなくて、ごめんなさい。
私も販売の仕事をしており、商品について相談されることは全く嫌ではない。こちらのご提案を聞いた上で、お客様の選択が違うことがあっても全く構わない。比較情報なしで、後悔するお買い物をされる方が嫌だなあと思うので、フォーマルコーナーのオバサマも、嫌ではなかったろうと思っている。
……そういうわけで、おニューのコートで入学式に行ってきました。山の風が大変冷たかったので、コートを着て行って良かったです。
素敵なコートが手に入ったので、「もうあまり気に入ってないけど、仕方なく着ている」上着を二着手放す決心がつきました。思いがけず、断捨離も進む気配。
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