精神病棟で会った人たち

隔離病棟を出たらそこは世界でした。 ということはなく、普通に閉鎖病棟でした。
ちなみに解放病棟と閉鎖病棟の違いは施錠の有無で、八時間以上開錠がされており、金銭所持や持ち込み品などにある程度自由があり、外出や面会が自由なのが解放病棟、そうでないのが閉鎖病棟だそうです。
とはいうものの、だだっ広い田舎(平成の大合併だかでめちゃくちゃ広いし夜はカエルがめっちゃ鳴く)に位置する病院だったので、お金もスマホもない状態で放り出されようが脱走する手段もないのですが。看護師さんと会話するまで、某県内の何処らしいという以外は位置も分かりませんでした。さすがに知能をインターネットに頼り過ぎではないか???

それはそうと閉鎖病棟はもはやワンダーランド、中々入院まで至る方もいないと思うので、強烈だった方を何名か紹介します。っていうか書いとかないと昇華ができないほどの胸やけエピソードが目白押しなんですよね。
「これはわたしのことでは?」という方。安心してください、多分あなたのことではないです。

・若い人を見るとずっと後ろをついて回っている20代女性
典型的な「ボーダー型」だそうです。とにかく構ってもらえそうな人、話が出来そうな人について回る。入退院を複数回繰り返していて話の内容はずっと母親に対する愛憎入り混じった内容でした。私と恋バナがしたかったみたいですが、「恋」と聞くと蕁麻疹が出そうなレベルの私にそれを求めるのは酷(こく)すぎました。ちなみに星野源は結構好きです。
私の方が先に退院したのですが最後の方は雑談くらいはできるようになってました。

・お前どこ中だよ?なオラオラ系おねいさん
とにかく序列に厳しい。序列は年齢と入院順で決まるようで「こいつは序列が低い」とみなした相手にはとことん強気でした。「私の方が先に入ったんだから!」とキレているとこを見た。私はこの人より年下かつ終始へらへらしてたのであまり気に入られなかったようです。

・愛を振りまいている人
「○○ちゃん大好き」「助けてくれるよね?」が口癖だった人。これだけ書くと儚い系を想像しそうですが、多分その想像は違っていると思います。男性看護師さんに特に色目を遣うので「?」と思ってたんですが後で既婚ときいてずっこけた。
ちなみに私の母方の血縁に統合失調症と診断された人がいるんですが、母曰く「言動が(その人に)そっくり……」とのことです。典型症状なのか。
とにかく衛生観念がめちゃくちゃで、ある日血まみれの手を差し出してくるのでさすがに「どうしたんですか!?」と訊いたら「生理なの~」と……。ボディタッチ、すりより、試し行動(倫理的に答えにくい質問をいきなり繰り出してくるなど)が顕著で表面上とはいえ付き合う上でかなり参ってしまったタイプです。彼女がいつか旦那さんと幸せであるよう祈るばかり。

・幸せになってほしい人
いつもニコニコ可愛らしい笑顔をふりまいているおばあちゃんで、廊下で会うと名前こそ憶えていないものの、こちらのことは認知していたようで出くわす度に「こんにちは」と挨拶してくれました。
たまに「わたし悪い人じゃないよね?」「悪いことしてないよね?」と念を押してくるので「悪人はそんな風に綺麗に笑えませんよ」と返しました。正答だったのかは今も分かりません。たまに考えたりもします。

・数を数えながら延々何者かに怒っているおばあちゃん
話をよーく聴いているとどうも兄弟絡みらしいのですが結局よく分かりませんでした。補助なしで行動させるとリスクのある方は車椅子に括りつけられて廊下に並べられていたんですが、今思うとすごい光景ですね……。運動施設がないので延々廊下を往ったり来たりしてたんですが、そのおばあちゃんたちの前通ると急に言われなき喧々囂々がはじまったりしてこっちは怖々でした。

こうして振り返ると、いわゆる「廃人」のような方はちっともいなくて、一見意味不明に思えても彼ら・彼女なりに筋を通してたんですよね。あらゆる人にちゃんと理由があって、中身がある。そういう事に気づかせてくれた方々でもありました。

・看護師さんたち
ある意味病棟の絶対的正義。彼(女)らとの付き合いが入退院に関わるので、ある患者さんはすりより、ある患者さんはひたすら被害者であることを訴えていたりもしました。
お医者さんももちろんいるんですけど、わたしのいたところではあまり回診はなくて、もっぱら看護師さんたちとの付き合いのが多い。
向こうは意思疎通ができないのが当たり前だと思っているので「?」「??」「!?」「!!」みたいな会話(会話か?)になることも多々ありました。こっちも当たり前を忘れているからです。「こいつ、(話が)できるぞ……!?」みたいな気づきを察することもありました。
関係あるのかは不明ですが全員やたらとガタイがよくて、男性看護師に至っては全員柔道整体師みたいな体つきでした。バスターアップ持ってそう。

大抵、精神病院って一種の「オチ」というか、そこから先が表現されることはあまりないと思うんですが、こういう人たちもいると伝えたかった。そこにいるのは決して「無銘の人」ではなくて個人なんですよね。
それが伝えられたのなら、ここに記しておく価値もあるもんです。

オタクなら皆履修済みであろう「銀河鉄道の夜」の一部を置いていきます。
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯う云ったのよ。むかしのバルドラの野原に一ぴきの蝎がいて小さな虫やなんか殺してたべて生きていたんですって。するとある日いたちに見附かって食べられそうになったんですって。さそりは一生けん命遁げて遁げたけどとうとういたちに押えられそうになったわ、そのときいきなり前に井戸があってその中に落ちてしまったわ、もうどうしてもあがられないでさそりは溺れはじめたのよ。そのときさそりは斯う云ってお祈りしたというの、
 ああ、わたしはいままでいくつのものの命をとったかわからない、そしてその私がこんどいたちにとられようとしたときはあんなに一生けん命にげた。それでもとうとうこんなになってしまった。ああなんにもあてにならない。どうしてわたしはわたしのからだをだまっていたちに呉れてやらなかったろう。そしたらいたちも一日生きのびたろうに。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命をすてずどうかこの次にはまことのみんなの幸のために私のからだをおつかい下さい。って云ったというの。そしたらいつか蝎はじぶんのからだがまっ赤なうつくしい火になって燃えてよるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」

ほんとうに皆が幸せになればいいのになぁ。

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