猿1号、或いは上崎よーいちとして 02   吾妻ひでお先生

私のアローン・イン・ザ・ダークの連載は好評だった。作品蔑ろの滅茶苦茶な記事だったが、それがウケたらしい。さっそく1994年からの新連載を頂いた。ゲームはシステムソフトの『空軍大戦略』であった。

私はストーリー仕立てで、挿絵を描いて貰おうと思っていた。面白いゲームなのだが、グラフィックがかなり地味で、ページ映えがまるでしないのだ。

そんな時、当時の先輩編集者が提案してきた。

「吾妻ひでお、使ってあげてくれない?」

この人は一体何を言っているのだろうと思った。『ふたりと五人』『ななこSOS』の吾妻ひでお先生である。こんなゲーム記事の挿絵、描いてくれるわけないだろう。

と思ったら描いてくれるという。実はこの時、例の『失踪日記』直後で、仕事を求めていたそうだ。私は保谷駅の喫茶店で吾妻先生と打ち合わせた。緊張しっぱなしだったが、先生は要望のたびにサラサラとペンを走らせ、描いてみせてくれた。凄い、当たり前だが目の前にいるのは、あの吾妻ひでおだ。

リディアやらルーデルやら風船おじさんやら、無茶ぶりにも関わらず描き続ける吾妻先生、私は調子に乗って『女王陛下のプティアンジェ』のアンジェも描いてもらったりした。もう『空軍大戦略』ではなく完全な「あじまワールド」だ。

私のキャラ絵まで描いてくれた。とても嬉しかった。高校卒業後、デイリースポーツ新聞社で使い走りをしていた私にとっては夢のようだった。

読者からのハガキも嬉しかった。今より牧歌的な時代で、文通のようなこともした。連載は全7回で、吾妻ひでお先生的にはこの後、『アル中日記』につながる話となる。1994年のことである。

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コンプティークの時代

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