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【006】『ハイキュー!!』ド直球のスポ根マンガになぜこれほど惹かれるのか

 今、手元に『ハイキュー!!』がない状態でこれを書き始めたので、記憶違いがあったら申し訳ない。

 さて、『ハイキュー!!』は実に不思議なマンガである。
 正直言って、ストーリーの本筋、キャラ立てには特に凝ったところは見られない。
 主人公が「伝説」に惹かれて入学するのも、入部に一悶着あるのも、辞めてしまった部員を説得して連れ戻すのも、すべて、「どこかで見た」お話である。
 しかしそれでも、『ハイキュー!!』の物語は、私たちを惹きつけてやまない。
 もはやこれは、「おもしろいワンパターン」と呼べるものではなく、「王道」と呼ぶのがふさわしいだろう。

 そもそも、「なぜ、今、バレーボール漫画なのか」という疑問は当然あった。
 日本がバレーボールの強豪国であった昔はいざ知らず、今、特に男子バレーは弱い。
 日本がバレーボールの強豪国であった頃は、実にバレーマンガ、バレーアニメ、バレードラマが多かった気がする。実際に数を数えているわけではないが、「アタックno.1」「サインはV」など、いくつも名作が思い浮かぶ。

 しかし、思い起こせば、「流行っていないスポーツのマンガ」で大ヒットしたものもたくさんあるではないか。
『キャプテン翼』の連載が始まった頃、子どもたちはサッカーよりも野球に夢中だった。
『SLAM DUNK』が始まった時、日本でバスケットが流行っていたとは聞いていない。
『エースをねらえ!』は一大テニスブームを巻き起こしたが、それは流行った後のことである。

 マンガはおもしろくて売れれば正義であり、その点においては「今、流行っているかどうか」は関係ない。
 もちろん、「流行りもの」は連載企画が通りやすいだろうとは思う。しかし、流行っているものに乗ろうというのはだいたいの作家や編集者が思いつくことで、その企画が形になって雑誌に載る頃には「似たようなマンガ」がたくさん始まっているのである。

 競争相手がいないところでイチかバチかの勝負を賭けるか、人気ジャンルで頭ひとつ飛び出す競争に参加するか。

 結局はどちらもバクチなのである。
 それであれば、好きなものを描いたほうがいいではないか。
 そう考えるマンガ家は当然いるだろう。

 『ハイキュー!!』の作者、古舘春一氏は中学高校とバレーボールをやっていた。なるほど、あのマンガの「熱量」は、経験者のそれであるのだ。
 つまり、スポ根マンガ市場とは、マンガ家たちの「壮大なるマイブーム」のご披露合戦なのである。


 さて、スポーツマンガ、いや、スポーツは大別すると
・一人でやるスポーツ
・複数でやるスポーツ
 のふたつに分けられる。

 それをマンガに描けば、基本、前者は「ワガママでストイックな主人公」になり、後者は「チームワークを大事にする主人公」になる(もちろん、例外はあるだろうが、基本こうなるのは当然である)。

 唐突な話だが、「青春」とは何だろうか。
「青春」の定義はいろいろあるだろうが、「若い人たちが欲得なしに集まって過ごした時間」というのは納得してもらえる定義のひとつであると思う。

 そうであれば、「若い人たちがスポーツに打ち込む姿」というのが青春でなくて何であろう、と思うのだ。また、裏を返せば、「青春を描きたければ、若者にスポーツをさせよ」ということもできる。
 チームメイトと泣いたり笑ったり。それだけでもはや「青春」ではないか。
 ゆえに、スポ根マンガでは、複数でやるスポーツのほうがより「青春」を描きやすく、感激もまたひとしおである(もちろん、一人のスポーツの青春漫画もたくさんあるが、これには「部」というくくりが必須になる)。

 若者がスポーツに打ち込む姿、というのはそれだけで見る者の胸を打つ何かがある。
 これが大人のスポーツであればそうはいかない。

 身もふたもない話で恐縮であるが、スポーツには結構なお金がかかる。私も学生時代ならこんな話はしないのであるが、子どもの一人でも育ててみれば、「いかに運動部がお金のかかるものであるか」骨身に染みるのだ。ユニフォームひとつ、遠征ひとつでも結構な出費になる。

 もちろん、マンガではそのようなことは語られない。
 ただ、ひたすら、「お金のことなど何も考えず(親任せ)」若者たちはスポーツに打ち込む。

 私事で恐縮だが、子どもを持つ身になると、その姿がまた染みるのである。
「ああ、あの頃が懐かしい!」と。


 さて、『ハイキュー!!』であるが、ゴマンとあるスポ根マンガの中で、『ハイキュー!!』がヒットしている理由はいくつか考えられる。

 まず、「タイトルがいい」。
 バレーボールを日本語で言うと「排球」であり、タイトルはそれをカタカナにしただけなのであるが、実に勢いとセンスが感じられる。タイトルがいい物語は中身もだいたい素晴らしい。

 次に、「絵の説得力が抜群である」。
 中学最初で最後(だったと思う)の日向のアタックシーンの絵を見て、私は涙ぐみそうになった。
 これまでにいろいろなバレーボールマンガを読んで来たが、これ以上のアタックシーンを見たことがない。あの背中には、日向の悲哀と希望が詰まっていた。実に作者はコマの見せ方が劇的である。いや、バレーボールマンガどころか、私が読んで来た全スポ根マンガの中であのシーンはピカイチである。

 さらには、「セリフがいい」。
 マンガ家は、絵が上手いのは当たり前だ。だから、もうイーハンもリャンハンもつかないと、山のようにあふれるマンガの中で突出することはできない。
 マンガだって文学の一形態である、と私は思う。素晴らしいセリフを書けるマンガ家は圧倒的に有利だ。
『ハイキュー!!』のセリフは胸を打つ名ゼリフが多い。

 例を挙げるのはやめておく。
 たぶん、『ハイキュー!!』最高のセリフは、あなたの胸の中にあると思うから。

 

 

 

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