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オーボエ吹くのも、あと少し

子供に「自分もリードのワイヤー巻きが出来るようになるべきだと思うか?」という質問をされた。

以前に「高校に行ったら吹奏楽はやらないし、もしやるとしてもオーボエ以外をやりたい」と言っていたので、「オーボエ続けないなら、別に出来なくてもいいんじゃない」と答えた。中学校での部活も、あと5か月くらいしか残されていない。

本来は、リードの調整は自分でするのが一番いいに決まっている。というか、オーボエを吹くならば、出来なければ不便だ。

ただ、うちの子供には、それを習う相手がいなかった。二学年上にオーボエの先輩が二人いたのだが、吹奏楽部に入部したときに新しくオーボエパートが作られて一からふたりではじめたので、先輩たちにもリードの調整を教えてくれる経験者がいなかった。

演奏の先生はごくたまに指導に来てくれるが、とにかく演奏できるようになるのが先で、リードの調整まで手が回らなかったのではないかと推測している。それなりに道具もいるし。

顧問の先生は、金管楽器吹きなのだ。おそらく、ダブルリードは専門外なのだろう。

オーボエを吹いている子供自身がリード調整を出来ないのに、何故楽器をひとつも演奏出来ない私が出来るのか。

一年生の頃、子供が学校から斡旋されたリードを持ち帰ってきた。楽器店で買えるものだが、学校で買うと少し援助してくれてリードが安くなる。親である我々は、楽器を嗜まない故にこだわりもないので、「学校にお任せでいいでしょう」のスタンスだった。

「今日先生から貰ったリードが鳴らない」

「不良品なの? 交換して貰えば?」

「先生の手持ち(おそらく在庫)の最後だから、無理」

いや、無理って、おかしくない? しかし、お安くしてもらっているだけに、そういうこともあるのか? 部の暗黙のしきたりとかが、読めない……。

「先輩に見て貰ったんだけど、ズレてるから鳴らないって言ってた。先生にも言ったんだけど、吹いてるうちに直るんじゃね? って。先輩は、直るわけねーだろって」

……先輩の方が正しそうである。

この時点で、鳴らないリードは二本目だった(よくわからないので、一本目のときは廃棄した。もったいないことをした)。消耗品とはいえ、最初から鳴らないって、それは普通なのか? ”鳴るか鳴らないかは、博打” みたいな楽器、正直続けさせられない。お金を捨ててるようなものである。

「それは、先輩にも対策ないの?」

「ない。先輩たちも鳴らなかったら、捨ててる」

なんですって!?

困惑してる私に、ダンナが「リードって、みんな自分で作ってるっぽいけど」と、自分のパソコンを指ししめす。私たちの会話を聞きながら検索したらしい。「学生時代の吹奏楽の友達も自分で作ってた」と続く。(しかし、その友人のリードはダブルリードではないことが、後に判明する。無知が怖い)

「ん? 自分で作れるものなの?」

手工芸が得意な私のつくる魂が、やる気を出す瞬間である。

自分も手元のiPhoneで検索する。ちょっと専門用語が多くて、すぐには理解出来そうにない。

ただ、頻繁に「リードを調整する」というフレーズが出てくるので、それが引っかかり、”オーボエリード 調整” でさらに検索。

わかったのは、「リードは自分で調整して使うのが当たり前」ということだった。例えば、お店で試奏して購入しても、自宅に帰ってみたらもう鳴らなかった……みたいなことは、”オーボエあるある” らしい。

ナニこの楽器……気難しすぎる!!

(正確には、気難しいのはオーボエ本体ではなくて、リードなのだろうが)

選択肢は、ひとつ。

調整しよう、今から。

子供にその旨を伝えると、途端にいやそうな顔をした。考えていることは、手に取るようにわかる。

「どうせ使えなくて捨てるんだから、お母さんに貸してよ」

オーボエリードを調整する道具など、あるわけがない。

しかし、調整する方法と道具をネット検索した限り、代用できそうなものは私の手元にある。

今回必要なのは、おそらくワイヤーとテープ、リードナイフかサンドペーパー、マニキュアのトップコート。……プラークっていうのは、どうにもならないから、破損させないように丁寧に扱うしかない。水入れはコップで十分だ。

オーボエ調整用の真鍮ワイヤーはないが、それだとコストが高いので手芸用のを巻きで買っているという人もいる。ちょっと太いかもしれないが、28番の手芸用ワイヤーがある。真鍮ではないが、いいだろう。今の手持ちで一番細いのは、これだ。

テープはないけれど、マステでいけないか?

サンドペーパーはないけど、ネイルファイルがある。要はやすりだ。グリッドの高いやつでいけるだろう。トップコートもある。

ワイヤーはフラワーデザインに使うもの。フラワーデザイン講師をすることもある。マステは、その辺にある文房具。今ではネイリストの仕事はほとんどしないが、用具はまだそれなりにそろっている。

(……私がフリーランスでいる理由はここにある。いろんなことを職業にしていて、それぞれにお客様がついてくださっているので、どこかに所属すると自由がきかない。器用貧乏ここに極まれり)

そして私は知っている。

使い慣れた道具にかなうものはない。

結果、リードは使えるようになり、それなりの寿命をまっとうした。

リードが鳴った時の子供の顔は忘れられない。

ほっとして嬉しくもあるが、信じがたいというか納得できない……という表情だった。

「……楽器吹けないお母さんに何ができるんだ、って思ったんでしょ」

子供は、ふか~くうなずいた。よし。敗北を認めたな。

「今もこれからも、楽器を吹けるようになることはない。でも、コレ(オーボエリード)は手工芸品だから、理屈がわかれば対応できる」

その後、子供は調子が悪いリードがたまると持ってくるようになった。

「リード高いし、作ってみるか」と、私が道具をそろえるのも間もなくのこと。

子供の話は続く。

「Yちゃんのリードが開いてきてて、濡らしてつぶしながら使うんだけど、途中から鳴らなくなる。Yちゃんのリード、今全部そんな状態で。……調整してあげたら、鳴ると思うんだよね」

そこにダンナがくちばしを挟んだ。

「それは、そこの家そこの家の事情じゃないの?」

「「……」」

自分のことは自分でやれ、ってことなんだろう。

しかし、オーボエリードの調整というのは、一般家庭の基本スキルには存在しない。私にできたのは、たまたま条件が整っていたからにすぎない。

そして、私たちは一年目のあの苦労を知っている。師がいない。何かが違うなと思っても、助けを求める相手がいないという、あの苦労。

「リードって自分で作るみたいだけど」と、あの日言ったダンナは、一度もリードに触れようとしたこともない。この件に関しては、ただの無責任な人だ。当然、ダンナの意見はスルーだ。ダンナは、我々の同志ではない。

どうして、知っているのに、できるのに、知らないふりをしなければいけない?

「Sは、調整すれば使えそうだって思うんでしょ?」

「多分」

自分で調整したことはなくても、二年分の経験で、そのあたりは感覚でわかるようになっている。調整依頼時の注文もシンプルになってきた。

Yちゃんのリードを預かってきて、私が調整するんでもいいんだろうけど、コロナ禍では、直接口にするものをお預かりするのも憚られる。もちろん消毒してお返しするけど。

でも、そんなことよりも、やってあげたいんだろうなあと思った。同じパートのたったひとりの後輩なのだ。子供は、もともとが世話好きなたちだ。

「覚えたい?」

「覚えたほうが、いいと思う」

解体前のリードでワイヤー巻きとテープ巻きの特訓をしたあと、調子が悪い自分のリードを調整させてみた。

自分で調整したリードがまた鳴るようになった子供は、嬉しそうだった。

わかる。自分のものを自分で手入れできるって、イイよね。

今まで体験させてあげなくて、悪かったよ。自分のものなのに。


翌日、ワイヤー、テープ、細ヤットコなどを携えて、子供は登校した。

帰宅後に「Yちゃんのリード、うまくいった?」と訊ねると、「うん、鳴ったー」と、それだけのそっけない返事だった。が、うまく調整できたなら、それでいい。今後も自分でやる気になったのだろう、貸し出した道具も返ってこない。

……細ヤットコは、ビーズ細工で使うから返してほしいんだが。……買うか……。

今朝、子供の部屋の換気をしにいって、机の上にパートノートを見つけた。部活日誌だ。

そういや、ファゴットの先輩がパートノートを置いて行ってくれたって言ってたな……。と、興味本位で開いてみた。読んだところで、私にはちんぷんかんぷんだろうけど。

先輩のパートノートかと思ったのに、開いてみたら子供が新しく書き始めたもののようだった。……なんかごめん。日記じゃないけど、ちょっと悪かった。しかし、せっかくなので、読ませていただいた。

まだ数ページしか書かれていないけれど、来年はひとりでダブルリードパートをひっぱっていかなければならない後輩が頑張れるようにと、励ましの言葉が並んでいた。……いっぱしの先輩みたいだ。うちの子は一人っ子で、年下の子と接するところをあまり見たことがない。甘ったれた子ではないが、親としては意外な感じがする。

今年、ダブルリードパートには補充がなかった。今現在、オーボエふたり、ファゴットひとり。オーボエのひとりは子供で、ファゴットも三年生。

ふたりが卒業したら、ダブルリードパートはYちゃんひとりで、しかも自分の担当楽器ではないファゴットの新入部員の面倒も見ることになる。……過酷である。

Yちゃんのリードを調整した日には、一行目にそのことが書かれていた。「いるうちはやってあげられるけど、卒業したらできなくなるから、自分でもできるように頑張ってほしい」と。

……バカみたいに難しいわけじゃないけど、指導する気なのかな? 自分でできるようになったばかりなのに。でも、今後の吸部のためにはなるだろうから、がんばれ。





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