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はじめてのサックスをめぐる冒険(3)

(つづき)

 さて。いきなりリードは欠かしてしまったものの、「ぷー」と無事音は出た。よかったよかったさすがサックスの才能あるわしである(← まだ、「ぷー」しか出ていない)。

 さて、「ぷー」の次は、「ぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷー」、つまりドレミファソラシドくらいは鳴らしてみたいものである。楽器店で試奏したときは余裕で出た。
 では、と吹いてみると。

 「ぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷー(全部同じ音)」

 ?!

 おかしい。もう一度。

 「ぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷー(全部同じ音)」

 ???????
 運指を変えても音階が変わらない。
 いきなり床から100メートル級の壁がせり上がってきた気分です。
「こんなの初めて…」という、ベッドで言えば男性が喜ぶというセリフを呆然とぼっちの防音室でつぶやきます。そもそも初めても何も、数えるほどしか吹いたことがないわけですが。

 どんなに運指を変えても出る音は
「ぷー(同じ音)」。
 頼みの綱の『はじめてのアルトサックス』(リットーミュージック刊)は貝のように沈黙したままです。どんなにページをめくっても、「運指を変えても音階が変わらないときはどうすればいいか」ということは書いてありません。

 「初期不良」という言葉が頭をかすめましたが、いやいやあわててはならぬ。怒鳴り込んで恥をかくというのは、初心者にはありすぎる事故でございます。わずかなサックスの知識を総動員し、ネックとボディがちゃんとつながっていないのではないか、ちゃんとタンポは押さえられているのか等を確認いたします。

 無慈悲な時計は刻々と、スタジオレンタルの残り時間を表示しています。

 このままでは、「ぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷー(ドレミファソラシド)」どころか、「ぷー」だけに1080円かけたことになってしまいます。

 ふと、運指表を見てみます。そうです、まずそこを確認すべきだったのです。
 サックスのご経験者の方はわかると思いますが、サックスにはいらん(いや、必要ではありますが)キー(押すとこ)がたくさんあり、不用意に変なとこを押すと、予定外の音が出てしまうのです。

 ……はい、やっぱり確認してみたら、左手人差し指のキーが間違っていました。押さなくていいキーを押し、押すべきキーを押していませんでした。

「ぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷーぷ~(ドレミファソラシド~)」

 出た~!!!
 まるで1週間ものの便秘が解消したようなさわやかな気分。

 しかし、無慈悲な時計は私に「感動はそのへんにして片づけろ」と宣告するのでありました。

 ネックをはずしマウスピースをしまいながら私は、ささやかな満足感でいっぱいでした。
「今日は『ぷー』だったが、いつの日か『ぷぷぷぷーぷぷぷぷぷぷぷ』くらいは吹けるようになるだろう……楽しみ」

 けれど、好事魔多し。
 その日最大の災難が、口を開けて待っていたのであります。

(まだ、つづきます)


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