Chauvinist Pigについて

上映最終日になんとか間に合って『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(Battle of the Sexes)を見てきた。感想はブログの方に書いたんだが、ちょっとずれる個人的な思い出なので書かなかったネタを手短に・・と思ったがちょっと長くなった。

まずはちょっとした黒歴史的な思い出から。1990年代初めごろ、勤務先からの派遣で留学することになって、会社持ちでGMAT対策の教室に通わせてもらっていたことがある。そこの先生(女性)が、ある日、私のネクタイ(当時はビジネスカジュアルといったものはなかった)を見てぎょっとした顔をした。

その日は、当時のお気に入りの1つだった、J.PRESSの小さなブタの絵がたくさん入ったものをしていた。いわゆるクレストタイのように小さな模様がたくさん入ったネクタイがよくあるが、当時(今は知らない)のJ.PRESSは「ウサギと亀」みたいにちょっと変わった模様のものをよく売っていた。ブタもその1つで、小さなブタがたくさんいる(けっこうかわいい)中に1つだけステーキになっているのが面白くて気に入っていた。

先生はしばらく黙ったあとで、聞きにくそうに、若干眉をひそめながら、「Are you a chauvinist?」と聞いてきた。知らないというのは恐ろしいもので、ブタ柄のネクタイは男性優位主義者(chauvinist)が好んでする柄なのだということを当時はまったく知らなかったのだ。そのとき先生になんと答えたのかよく覚えていないが、かなり狼狽した記憶がある。

で、話は映画の方へ。

映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』は、1973年9月20日にヒューストンのアストロドームで行われたビリー・ジーン・キング(当時29)とボビー・リッグス(同55)のテニスの男女対抗試合を描いたものだが、この中にブタが登場するシーンがある。試合前に両者がプレゼント交換をした際、キングがリッグスに贈ったのがリボンをつけた子ブタだった。男性優位主義的な発言を繰り返してキングを挑発していたリッグスを「a male chauvinist pig」と皮肉ったものだ。

「Male chauvinist pig」は、簡単にいえば、男性優位主義者に対する蔑称だ。由来は長くなるのでこちらなどを参照。自国優位主義を意味するchauvinismの転用なので「male」がついているが、略して「chauvinist pig」だけでもほぼ通じる。女性にも男性優位主義的な考えをする人はいるからそういう人は「female chauvinist pig」と呼ばれたりする(そういう本がある)。

「Pig」の方はもちろん蔑んだ表現だが、そう呼ばれた男性側ではむしろ「ブタ」と呼ばれることを一種の「名誉」のようにとらえて、露悪趣味的に、あえてブタ柄の服を身に着ける人もいたりする(今でもTシャツとかよくあるので関心のある方は検索などしてみるとよい)。J.PRESS(アメリカのブランドだが日本で売られている商品はオンワード樫山がライセンス生産していた)が男性優位主義的者を支援する意図を持っていたとは思えないが、まったく知らないで作っていたとも思えない。おそらく本国にもあったのではないかと推測する。1つをステーキにしてるところがおそらく「逃げ」になっていたのではないか。

日本でそのことを知ってた人がどのくらいいたかは知らないが、ともあれあのネクタイは、見る人が見るとわかるものであったわけで、見て気分を害した人たちもいたかもしれない。いや申し訳ない。

あの先生は見た目で当時40代後半~50代前半ぐらいだろうか。だとすると、キングがリッグスに子ブタを贈った1973年当時は20代後半~30代前半ぐらいだったろう。ちょうどキングと同世代にあたる。男性優位主義者の上司を女性社員たちが懲らしめる内容でヒットした映画『9 to 5』は1985年。私の黒歴史であるこの「ブタネクタイ事件」はそれらと時間軸的に地続きの話だったことを今回改めて認識した。くり返すが知らないというのは恐ろしい。

閑話休題。で、つらつらと思い出すのが、スタジオジブリの映画『紅の豚』。1992年の作品だ。海外でもあのビデオは売られているはずで(知る限りだとフランス語版のポルコはジャン・レノが声を当てている)、あれを米国の人たちはどう見ただろうか。宮崎駿がmale chauvinist pigを知らなかったとは思えない。本人が知らなくても周囲から教えてもらうだろうから、少なくとも海外で販売する際にはそういう議論がなされたのではないかと思う(ディズニーが売ってたのだから、そのへんは問題ないという判断がなされたのだろう)。

もちろん、宮崎駿自身がいわゆる典型的な男性優位主義者であったという話ではなかろう。そもそも男性をブタで表現するのは宮崎駿の常套手段で、彼が描いたマンガにはそういうキャラクターがよく出てくる(『風立ちぬ』も原作マンガでは主人公堀越二郎はブタ姿だった)。そもそもマンガでは宮崎自身もブタで表現されてるし。女性崇拝的な要素もいろいろな作品でみられるから、一種の卑下なのではないかと想像する。実際、『紅の豚』でもポルコは男性優位主義者っぽい発言も少なからずあるものの、ポルコの飛行機を修理するのは設計士も含め全員が女性で、全体としては女性にはかなわない、といった描写になっている。

とはいえ、そういう表現そのものが批判の対象となりうるのも事実だ。実際、女性の社会進出に対して批判的な意見の中には「男女は違うのだから役割分担するのが自然」といったものがよくある。いわゆるステレオタイプの押し付けだが、たとえ誉め言葉であったとしても、ステレオタイプであることにちがいはない。『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でも『紅の豚』でもそういうセリフはあったように思うが、少なくとも『紅の豚』に対してその種の批判がなされているものをあまり見たことがない。

そのあたり、反応がどうして分かれるのかはよくわからない。日本の(あるいは宮崎の)作品だから許されたのかもしれないし、そもそも日本のアニメ自体が海外ではマニアックな趣味だから知られていないのかもしれない。作品をよく理解して問題ないと思ったのかもしれないし、実際には批判が起きてるのを私が知らないだけかもしれない。

個人的には、表現自体に文句をつけるより実態を改善することを優先すべき、という意見だ。社会の中の制度や慣行自体が変わっていけば、表現自体はよほどのことがなければいろいろなものがそれぞれ存在を許されるべきだと思う。

今はふだんネクタイをしない生活だが、またすることもないではなかろう。かわいいブタさんのネクタイを心置きなく身につけられる社会になってほしい。不当に貶められているブタさんたちの名誉回復のためにも。


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