勇気の行方(6076文字)
三つのテーマから一つとはお聞きしていましたが、与えられた三つのテーマと、エブリスタで行われている妄想コンテストのテーマ、合わせて四つを含んだ小説になっています。
四つのテーマ
『クリスマス』
『イルミネーション』
『プレゼント』
『もう少しだけ』
よろしくお願いします。
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12月24日、青雲高校は、終業式。
2年の齋藤詩織は、幼なじみの松風颯太と一緒に帰ろうと思い、隣のクラスに入っていく。
自然と浮かべる天真爛漫な詩織の笑みにはショートカットのボブヘアが似合っていた。
教室には、まだ、ワイワイガヤガヤと多数の生徒が残っている。
「颯太、一緒に帰ろ」
颯太は、人懐っこい笑みを浮かべて、分け隔てなく人と接することができるのでクラスの人気者だ。詩織が颯太の元に行くのは、日常茶飯事のこと、このクラスの子たちは、わざわざ、詩織と颯太を振り返ることはなかった。
そこへ、颯爽とそのクラスの木下優菜が近づいて来て、二人の前で立ち止まる。
ぱっちりとした目元に、餅のように張りの良さそうな白い頬をほんのりと赤く染め、弾けるような笑顔の口元に八重歯が覗く。
「お話があるの。屋上まで来てくださるかしら? 松風くん。それと、齋藤さんも」
「ここじゃダメなのか?」
颯太の問いに木下さんがうなづく。
優菜に颯太、詩織が続いて階段を上がる。
静寂の中、三人の靴底のゴムが階段に軋む音だけが響く。颯太と詩織は、優菜の後ろ姿を見つめながら歩くが、優菜は振り返ることなく、前を見つめている。
屋上のドアの前で立ち止まる。優菜の言う屋上とは、ここのことだった。
屋上のドアは常に鍵がかかっているので、ここまで上がってくるものは誰もいない。だから、誰にも邪魔されない。
颯太を呼び出すのなら告白だろう。しかし、詩織まで呼び出すとなると決闘の類かと天然の詩織の手に力が入る。
「あのね」優菜が話し始める。「実は、手紙も書いたけど、渡すのやめちゃった。直接お話ししたくって」
「手紙って、もしかして、果たし状? 私たち戦うの?」
詩織の拳に力が入る。天然にも程がある。
そんな心配をよそに、木下優菜は、口を開いた。
「松風颯太さん、好きです。つきあってください」
「へっ?」
颯太と詩織の間抜けな声が響き、二人は顔を見合わせた。
「すみません、私も呼ばれたのですが、私にはどんな御用でしょうか?」
詩織が、恐る恐る尋ねる。
「齋藤さんは、彼の返事を見届けてください。あなたは、松風くんのことが好きでしょ。どこが好きなの?」
詩織は、ことあるごとに、颯太に好きだと言ってきた。そのために、詩織の好きは、本心というより挨拶程度にしか思われていなかった。颯太はいつも聞き流していた。
どこが好きか、それは友達によくからかわれて言われる言葉。
「私は松風くんのことが好き。あなたは?」
木下さんが愛の言葉を繰り返す。
その言葉に、詩織は奥歯を噛み締めた。
「木下さんは、いつから颯太のことを好きなの?」
「もともと、気にはなってたけど、好きになったのは一ヶ月くらい前かな。で、どこが好きなの?」
たった一ヶ月の恋、そんな浅い感情で私の心の深いところを覗こうなんて無理な話だと、詩織は、ため息をついた。
それは、私の今までの人生を一言で言えと言うのと同じこと。言葉にすれば陳腐になってしまうと詩織は、遠い目で優菜を見た。
「全部」
詩織の言葉に、ふんっと、優菜が鼻で笑う。
詩織は、優菜を見つめる。
ほら、あなたには、全部という言葉に込められたものが何も見えていない。
プラスとマイナスの感情が混じり合って強いプラスの形になっていく、そのもやもやとしたものを何もわかっちゃいない。
でも、わかって欲しいとも思わない。詩織は、うつむいた。
「じゃあ、あなたは彼のどこを好きなの?」
詩織は、うつむいたまま、奥歯を噛み締めながら聞いた。
「かっこいいところや優しいところ」
薄っぺらな浅い感情、子供っぽい恋だと詩織は思った。
「ごめん。木下さんの気持ちには、こたえられない」
すると、突然、颯太が割って入り、頭を下げる。
木下さんは、一瞬眼を大きく開き、やがて、平静を取り戻した。
「わかった。ごめんね」
木下さんは大きな足音を立てながら、階段を駆け降りていった。
「詩織、ごめん、今日は、本屋に寄って帰るから、先に帰ってくれ」
「うん」
詩織は、よかったと思った。颯太と一緒に帰っていたら、何を話していいのかわからない。
詩織が、一人で歩く帰り道、あたりはすでに暗くなり、クリスマスイブらしく、あちこちでイルミネーションやらサンタクロースやらであふれている。
売れ残りのケーキやクリスマスプレゼントを売ってしまおうと、大きな声がしている。
一人で歩く人は、みんな家への道を急いでいる。カップルは、ゆっくりイルミネーションを見ながら寄り添って歩いている。
「私は、ひとり、家路を急ぐ派ね」
詩織は、苦笑いをした。
並木道の街路樹にはイルミネーションが施され、さながら、クリスマスツリーのパレードのようになっている。
詩織は、颯太と二人でイルミネーションを見ながら歩く妄想に浸りながら、ひとり、ゆっくり歩いた。
ーー
詩織は、自分のベッドの上で寝転び、見慣れた天井を見ていた。
「今晩が、クリスマスイブかぁ。
なんとかしたいなぁ」
誰に語るわけでもないひとりごと。
「よし!」
そう言って起き上がりベッドに座ると、ボブヘアが、さらりと揺れた。学校から帰るとシャワーを浴び、すでに上下、白いモコモコの部屋着に着替えていた。
隣の家に住む颯太。同級生の幼なじみ。小さい頃からの家族ぐるみのつきあいで、仲はいいが、仲のいい友達止まり。あと一歩が踏み出せない。
告白して、恋人同士になれたらいいけど、幼なじみは、近すぎるがゆえに絶対に失敗が許されない。引っ越しができない以上、失敗すれば、地獄の日々が待っていると、詩織はため息をつく。
今頃、失恋した木下さんは、どうしてるのだろうか。きっと、一人ベッドで目を腫らしながら泣き続けているのだろう。
私もそうなるのだろうか。
木下さんのは、生まれたばかりの恋。
私のはそうじゃない。失恋すれば、私の方が数十倍つらいはず。そんなことを考えていた。
「えー、幼なじみだよ。お前のことを女だなんて思ったことないよ。昔、一緒に風呂入ったじゃん」なんて言われたらそれこそ立ち直れない。
でも、気のせいかもしれないけど、あいつの好意がチラチラ見えるし、今日みたいにまた、別の誰かが告白してくるかもしれない。今のままは嫌だと詩織は思っていた。
「いっそのこと、どんとこいよ、颯太……」
そうつぶやきながら、颯太はヘタレだから一向に告白して来ないしと詩織はため息をつく。
「ああ、神様、私にもう少しだけ勇気をください」
珍しく神頼みをする詩織。初詣すらしたことがない。
ふだん神頼みなどしたことがなかったから、願いが叶わなかった経験がない。だから、詩織は、心の奥底が熱くなり、勇気が湧いてくるのを感じていた。
詩織は立ち上がり、いつものように、颯太の家に行く。
ピンポーン
ドアが開き、颯太のお母さんの優しい笑顔が見える。年齢より若く見える美人さんだ。
「颯太は、まだ帰ってないから、上がって颯太の部屋で待っててね」
「はーい」
家族ぐるみのつきあいとはこんなものだ。
詩織はいつものように、颯太の部屋に勝手に入り、ベッドの上でぐしゃぐしゃになった布団をきちんとする。
そして、布団に入る。
これもいつものこと。
颯太の匂いを胸いっぱいに吸う。
友達はみんな高校生ともなると男子は臭い、汗のような、何かが腐ったような変な臭いがするという。
でも、詩織は颯太の匂いが大好きだった。
突然ドアが開き、見ると颯太が立っている。男子高校生の帰宅には、ただいまの一言もない。突然だった。
颯太は、ため息をついている。
「詩織、お前なぁ」
そう言ったきり、うつむいて、また、ため息。
「詩織、お前、俺も男なんだぞ、そんな誘うようなことして、俺が狼になったらどうするんだ」
「さ、誘うって何? あ、一緒に寝ようってこと、そんな幼稚園の時みたいにしないよ。ただ、布団に入っているだけ」
詩織は、そう言ってから、颯太が言っていた狼という言葉を思い出し、布団で顔を隠した。心臓が高鳴り続けた。
高校生ともなるとそんなことも意識しなくてはいけない。
詩織は、大きく深呼吸をして、ベッドから出て、正座して、また、大きく深呼吸をする。
「松風颯太くん、私はあなたのことが大好きです。私とつきあってください」
颯太が目を丸くする。
「お前、何、告ってんだよ。今のなし。今の聞いてないからな」
その言葉に詩織は、頭が真っ白になった。
颯太は優しい。私が告って颯太が断ったら、今後、気まずくて顔を合わせることができなくなる。
だから、断る代わりに告白した事実を消すということか。
告白しなかったことにするということ。今まで通りの付き合い方を続けようということ。今まで通り、仲のいい幼なじみでいてくれるということ。
詩織は、そう理解した。
詩織の目に涙が自然と出てくる。
勇気なんて出すんじゃなかった。
今までだって十分幸せだったじゃない。
毎日、楽しかったじゃない。
神様に、もう少しだけ勇気をくださいなんてお願いするんじゃなかった。
これ以上、幸せになろうなんて欲を出すから、こんなことになるのよ。詩織はうつむいたままだった。
「詩織、好きだ。俺と付き合って欲しい。告白は俺からって決めてたんだ。ごめん、俺から告白したことにしてくれ。うちの両親からもお前から告白しろって言われてて、お前から告白されたなんてバレたらうちを追い出されてしまう」
「えっ?」
頭の中はまた、真っ白になる。
今、颯太、なんて言った? えーと、颯太から告白されたってこと?
詩織が颯太の言葉を理解するまで20秒くらいかかった。そして、全てを理解した詩織がニタリと笑う。
「颯太、告白したのは、私だからね。もう、家なんて追い出されちゃえ」
「バカ、ほんと、頼むよ」
「遅い、遅いよ。ずっと待ってたんだから。
じゃあ、私の好きなとこ10個言えたら、あなたから告白されたことにしてあげる」
「えー、
かわいいところ、
やさしいところ、
無駄遣いしない金銭感覚、
家具のセンスがおしゃれ、
僕の悪いところを注意してくれるところ、
一緒にいると安心するところ、
一緒にぼーっとできるところ、
笑わせてくれるところ、
一緒にいるだけで楽しいところ、
僕を幸せな気持ちにしてくれるところ……」
「わーーー、もういい! いいから、黙って!」
詩織の色白の肌は瞬く間に真っ赤になった。
「えー、詩織が言えって言ったんじゃん」
「まさか、そんなにすらすらと言うと思わなかったから」
詩織は、ニタニタしていた。
最初にかわいいところと言われた時には、その後に続く言葉が怖かった。目が好き鼻が好きとか外観のことだけを言うかと思った。
外観だけ好きなら、太ったら嫌われるかもしれない。
スポーツ万能のところと言われたらスポーツができなくなったら嫌われるかもしれない。
そんなことばかり並んだらと、怖かった。
一緒にいて安心するとか、ぼーっとできたり、楽しかったり、幸せな気持ちになってくれたり。
颯太は、詩織にただ、そばにいてくれるだけで幸せだと言葉を変えて、何度も何度も、詩織そのものを認めていてくれた。
詩織は、顔の緩みが直らなかった。
颯太が戸棚から綺麗に包装された箱を取り出す。
「これ、プレゼント、開けてみて」
ピンクのリボンをゆるめて、かわいい花柄の包装紙を取り、箱を開けるとかわいい小瓶。
「香水なんだ。今、つけてあげるよ」
詩織は、焦った。こ、香水なんてどこにつけるんだろ。ドラマとかで首につけてたっけ。
詩織は、横を向いて後ろ髪をかきあげて首を出した。
ドラマだと女優さんが色っぽく見えるポーズだ。詩織は、自分が色っぽく見えているだろうかと少し顔がゆるむ。
颯太が、顔を近づけできて、うなじに柔らかくて湿ったものが張り付く。
「な、なにしてるの? ば、ばか! 今、キスしたでしょ!」
「香水つけた」
「う、うそ、キスしたでしょ」
「匂いづけ」
「そんな猫みたいに」
「なにそれ?」
「猫って、主人に、他の猫が近づかないようにスリスリして自分の匂いをつけるの」
「じゃあ、これから、他の男が近づかないように、毎日匂いづけする……って、ウソだよ。香水は手首にちょっとだけつけるといいって」
詩織は、ベッドの上に置いておいた鞄を取った。
持ってきていたプレゼントを差し出す。
「開けていい?」
詩織は無言でうなづいた。
「お、ネックレス。Sのアルファベットつき。
これは、詩織のSかなぁ?」
詩織は、顔を真っ赤にしてうなづいた。プレゼントを買うときには、まさか告白するなんて思っていなかったから、颯太のSだと言うつもりだった。
でも、本当は詩織のS。自分が離れている時でも自分の分身が身近にいて欲しかった。
「これ、私の詩織のS。浮気しないでね」
「しないよ。そうだ、明日デートしよう」
「うん」
「颯太、ご飯よー」
颯太のお母さんの声。
「じゃあ、明日ね」
翌日、クリスマスの日
颯太と詩織は、街を歩いていた。初デート。二人で出かけることは何度もあったが、あくまで幼なじみとしてだった。
友達としてだった。
詩織は、颯太の腕を取ると蛇のように巻きついた。ちょうどその時、見知った顔が二人の正面に現れた。
ピンクと白の縞々のセーターの上に、大きめの白いダッフルコートを羽織り、赤いチェックのスカートを履いた小柄な女の子。
木下優菜だった。
目が腫れている。
昨日泣き明かしたんだろうか。
優菜がつぶやいた。
「あれだけ泣いたのにまた、涙が出ちゃう。
でも、良かった!
二人は、恋人同士になったのね。
私は、松風くんのことが好きで、ただ、松風くんの幸せだけを願ってた。二人がいつまでも煮え切らないから告白したの。
私は、本当に松風くんのことが好きだから、おつきあいできたらラッキーだったけど、無理だって知っていた。
私の告白をきっかけに二人の仲が進展したら、松風くんに幸せが訪れると思って。
だから、二人の前で告白したの。
よかった。本当によかった」
そういう木下さんは、涙ぐんでいた。涙を見られないように、すぐに右手のひらで顔を覆い拭うと、二人の前から姿を消した。
自己犠牲……好きな相手が幸せなら自分はどうなってもいいというの?
木下さんの恋こそ、大人の恋だ。
それに比べて私は自分のことしか考えられない。なんて、自分は子どもなんだろうと詩織は、恥ずかしくなっていた。
木下さんに恋愛ゲームで勝ったんだという気持ちと、自分を犠牲にしてまでも颯太の幸せを思う木下さんに完全に負けたという気持ちとが、詩織の心の中で争いはじめていた。
詩織の心の奥底に棲んでいる真の詩織は、自分のことしか考えられない明らかに子どもだ。
木下さんの自己犠牲を見て、お前も大人になれと強く強く促してくる。
それまで詩織を見つめていた颯太が笑った。
まるで子供のような屈託のない颯太の笑顔に、詩織は戸惑いを覚えた。
今のままの自分でいいということなのだろうと、自分のことで精一杯の詩織に戻った。
木下さんの前で胸を張れるような人間になることを誓いながら。
了
今回、蜂賀さんのアドベントカレンダーに参加させていただきました。
元記事をご紹介します。
参加させていただきありがとうございました♪
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