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佐渡島でイタリアに誘われた(はじめに)

佐渡島でイタリアに誘われた

イタリア旅行の発端は、二〇二三年七月中旬に訪れた佐渡島だった。
何度も訪れているお気に入りの島で、小木港前にある『珈琲豆焙煎 Kaffa』のカプチーノをのんびりと飲んでいたら、島に住む友人の田中藍ちゃんが、なかなか無茶な提案をしてきたのである。

「玉置さんさ、九月に一か月イタリア行かない?」

無理無理無理無理。反射的に素直な返事が口から出た。ベクトルが逆を向いたDIO(『ジョジョの奇妙な冒険』より)みたいで恐縮だが、いきなりイタリアと言われましても、である。九月ってもうすぐだし、そんな一か月も海外って普通の社会人は無理だろう。

「ほら、タケちゃんがイタリアのイベントでよく出稼ぎしているでしょ。ジャパニーズショーみたいないなやつ。それの手伝いで私もジョニー君(藍ちゃんの夫)と、つーちゃん(娘)の三人で行くんだけど、あと一人足りないんだって。仕事は週末だけだから、平日は取材とかしたらいいじゃん。飛行機とかホテルとか、全部タダだよ! タダ! タダでイタリア行けることなんてないよ!」

タケちゃんというのは東京から佐渡に移住した共通の知り合いで、伝統文化や佐渡島でイタリアに誘われた民俗学の現地調査などをしながら、パートナーのムトちゃんと山奥で古本屋をやったり、田んぼで米を育てたりしている人だ。島内をそよぐ風の噂で、最近はイタリアで餅つきをしているらしいと聞いてはいたが、まさかそのメンバーに誘われるとは。
一応自分のスケジュールを確認してみたところ、九月は急ぎの仕事も取材もイベントも一切なく、日程が決まっているのは取材済みの原稿が一本と、歯医者の定期健診だけだった。フリーライターにしてもフリーすぎる日々、行こうと思えば行けてしまう自分が怖い。
それにしてもイタリアか。これまで台湾やベトナムには観光で行ったことがあり、次の海外は南インドかタイあたりかなと漠然と思っていた。ヨーロッパはまったく頭になく、イタリアにいる自分がまるで想像できない。私がチャオとかグラッチェと照れずに言えるのだろうか。うん、やっぱり無理だ。

「飛行機の手配とかあるらしいから、返事は明日までね。とりあえずさ、今日タケちゃんの家で夕飯食べようよ」

その日の夜、イタリア土産だというパルミジャーノ・レッジャーノと赤ワインをいただきながら、一応タケちゃんから聞いた話によれば、イタリアでの仕事は『餅つきステージ』か『藁細工ステージ』の二択とのこと。餅か藁。
いくら話を聞いてもどんな仕事なのかは具体的によくわからなかったが、餅つきは踊りの披露があるらしい。ダンス系全般が絶望的に苦手な私がやるとしたら藁細工がいいだろうか。ちょうど昨年末にしめ飾り作りを習ってきたところなので、縄を綯なうことくらいはできる。
イタリアで藁細工のバイト、意味の分からなさに心が惹かれて、うっかり乗り気になってきてしまった。いや、ちょっとまて自分。
改めてタケちゃんにスケジュールを確認すると、九月頭にピザで有名なナポリに二週間、サッカーの中田選手が所属したチームがあることしか知らないペルージャに移動して二週間とのこと。ただ仕事があるのはイベントが開催される土日と、移動をした週の金曜のみ。よって実労働は十日間の週休四〜五日。そして日当は普通のバイトくらい。飛行機などの移動費、宿泊費、朝晩の食事、ホテル代はすべて無料。
仕事のない日は無給なので、単純にビジネスと考えれば日本で真面目に働いていたほうがお金になるけれど、週末仕事をするだけでイタリアにタダで行けると思えばすごく魅力的な話である。これは一種のリゾートバイトなのでは。イタリアという国は、当たり前だがイタリアンの本場である。私が知らないおいしいパスタやピザ、想像を超えたチーズに生ハムが食べられるかも。そういえば何年か前に『ナポリ風ジェノベーゼ』という謎のパスタを、ファミレスのサイゼリヤで食べたことがある。それが茶色いタマネギ味で、あれは本当にナポリにある料理なのか、ずっと気になっていたのだ。グラスに残っていた赤ワインをグッと飲み干して、思い切って答えを伝える。

「俺でよかったら、藁細工職人になります」
「へー、一か月行けちゃうんだ、すごいね。じゃあ佐渡にいる間に一回練習をしましょうか。あと今からチケットの手配をすると、玉置さんだけ別の飛行機になるから、ナポリのホテルまで一人で現地集合になるかもだけど、そういうのは大丈夫ですか」
「それは大丈夫じゃない気がするので、やっぱり明日まで考えさせてください」


そして結局、私はイタリア行きを決断し、タケちゃんから藁を使った束たわ子し の作り方を習い、練習用の藁とステージの台本を受け取り、フェリーで佐渡島を離れたのだった。
佐渡のみんなと次に会うのは、遥か彼方のイタリアだ。

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表紙および裏表紙

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