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僕と母と宗教と

始めに

岩代ゆいさんありがとう、あなたの一昨日のTwitterがキッカケです。
あなたのように上手くは書けなかったけどようやく想いを吐き出せました。


以前何処かで書いたけど父は横須賀生まれでゴリゴリの理系、会社勤めしながら博士号をとったひと。

母は神田生まれ渋谷育ちの典型的な都会のお嬢様で熱心なプロテスタント。

社会に出てしばらくは幼稚園の先生をやってたらしい。

この日常生活では全く接点が無さそうな二人がお見合いで結婚した。

母曰く「世の中には科学では説明できない事が沢山ある。神様もいると思う」といって口説かれたらしい。

当時国内有数の会社に勤めていた父は結婚相手としては申し分なかった。

更に信仰を受け入れてもらえると思った母は父と結婚した。

母としては父に洗礼を受けてもらい夫婦で毎週日曜に教会にいく生活を夢見てたらしい。

だけど(まぁこうなるよねw)

父は博士号取得を理由に平日休日関係なく勉強の日々、当然教会にもいかない(子供は4人も作ってるのに…)

母は自分の思い描いた結婚生活にならず、しかも父の転勤で縁もゆかりもない山口県に行くことになってしまう。

教会というのはこういう時に良い仕組みで例え知らない土地でもキリスト教徒なら頼ることができる。

案の定、母も毎週の様に教会に行くようになりやがてそこでの奉仕活動に熱を入れるようになる。

父にしてみれば好都合、母が外出中はじっくり勉強に打ち込める。

今にして思えばそういう絶妙なバランスの中で僕たち4人は育った。

小さい頃はよくわからなかったが夫婦間の空気がピリピリしてるのは感じていた。

そして母は父の代わりに僕に洗礼を受けさせようとした。

思えば毎晩の寝物語は聖書だったし調理や洗濯、掃除中にはずっと賛美歌を歌っていた。

そして日曜になると無理強いはしなかったが教会に行こうと誘ってくる。

僕は教会の妙な親切さに居心地の悪さを感じていたしいつもは優しい母が神様の話になると眼が座って語り出すのが怖かった。

それは妹達も同様だった様で結局誰一人洗礼は受けなかった。

また僕は妹達と比べて明らかに贔屓されて育った。

小学生の時は日本一周をする船に乗せてもらえたし高校生の時は夏休みをカリフォルニアでホームスティさせてもらった。

僕はただ緊張感のある家から逃れたくて両親にお願いしたのだが「お兄ちゃんいいなぁ」の声にいつも気まずさを感じていた。

母は良く「ウチの子供は良い子ばっかり、ウチは良い家庭」と繰り返し言っていた。

でもそこには父は含まれてなかったしその場にいることもなかった。


そして皆大人になった。

兄妹の中で結婚したのは僕だけ、一番下の妹が事実婚で真ん中の二人は結婚しなかった。

そして誰も子供を作らなかった。

さらに言えば真ん中の二人の妹はうつ病を体験し今は僕がうつ病だ。


大人になり結婚した後も母は事あるごとに催しのパンフを僕に送り教会に来るよう誘ってたが一昨年それがピタッと止まった。

父が洗礼を受けた。

仕事と勉強だけの父は友人がおらず、しかも病気になり上手く言葉を発せなくなった。

たまたま母の通ってる教会に父の高校時代の同級生がおり彼から誘われたらしい。

母は長年の思いをようやく手にした。

子供達を置き去りにして。



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