人生初の団体ツアーに参加して覗いた深淵

僕は普段よく分からん国に一人旅をしては騙されて帰国するのだが、先日、人生初の団体旅行に参加した。両親と台湾行きのツアーに申し込んだのだ。旅のあり方が多様化する昨今、伝統スタイルの団体ツアーで抑えるべき5つのポイントを紹介したい。

ポイントその1. 青汁が配られる

僕も知らなかったのだが、ツアーというのは集合するとまず青汁が配布される。基本事項なので覚えておこう。初心者の僕はいきなりの洗礼に戸惑ったが、周りを見渡すとすぐにその理由が伺えた。参加者の多くが、70〜80代と思しき女性だったのだ。青汁は早速彼女らのハートを射止めたようで、横の席の佐々木さんは「アンケートで褒めたろ」と上機嫌だった。(どうやらツアーでは最後にアンケートが実施されるらしい。その後も佐々木さんは事あるごとにアンケートに書く内容をメモしていた。)
また青汁の他にも、参加者には丸いシールが配られる。ツアー名が大きく記された、参加者の証である憧れの「例のシール」だ。シールを受け取ると、ああ僕は今から団体ツアーに行くんだなと、そういう心持ちが込み上げてくる。左胸に貼ったシールをそっと撫でる。ドクドクと心臓の高鳴る音がする。これから、団体ツアーっぽいイベントが色々と待ち受けているんだろう。集合時刻に遅れて怒られたり、変な土産物屋に連れて行かれるかもしれない。なんて楽しみなんだ。小学校の修学旅行のような、そんな高揚感がある。ガイドがロゴの入った赤い旗、いわゆる「ツアー旗」を持って現れた時、僕の興奮は最高潮に達した。これぞ思い描いていた、ステレオタイプの団体ツアーではないか。
ちなみにこのツアーは関西発着で、参加者は大阪人が中心だった。大阪の老人たちはバイタリティに溢れていて、海外であろうと全ての会話を「ホンマ?」と「ナンボ?」の2通りで成立させることで知られている。空港に到着しても、「ナンボ、ナンボ」と呟きながらすぐに免税店に吸い込まれるのでなかなか前に進まない。しかしそんなところも含めて、僕はこのツアーを楽しんでいた。あんなことになるとは、つゆも知らずに。

ポイントその2. ガイドがやたら厳しい

強烈な大阪人を取りまとめるには、相当の手腕が求められる。今回のガイドは現地の台湾人だったが、片言の日本語ながら見事に集団を掌握していた。とにかく声が大きくて、「タイワンアツイ!ウワギヌグ!!」「バスデタタナイ!!」などと叫ぶさまは、完全に修学旅行の引率の先生だ。油断すると生徒たちが勝手に徘徊し始めるので、その度にツアー旗を振り回し笛を吹いて注意する。引率の先生というより羊飼いに近いかもしれない。
ある時、バスに乗っているとガイドが突然「キョウミチコンデル!ナゼカ!?」と叫び出した。唐突なクイズ出題に我々がざわついていると、「キイテ!バアサンタチ!!」とガイドが車内を黙らせる。自分で尋ねときながら、流石の厳しさである。ちなみにクイズの回答は「ハナキンダカラ!!」とのことだった。
もっとも参加者たちはそんなガイドに萎縮することもなく、思い思いの時間を楽しんでいる。佐々木さんは「けったいなガイドやな」とメモを取りながら青汁を渋そうに飲んでいた。
僕はというと、ガイドが厳しくなればなるほど、むしろ参加者の一体感が高まる気がしている。我々は一蓮托生なんだと、何か大きなものの一部になったような心地良さがある。そこまで考えた上での行動だとしたら、このガイドかなりの手練れである。感心しながらバスの外を眺めると、道路標識がなんかの名言みたいだった。

ポイントその3. 光に群がる

大阪の老人たちと片言の絶叫ガイド、互いが互いを刺激しあいながら最高のバイブスを醸成していく。それが如実に現れるのがお土産屋だ。ガイドが「ココ、オイシイ!カウ!!」と号令をかけるや否や、集団がその店に突撃する。有名なカステラ店に訪れた際はものの5分間で棚の全てを買い占め、たちまち店じまいとなってしまった。まるでイナゴの集団が過ぎ去った畑のようだ。
そして、お土産以上に集団を熱狂させる存在がある。光だ。光を放つものがあれば集団は急速にヒートアップし、一斉にそれに群がるのだ。イルミネーションから打ち上げ花火まで、前を駆けるガイドを先頭に文字通り突進して行く。本当にイナゴかと見紛うが、その中にいると自分も同様に突進してしまう。一人だったら近づきもしなかっただろうに、団体ツアーの不思議な作用である。
特にツアーの目玉はランタン祭りというイベントで、そこは光の国とも呼ぶべき燦然たる空間だった。僕はランタン祭りについて何も調べずに参加したので、なんか厳かな行事だと勝手に思っていた。全然違った。ゲートをくぐり抜けると光の洪水、あちこちで色とりどりのランタンがまばゆく輝き、思わず目が眩んでしまうほどだ。メインステージでは高さ5mはあろう巨大なシャチホコが全身から閃光を放っている。コンセプトが全く分からないが迫力はある。

ファンファーレが流れ、一斉にランタンが点滅を始める。重たい機械音と共に、巨大シャチホコがゆっくりと回り始めた。集団のボルテージは絶頂に到達する。恍惚の声があちこちで上がり、僕も夢中でその一員となった。今夜は最高のステージになりそうだ。

ポイントその4. 弱点は雨

ランタンに熱狂冷めやらぬ我々だが、1つだけ弱点がある。雨だ。ツアー最終日に訪れた九份では、途中で大雨が降り出した。
「千と千尋の神隠し」のモデルとされる九份は台湾屈指の観光名所であり、常に黒山の人だかりで賑わっている。その混み具合たるや、一歩路地に踏み入れただけで集団が早々に瓦解しかけた程である。
ましてやそこに大雨が降ったものだから、弱り目に祟り目。もはや集団はパニック状態となった。懸命に他の人を追おうとするが、例のシールが傘で隠れて参加者の判別がつかない。唯一はためくツアー旗だけが、我々の命綱だ。
自由行動の度に人が減ることでおなじみの集団だが、この時はそれに拍車がかかり、路地を数メートル進むとおばあさんが一人ずつ消えていった。まさに神隠しだ。中間地点に到着した頃には、集団の数は半分ほどになっていた。皆、あの傘の海へ飲み込まれてしまったのだ。ツアー自体の続行が危ぶまれたが、ガイドの「ユクエフメイ、ショウガナイ」という戦慄の一言により我々は移動を再開する。
置いてかれては一大事だと、これまで呑気だった老人たちも血眼でガイドに食らいつく。だが次々と現れる黒山に阻まれ、思うように進めない。「コッチダーー!」というガイドの叫び声も、虚しくかき消されてしまう。雨は激しさを増すばかりだ。

ポイントその5. 受け継がれる意思

30分後、中心地から離れた集合場所に到着した。途中で傘を捨てたのでずぶ濡れで、おまけにお土産のカステラを紛失した。犠牲なしにはたどり着けない道程だった。
20名以上いた参加者も、残ったのは僕の家族ともう一組の老夫婦、そして佐々木さんだけ。あの大混乱の中、ついにガイドまでいなくなってしまった。
ふと佐々木さんを見ると、何故かその手にツアー旗を握っている。人混みに埋もれるさなか、ガイドが彼女に手渡したらしい。
思い起こせば、ここまで奔放な集団を引っ張ってきたのがこの赤いツアー旗だ。この旗が無ければただ徘徊する老人の集まりであり、旗は我々のアイデンティティだった。「千と千尋」においては「名前」こそが千を千尋たらしめる証だったが、この団体を団体ツアーたらしめる証がこの旗なのだ。ガイドは最期に、そのバトンを佐々木さんへ託した。

♪ 呼んでいる〜胸のどこか奥で〜

トタン屋根に、大粒の雨がバラバラとぶつかる。前日の熱狂とは対照的な静寂が我々を包み込む。あの興奮はまるで胡蝶の夢のように、跡形もなく消えてしまった。しかし僕は忘れない。

♪ 海の彼方には〜もう探さない〜

傘の海の彼方へ消えていったガイドを…

♪ 輝くものは〜いつもここに〜

輝くランタンに群がった日々を…

♪ララランランランラン、ララララランランランラン…

雨が止んだ。
寒いしガイド全然帰ってこないしカステラが惜しくなった。何だかいたたまれなくなって、僕は思わず左胸のシールを剥がした。ベリッという音がして、シールが半円に裂けた。横では佐々木さんがツアー旗を股に挟んで、熱心にメモをとっていた。

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