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「オンライン・フェミニズムの限界と可能性」の参加感想  #ぽすけん  ツイッターでの対話・議論の限界として、140字の文字制限、連ツイを見ないオーディエンス、フィルターバブル、という点が挙げられたが、話題が盛り上がっては過ぎていくという一過性がシステムに誘導されている(投稿が蓄積されず「流れて」いく)という点はやはり大きいと思う。ネット議論に適したプラットフォームサービスを誰か作ってくれよ。需要あるぞ。  ハッシュタグ無効化の話は、中村氏の危惧点とは別に、「じゃあ仕返し的

    • セミナー参加感想

       質疑の時間がもっと欲しいと思うほど良い会だった。  「ハラスメント」がテーマで、最初から「セクハラ」に絞って話されたので、ん、女性への必ずしもセクシュアルではないハラスメント、つまりセクシュアルでないセクシズム領域のことは話されないのか、と思ったら、3.で問題がヘテロセクシズム一般とちゃんと繋がったので、おお、となった。「sexual」概念って結局なに?有用な定義できるの?という点は聞きたかったが。  また、既にある程度の知識がある人向けかなと思った。「ヘテロセクシズム」

      • 「女が人間になる」とき――前川直哉氏の記事への批判

         『女性を、女として見る前に、ひとりの人間として見ることができる』、『女性を「女性」というカテゴリーではなく、自分と同じ重みをもった一人ひとりの人間として接し』……。  こういうレトリックは有益かどうか疑わしいと私は思っている。  一つには、まずそもそもそんなことが可能か、「女性として見る」「ひとりの人間として見る」とかいうふうに私たちは人々を認識したり相互行為しているのか、という点。(この論点は、では『女性をひとりの人間として見る』とはどういうことか?という問いへ続いていく

        • (口頭)対話の場の設計についての喜多見こけし氏記事へのコメント

           文章論理が分かりにくかったり無意味な比喩があったりと、喜多見氏の筆致が好みでなかったので所々苛立ちながら読んだ。  そもそも「あなた」がしたい「その」対話が(文章記事でのやり取りでなく)口頭である必要があるのかという点について私は懐疑的だが(https://twitter.com/hyougen0/status/1209088608453324800)、もちろん口頭対話ならではの効果・意義もあるだろうと思う。(それが『魔術的なもの・力』かどうかは、どういう意味で「魔術的」

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        • 「女が人間になる」とき――前川直哉氏の記事への批判

        • (口頭)対話の場の設計についての喜多見こけし氏記事へのコメント

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        • 読書メモ
          2本

        記事

          「車椅子入場できますか」「入場はできます」という話。

           ねこの問い合わせシリーズ第1弾は、チームラボ特別展@名古屋市科学館の車椅子での入場について。  以前から気になっていたチームラボの展示が名古屋に来るらしいと11月初めに聞いて、是非行きたいと開催情報を検索していた。 名古屋市科学館の特別展予告ページ 特別展の「公式ホームページ」とされているチームラボのウェブページ  すると、チームラボのページの「来場のご案内」→「施設について」の項目で、車椅子のピクトグラムが薄くなっているのを見つけた。(現在修正済みのため以下にスクショ

          「車椅子入場できますか」「入場はできます」という話。

          情報提供のお願い

           いま一部で話題になっているイシューズという新しいサービスにおいて(https://the-issues.jp/about.html)、学校での性教育がトピックの一つとして挙げられています(https://the-issues.jp/topics/RQE3eFisoZLriW2atuPM)。  しかしながら、運営事務局によって書かれた反対意見紹介には問題があると私は思っています。反対理由の一つ目に「寝た子を起こす」論を書いており、その論の根拠に文教大学の紀要論文を引用していま

          情報提供のお願い

          「わからない」人の投票率を上げるための「インセンティヴ」論、に対するコメント

           何か元記事の論がぐちゃぐちゃなので烏蛇氏のコメントもすっきりしないな。  記事内で言及されている「わからなさ」は、『誰に投票するかの基準が分からない』という(だけの)問題ではないと思う。もっと根本的に、税制度や社会保障制度、経済理論や法改正など、(狭義の)政治が問題にすることについて、政治家が何を言っているのか分からないし、それが正しいのかも分からない、ということでしょう。それらが(ある程度)分かっていても、どの争点を優先すべきかなどで、誰に投票するかの基準が分からない・

          「わからない」人の投票率を上げるための「インセンティヴ」論、に対するコメント

          烏蛇氏へのTWリプライ代わり(北守氏ヴィーガン記事について)

           やはり烏蛇氏が「正当性」と言うとき、主義の内容的正当性の話と「メタレベル」の話とを時々で混在させているように見えます。  北守氏が『告発的』について言及している当段落とその直前の段落において、『動物の権利や農業畜産業の南北格差の観点』『人間社会の格差や差別という構造的な問題』に触れています。つまり、ヴィーガンの主張が『告発的』になるその『政治』性は、倫理や正義、望ましい社会構造といったものとの関連から生じているわけです。  ここで、北守氏も私も、読者とある前提を共有してい

          烏蛇氏へのTWリプライ代わり(北守氏ヴィーガン記事について)

          「QADAPについて」に対するコメント

          QADAP(差別と権力に立ち向かうクィア有志)のホームページにある記事「QADAPについて」(http://qadap.org/)に対するコメント。 『典型的な日本在住者であれば、以下のわずかな質問で、多くのひとが差別者に振り分けられるでしょう。 • 基地のある街に住んでいますか? • 原発のある街に住んでいますか? • 黒人の知人は何人いますか? 差別者の大多数に、差別する意思はありません。基地や原発を押しつけたつもりもなければ、黒人を避けたつもりもありません。 では、次

          「QADAPについて」に対するコメント

          障碍者雇用について

          https://togetter.com/li/1336875  Zaedno氏のツイートから生じた私の質問に氏が答えてくださったので、それに対しての返信コメント。大きく分けて二点。 1. まず、一点目。業務に影響することが予想される場合でも「自分の障害を伝える(法的)義務がない」ということについては、どうやら確かにそのようである。しかし、自分から積極的に伝える義務が無くとも、採用者側から障碍の有無を訊かれたときには、障碍をクローズにしたい応募者は不利な状況に立たされると思

          障碍者雇用について

          読書メモ:『教養としてのジェンダーと平和』

          風間孝, 加治宏基, 金敬黙(編著)2016『教養としてのジェンダーと平和』法律文化社. 1.  序p.3~4「性別二元制とは、性別は女と男の2つからなり、正反対の性質をもつという考えのことです。そして男女の違いは、女と男は互いに異なるのだから惹かれ合う、すなわち異性愛を自然なものとみなす考えを形づくります。異性愛を唯一の自然・正常な性愛と見なす考えのことを異性愛主義と言います。私たちの社会は男女が惹かれ合うのは自然であるという前提で成り立っていると言えるでしょう。(中略)

          読書メモ:『教養としてのジェンダーと平和』

          性犯罪加害者の傾向と、性的コンテンツの性犯罪抑止/助長論

           澁谷氏が『この加害者の傾向をどう読むのか』と言っているのは、仮に、性的コンテンツが全体数として性犯罪を抑止しつつも、加害者母集団にこういう傾向があった場合、どういう説明で整合性がつくのか、(そういう場合が現実に成立し得るか)ということなんだろう。多分。以下、そういう解釈で論を進める。  前提への反論として、「それは斉藤氏が接触した加害者たちの傾向であって加害者母集団の傾向ではない」と言うことができる。(「ペドフィリア」とセックスドールの件は、ぺドフィリアの加害者なのかペドフ

          性犯罪加害者の傾向と、性的コンテンツの性犯罪抑止/助長論

          「誰とでもセックスできる人」

          今回の事例の話 まず前提として、事例の話から行こう。 (追記:はちみつレモン氏(@nyannyan333vv)がツイッターアカウントに鍵を掛けたためここにあったツイートがなくなっている。)  元TWに関して、yukari氏(@yukaring1117)は「セッは誰とでもできる」とプロフィールに書いており、はちみつレモン氏がその情報を用いたことそれ自体はセックスワーカー差別ではない。(もちろん、差別でないということは、全く何の問題もないということを意味しない。)しかし、『セ

          「誰とでもセックスできる人」

          有効な「同意」のために――「性交同意年齢」から

          『現代思想 特集:性暴力=セクハラ』2018年7月号(46巻11号) 後藤弘子「性犯罪規定の改正が意味するもの」を読んで。 (今回の文章は批判というより、考えるためのもの。ゆえに主張よりも問いが多くなっている。) 有効な「同意」のために――「性交同意年齢」から 問題は同意能力(理解・判断能力)か、対等性(権力関係)か。 「性的同意年齢とは、性行為の同意能力があるとみなされる年齢の下限のこと。つまり、性行為がどのような行為かを理解し、自分が性行為をしたいかしたくないかを判断

          有効な「同意」のために――「性交同意年齢」から

          「障碍」の「治療」

          「反治療文化という概念に対するシンガーを引用した明確な反対表明、および借金玉のスタンスの表明。」https://twitter.com/i/moments/958999224128978945 上記におけるシンガーの引用をコピペ。(私は『実践の倫理』そのものは読んでいない。) 『私の議論は、障害を持ちつつも人生を最高度に生きたいと願う人々には、そのためのあらゆる可能な援助を与えるべきである、というものである。他方、反対意見は、これから生まれてくる子供について、障害のある人

          「障碍」の「治療」

          表現規制反対派からの応答

           ふわふわエッセイを批判してもあまり意味がないと思うのだが、労力を惜しんでスルーしておくのも良くないと思うので、ちゃんと言及しておくことにする。 「ボールクラッシャーと呼ばれて Vol.5 変態大国ジャパン」 『※この記事で小児性愛を「ロリペド」と表現しているのは、治療と向き合う「ペドフィリア」とはハッキリと区別したいからである。ネットや漫画でカジュアルに表現されるような小児性愛を指して「ロリペド」とする。また、「キモオタ」と表現しているのも、「オタク」とは区別したいから

          表現規制反対派からの応答