舞台に立つということ

私は長い事
「舞台に立つのが大好き」と人前で言ってはいけないと思い込んできました。
これを知られると大抵嫌われます。
それが怖いから、隠さなくちゃと思ってきました。

でも、もう解放してやることにしました。

 好きなものは、やっぱり好きでした

今日も子供達の前で絵本を読んできましたが
先日思い切って弾けてやった司会の所為で、もう全く緊張がありませんでした。

舞台での表現は、文章の様に深い事は伝えられないのですが、これにはこれならではの良さがあります。

文章化する表現も好きだけど
どっちもある事で私なんだろうな…
 と、思います。

舞台、それも観る側ではなく
自分が演じる側として…好き

これは同じ趣味を持つ人にでないと
話してはいけない印象でした。

経験上、一度「目立ちたがり屋」に思われてしまうと
その後の人間関係に支障が出る事が多かった様に思います。

ところがとうとう

これが吹っ切れたんです

先日、思いっきり冒険してきたのが大きい気がします。

数年前から少しづつ、こういう事を増やして来ていたのですが
この間のは結構大きな前進でした。

なんか、陰でヒソヒソ、クスクスされていたとしても

開き直っちゃう感じ

「ああ、私はそういう人間なんだから
突き抜けるしかないみたいだ」

って、何かがこれまでとは変わったんです。

「もう、いいです
勝手にどうとでも思ってください」と

「私は、この私として生きていくんですから!」って

私は人に嫌われるのがすごく嫌です。

嫌われる勇気も覚悟も持てません。

だからずっと、
やりたいけど、嫌われるから出来ない
というジレンマでした。

見た目が酷くなる病気も経験しましたし
その後遺症も残っていたので
そこから中々這い上がれませんでした

だからずっと
人前で話をしたりする事は
やりたいんだけど
でも隠しつつ
小出しにする感じでした

「みんなが苦手で敬遠する役目なら、私でよければ…」
という遠慮がちな形
「私のようなものでお役に立てれば」というスタンス

だからもっと思いっきりやりたくても
周りを見て、控えめになっていました。

そのリミッターを思い切って外しちゃった感じです。

一般的に、人には見られてはいけない"自己顕示欲"というものを
サラッとスマートに隠す事なく表せて
それによって巻き起こる面倒ごとにも惑わされずに堂々と立っていられたら
ものすごく格好いいんでしょうね。

そこにはまだまだ到底行き着けないですが、そこに向かって進みたいです。

嫌われる覚悟までは持てなくても
嫌われないために本来の自分を隠すまではしないようにしようと思います。
自分に好きな事を解放してやると、世界が広がったから。
敵も出来たけど、強い味方も出来ました。
その味方が新しい人間関係になるのだと思います。