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2022 R&B総括対談 : Yacheemi × 林 剛

2020年代のR&Bを1年ごとに総括していこうと始めた対談も3回目。今回も、餓鬼レンジャーのタコ神様にしてダンサー/DJ、昨年からはエフエム戸塚(コミュニティFM)で番組パーソナリティも務めるYacheemi(ヤチーミ)さんとともに2022年のR&Bを振り返るトークをお届けします。


前年同様、事前に2022年R&Bベスト・ソング50曲のプレイリストを各自作成(2022年末に公開)し、それを見ながら話を進めていきます。今回は2023年1月3日にZoom対談を行いましたが、双方の都合でまとめ作業が大幅に遅れ、2023年を振り返る時期に2022年を振り返る対談を公開することになってしまいました…。これをやらないと2023年の総括ができないので、こんなタイミングですが公開します。2023年3月頃の感覚でお読みいただければ幸いです。(構成:林 剛

■2022年のR&Bシーンをざっくりと振り返る

林剛(以下H): 今年もよろしくお願いします。2022年R&Bの総括ですが…実はこの対談、2023年の1月3日に行いながら、僕の個人的な都合でまとめ作業に取りかかれず、気づけば2023年も終わりに差し掛かろうとしています…。そこで今回は、年明けに行った対談に加えて2023年前半の状況も少しだけ交えつつ、まとめることにしました。まあ、そもそもこの企画は前年の総括でありながら次年の展望も含めたものなので…。
Yacheemi(以下Y):僕も個人的な都合で作業が遅れてしまい、なんともう2023年もあとひと月で終わろうとしています…本当にすみません。時間軸がややこしくなるので、2023年の1〜3月までの情報にとどめて多少加筆をさせていただきます。
H:で、前年の対談を改めて読み直してみたのですが、それが2022年のシーンそのものだったという。別に予想屋じゃないですが、2021年の総括で話していたことが、そのまま2022年のシーンになった。女性シンガーの活躍、あと以前から「ベイビーフェイスは現行のR&Bシーンを陰で支えている重要人物」みたいなことを言っていたら、ベイビーフェイスが現行の女性アーティストを招いた新作『Girls Night Out』を出した。Dマイルも相変わらずの活躍ぶりでしたし、R&Bアーティストによるプログレッシヴなダンス・ミュージックの話をしていたらビヨンセの『Renaissance』が出たり…この対談にお墨付きを与えてくれたような作品が本当に多かった。前回の対談を改めて読んでみてくださいという(笑)
Y:そうなんですよね。シーンの流れは地続きで進行していることが証明された気がします。
H:年単位できっちりシーンの傾向が区切れるわけもなく、この5年ぐらい、エラ・メイやH.E.R.がブレイクし始めてからのムードが続いていて、それが大木となった感じでしょうか。プロデューサーに関しても、去年トロイ・テイラーの話をしていましたが、ロドニー・ジャーキンズやジャーメイン・デュプリも含めてベテラン勢が最前線に復帰している。
Y:去年の対談でも名前を挙げた人たちが、さらに活躍していた印象ですね。
H : マニー・ロングも、「彼女の活躍に注目をしたい」みたいなことを言っていたら、「Hrs & Hrs」が2022年のR&Bを代表する一曲になった。グラミー賞でも「最優秀R&Bパフォーマンス」にノミネートされて、見事受賞もしました。新人じゃないのに「新人賞」にもノミネートされたり。Yacheemiさん、リリースされた直後から激推しでしたよね。

Y:まさか、あそこまで売れるとは。もうちょっと声高に言っとけばよかったです(笑)
H: まあ、お互いR&Bの新曲やアルバムに関しては常に目を光らせているので(笑)、シーンの流れも予想できるというか。で、今回も前年同様、2022年のベストR&Bソングをそれぞれ50曲選んで、プレイリスト(以下「ベスト50」)にしてみました。

Y:同じアルバムでも違う曲を選んでいたりしますよね。今回はシングル・カットの縛りがないのでどうなるかと思ったのですが、選んでいるラインは近いと感じましたね。
H:例えばビヨンセの「Plastic Off The Sofa」、アンバー・マークの「Most Men」、ベイビーフェイスの「Keep On Fallin’」、あとラッキー・デイも、ふたりとも「Cherry Forest」を選んでいる。
Y:アリン・レイの「The Mood」、K.ミッシェルの「Scooch」、デスティン・コンラッドとキアナ・レデイの「Unpredictable」も…かなりダブってますね。で、林さんのプレイリストを見ると、同じアーティストで自分が入れようか迷った曲が入っていたりとか。
H:自分も同じです。メアリー・J.ブライジ(MJB)は『Good Morning Gorgeous』のデラックス版からマニーバック・ヨーとの「Tough Love」を選びましたが、Yacheemiさんが選んだ「Love Without The Heartbreak」と迷ってたんです。で、2022年のR&Bシーンを俯瞰すると、90年代後半から2000年代前半の、いわゆるY2K時代への回帰みたいなこと、それに伴うベテランの復帰が良い形でR&Bに新風を吹き込んでいる印象です。
Y:やっぱりベテランの実力を凄く感じた。今回ベスト50の1曲目にDVSNの「What’s Up」を持ってきたのは、そういう理由もあって。プロデュースがジャーメイン・デュプリですから。
H:しかもジャギド・エッジとの共演。実は僕も最初選んでいたのですが、迷った挙句「Bring It」を選びました。
Y:僕もギリギリまで迷っていました。「What’s Up」はMVの効果もありましたね。やっぱりR&Bシンガーは雨に打たれながらシャウトしてナンボだっていう(笑)。DVSNはそういったビジュアル面も含めて、狙いが定まっていた。その前に出した「If I Get Caught」は浮気がテーマのリリックで物議を醸したんですが、ストーリーテリングの手法はもう完全にR.ケリー。

H:そうですね。R.ケリーがシーンから消えて、犯した罪に関しては絶対に擁護できないとしても、ケリーの音楽そのものに限ったリスペクトやオマージュって年々強まっている気がする。ケリーと懇意だったアイズレー・ブラザーズのアルバム『Make Me Say It Again,Girl』も出ましたけど、そこにも入った2021年のシングル「Friends & Family」も、あれ、クレジット隠してますけどケリーの曲なんですよね。去年も話しましたけど、あのステッパーズ調は完全にケリーのマナーだし、自分で吹き込んだヴァージョンが実際にYouTubeにもアップされている。それも含めてR.ケリーを感じさせる曲が本当に多い。そういう空気感も含めてのY2Kオマージュっていうのは、懐古的でもあるけれど、今のR&Bを聴く上では避けられないテーマすね。UKのフロー(FLO)がストレートにY2Kを体現しているように。
Y:そうですね。フローは2023年3月下旬にミッシー・エリオットの「Work It」をサンプリングして本人を招いた「Fly Girl」も発表しました。

H : とにかく、2022年のR&Bは本当に充実していました。アンバー・マークの『Three Dimensions Deep』とか、年の前半から傑作が揃った感じだから、ベスト・アルバムとか選びにくいだろうなというか、半年でもベスト20が選べるくらい充実していた。
Y:ザ・ウィークエンドのアルバム『Dawn FM』も年明けすぐのリリースでしたよね。
H:良い意味でシルク・ソニックの狂騒を掻き消すかのように優れた作品が多くリリースされました。年末にはSZAが5年ぶりのアルバム『SOS』を出して、2023年3月上旬の段階でも大ヒットしています。これらを踏まえて、もう少し突っ込んだ話をしていきましょうか。

■女性アーティストの活躍とベイビーフェイスの新作

H:今に始まったわけではないですが、女性アーティストの活躍は目を見張るものがありました。近年は性の解放やメンタルヘルスを謳った作品、つまり自分のことを赤裸々に語る作品が多いですが、そうしたムードをわかりやすく切り取って見せてくれたのがベイビーフェイスの新作『Girls Night Out』。“女子会“という名の通り、今活躍中の女性シンガーたちを招いたコラボ作。ある意味これは2022年を代表するR&Bアルバムなんじゃないかと思っています。
Y:人選も含めて完璧でしたね。

H:テヴィン・キャンベルの「Can We Talk」を換骨奪胎したエラ・メイとの先行シングル「Keeps On Fallin’」が出た時はシンプルにデュエット・アルバムなのかなって思ってたんですけど、蓋を開けてみるとベイビーフェイス本人は1歩下がって女性アーティストたちを紹介するホスト役になっていて。もちろん本人も歌うけど、女性たちが集うバーのマスター、つまり聞き役、恋の指南役として声を挿むといった感じなんですよね。「Keeps On Fallin’」のジャケットも、そのことを伝えていましたよね。

Babyface & Ella Mai - Keeps On Fallin'

Y : あくまでもコンセプト通りの立ち回りに徹しているという。
H:今回は、新パートナーのリカ・ティッシェンドルフさん、フェイスより30歳近く年下のドイツ人女性で、僕、“モデル“と言っていましたけど、元プロのポールダンサーですね。その彼女がコ・プロデューサーとしてコンセプトもタイトルも考えたそうなのですが、それも含めてフェイスという存在の大きさですよ。前回のアルバム『The Return Of The Tender Lover』が2015年。 それから7年間のR&Bの動きをフェイスは見ていたんですよね。
Y:まさしく。あと今回参加しているアーティストの多くは自分たちで曲も書ける人なんですよね。彼女たちのソングライティングのスタイルも尊重しつつ作ったというのが、曲を聴いていて感じられました。
H:「昔のベイビーフェイスみたいじゃなくて残念」とか「本人の主役感がない」といった声も聞こえてきましたが、あえて脇役に回ったアルバムなので。「トラップ以降の曲調なんか似合わない」という声もありましたが、言うほど新しいことやってるわけでもないし、それどころかフェイス節が炸裂した、もの凄くオールドスクールな作品なんです。
Y:サウンドは現代的でも、R&Bらしいメロディラインが中心に置かれていますよね。
H:そう。ベスト50にも入れたティアナ・メイジャー9との「Say Less」なんかは昔のトニ・ブラクストンが歌っていてもおかしくないような曲だし。2001年にネプチューンズらが関わった『Face2Face』を出した時にも似たような反応がありましたが、フェイスって普遍的なメロディを作りながら常に時代の先端にいたい人でもあって、今何が起きているかチェックし続けてきたんですよね。それこそ2000年前後、ジル・スコットとかフロエトリーが出てきた〈Black Lily〉というフィラデルフィア(とNY)のオープンマイク・イヴェントがあって、フェイスはフィリーのFive Spotというクラブまで足を運んでいたらしくて。そのオープンマイクも女性優先のイベントでした。遡ればキャリン・ホワイトの「Superwoman」(88年)、そしてトニ・ブラクストンに提供した曲など、女性の気持ちを汲み取って書くのが上手い人で。映画『ため息つかせて』(95年)のサントラが女性アーティストたちが歌うフェイスの曲で固められたのもそういうことですよね。2010年代以降もアリアナ・グランデのブレイクに貢献していたり…。だから今回の『Girls Night Out』は出るべくして出たというか、新恋人のアイディアとはいえ、これほど筋の通ったアルバムもない。
Y:これが90年代から活躍しているような女性アーティストたちが中心だったら、また別の魅力になってしまう。このメンバーだからこそ意味があるんですよね。それこそ、この対談でも名前が上がってきたような人たちばかり。
H:エラ・メイ、アリ・レノックス、ケラーニ、セヴン・ストリーター、ティアナ・メジャー9、マニー・ロング…ここ数年、この対談で話題にしてきた女性アーティストがほとんど入っている。
Y:ティンク、クイーン・ナイジャも。「女性シンガーの勢いが凄い」と言い続けてましたが、やっぱりそうだったんだっていう。
H:ディズニー・チャンネル出身で、再スタートを切ったココ・ジョーンズも。「ICU」はふたりともベスト50に選んでいますが、Yacheemiさんはココ・ジョーンズもマニー・ロングも推してましたよね。

Y: 楽曲単位で2022年に繰り返し聴いた回数でいうと「ICU」と「Hrs & Hrs」が断トツですね。推しの2人がベイビーフェイスのアルバムに参加していて嬉しい限りです。
H:活躍しているけど、まだまだ知名度は低いベイビーテイト(ディオンヌ・ファリスの娘)とか、映画『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』のプロローグ・サントラに参加していたアマーレイのようなアフリカ出身の女性も招いていたりとか。
Y: ジンバブエにルーツを持っているオーストラリアのラッパー、ティーケイ・マイザも居たりと幅広いですね(※アマーレイもティーケイ・マイザも2023年にアルバムを発表)。
H : 12月に出たSZAのアルバム『SOS』に、フェイスの『Girls Night Out』とほぼ同じ布陣で制作された「Snooze」が入っていたのも興味深かったですね。ベイビーフェイスと、ザ・ラスカルズのクリス・リィディック・タインズとレオン・トーマス3世たち。それから察するに、SZAの曲も『Girls Night Out』のセッションで録られたんじゃないかと(※「GQ」のロング・インタヴューでその通りであったことが判明)。フェイスのアルバムにはTDE(Top Dawg Entertaiment)のドーチィも参加してましたし。

Y:通し聴きしていてイントロの瞬間から耳に引っかかったのが「Snooze」で、クレジットを見たらベイビーフェイスでした。

H : SZAにもシルク・ソニックにもラッキー・デイにも関わっているフェイス。話題作の陰にフェイスありですよ。
Y : 1度も過去の人になっていないことが証明されたんじゃないでしょうか。
H:本当に常にアンテナを張っている。女性をシンガーだけで固めたアルバムっていう構想は2021年にラッキー・デイが出したEP『Table For Two』もそうだし、2022年に出た『Femme It Forward』もウーマン・エンパワーメントを謳ったコンピレーションだった。ジョン・レジェンドの最新アルバム『Legend』も女性ゲストを多数招いたアルバムだったし、そういう流れもあるのかもしれない。最近の女性シンガーの傾向として、ゴスペル由来の濃厚な歌い口のシンガーが少なかったですが、近年再びそうしたシンガーが復権してきた印象もあります。
Y:歌声ひとつで唸らせる、のど自慢たち。そういう意味でも、近年ジャズミン・サリヴァンの存在感って凄く際立っている気がします。ココ・ジョーンズやティアナ・メジャー9なんかは声質も含めて彼女の系譜とも言えるし。ベスト50にも選出したジャズミンの「Hurt Me So Good」はアレサ節も全開の傑作でした。
H:その流れでいくとK.ミシェルも。「Scooch」がそういう教会ルーツを感じさせる曲ですよね。プロデュースがリル・ロニー。

Y:DJの間でも人気の曲でした。彼女のボーカルは聴いていてスカッとしますよね。R&B好きのリスナー以外には全く引っ掛からなそうですが…(笑)
H : 教会といえば、ビヨンセの新作にも「Church Girl」という曲がありましたが、彼女は歌い上げない人が多くなっていく中でチャーチな歌い方で通してきた人。ビヨンセの今回のアルバムで改めて思ったのですが、ああいう歌唱ってダンス・ミュージックの世界で“ディーヴァ“として慕われますよね。メインストリームのシーンに、こういうタイプの新しいアイコンがもっと出てきたらとは思う。
Y:近しいところで言うとリゾもそういう人ですよね。
H : まさに。マニー・ロングは90年代っぽい濃厚なフィーリングを漂わせた歌い方をする人で、ジャズミン・サリヴァンと同世代(80年代後半生まれ)。世代で区切るのもナンセンスですが、そこらへんは90年代以降の生まれと少し感覚が違うのかもしれない。

■2022年のR&Bを象徴するマニー・ロングの「Hrs & Hrs」

H:マニー・ロングの話をしましょうか。2021年の後半、Yacheemiさんも僕もマニー・ロングのEP『Public Displays Of Affection』をリリースされたタイミングでプッシュしていて。僕はアン・マリーとの「No R&B」を聴いて一気に引き込まれた。一方、Yacheemiさんは「Hrs & Hrs」が凄いと言い出して。彼女がマニー・ロングという名前を使い出したのって2019年頃からだと思うんですけど、読み方がまだはっきりしてなくて、それまでムニ・ロングとかマニ・ロングと言った表記でごまかしていたけど。プリシラ・レネイと同一人物であることも含めて、日本では彼女の存在もほとんど知られていなくて。正直、個人的にはそれほどブレイクするとは思っていなかった。それがあのEP、特に「Hrs & Hrs」で大人気に。

Y:2021年に出したEP『Nobody Knows』の楽曲が軒並み良くて、今回はきちんと先行のシングルから追いかけていたんですよね。リリース日にすぐ聴いて、思わず一度途中で巻き戻したのが「Hrs & Hrs」だった。個人的にはここ数年で一番ハマっているアーティストです。
H:別に早く目をつけたから偉いわけでもないけど、マニー・ロングについて日本でここまで熱く語ったのは前年の本対談が初めてじゃないでしょうか?
Y:記録として残しておいてよかったです(笑)
H:彼女は第65回グラミー賞で「新人賞」にもノミネートされましたが、プリシラ・レネイの頃からだとキャリア10年以上あるわけで“新人“じゃないだろうっていう(笑)。でも“新人”としてカウントされるほど衝撃だったってことですよね。僕はベスト50に、2021年リリースの「Hrs & Hrs」を2022年の代表曲としてシレッと入れちゃいましたけど、まあ、異論はないですよね。流行ったのは2022年ですから。前年のEPに収録された曲が翌年に大ブレイクしたという意味ではエラ・メイの「Boo’d Up」と同じパターン。今年に入ってスペイン語ヴァージョン「Horas y Horas」やアッシャーを招いたリミックスという名のデュエット・ヴァージョンまで出た。

Y:これからも年月が経っても愛される楽曲であることは間違いないでしょうね。
H:曲としてはスロウ・ジャムというか、何時間でも、何時間でも…というやつで、「Hrs & Hrs」って“Her & Her”と連想させて同性カップルの恋愛も意味しているんですよね。ヒットのきっかけはSNS。
Y:そうですね。もともとはカップルの動画を曲に合わせて載せるTikTokのブームだったんですけど、そこから歌唱チャレンジになって本人も熱心にプロモーションし始めたんです。それがみるみるうちに普及して、著名なアーティストが歌うようになった。オーガスト・アルシーナが客演したリミックスも出たあたりから止められないぐらいのブームになった。そんな〈Hrs & Hrsチャレンジ〉からマニー・ロング本人が2名のシンガー、アレクシア・ジェイとマーリー・ブルーを選出して、ジミー・ファロンの〈The Tonight Show〉で一緒にテレビ・パフォーマンスをする所まで着地させた。

H:よくそういうとこまで持っていったし、2022年の11月頃、シカゴのWGCI局が主催した〈Big Jam〉というイベントがあって、そこに出て歌ったら大合唱になってて、本人も「え、これマジ?」みたいな感じで。その後、Soul Train Awardsにも出演しましたね。
Y:Soul Train Awardsで歌った「Plot Twist」はベスト50にも入れましたが、ステージングではタイラー・ペリーの劇とR.ケリーの「Trapped In the Closet」の世界を掛け合わせたオマージュになっているんですよね。もともとがソングライターなので、そういうストーリーテリングの世界を復権させようとしている気もします。

H:Soul Train Awardsでは「Hrs & Hrs」きっかけで〈アシュフォード&シンプソン・ソングライター賞〉を受賞したくらいですしね。今までソングライターとして名を上げてきた彼女だけに、この受賞は完璧な筋運びというか。エラ・メイも自分で曲を書くけど、マニー・ロングはキャリアもあるし、作家としての才能に溢れている。
Y:僕は彼女と同じ88年生まれなので、聴いてきた音楽に近いものを勝手に感じています。
H:そんな彼女をベイビーフェイスが自身の新作で招くという。客演に関してはジョン・レジェンドとの「Honey」、アフロジャックとの「Day N Night」、エリック・ベリンジャーとの「Obsession(Remix)」、クレイグ・デイヴィッドとの「Obvious」、そしてタイ・ダラー・サインと同席したOGパーカーとの「Still Work」など、月一曲くらいのペースでマニー・ロングをフィーチャーした新曲が出ている。
Y:業界歴も長いから、仕事量が増えても太刀打ちできるんでしょうね。
H:ただ、本人のストーリーテラーとしての凄さは誰もが認めるところですが、「Hrs & Hrs」はプロデューサーに関する言及が少ないですよね。プロデューサーとしてクレジットされているのはディラン・グラハムとラルフ・ティラー。実はこれ、彼らが作ったサウンドパック(サンプルパック)のトラックをマニー・ロング側が購入して作ったらしいんですよね。Varietyの記事にディラン・グラハムのインタヴューが載っているのですが、サマー・ウォーカーの「Toxic」も彼のビートがプロデューサーに買われてプロデューサーとしてクレジットされたという。近年はソングライターとして複数の名前がクレジット(コ・ライト)されているけど、プロデューサーも連名になっていて、こういうパターンが多い。トラックは本当にシンプルというか。

Y:誰でも作れる、って言ったらアレですけどね…もともとマニー・ロングがYouTubeでタイプビートを探していて、鼻歌で歌ったものが「Hrs & Hrs」になったそうです。そのタイプビートの名前が「Hours」だったことにタイトルも由来している。
H:本格リリースの前に鼻歌で歌った段階で注目され、それが評判を呼んで本格的に録音したと。ともあれ、プロデューサーのふたりが昔からマニー・ロングと知り合いで…みたいな感じではなかったわけですよね。
Y:おそらくそうだと思います。こういう曲の成り立ちも凄く今っぽいですね。
H:サウンドパックは今に始まったことではないけど、そうやって出来た曲が2022年最も愛されたと言っていいR&Bソングになったのは面白い。R&Bのトップ・プロデューサー・ランキングというのが定期的にあって、一時期、1位がDマイルで、2位がディラン・グラハム、3位がラルフ・ティラー、つまり2位と3位は「Hrs & Hrs」のふたりで、これは確実に「Hrs & Hrs」のおかげだという。
Y:TikTokだと切り取られた箇所しか人気にならないパターンもありますけど、この曲はまるまる1曲愛された。
H:ただ、ディラン・グラハムやラルフ・ティラーのトラック以上に「Hrs & Hrs」を名曲たらしめたのはクーク・ハレルによるヴォーカル・プロダクションだと思っています。クークはヴェテランで、昔からレイニー・スチュアート、その兄弟であるトッリキー・スチュワートと一緒に仕事をしてきた人です。トリッキーとザ・ドリームが絡む仕事には顔を出していて、リアーナの「Umbrella」もそうだし、アルバムだと『Anti』もクークの貢献が大きい。マニー・ロングのレコーディングもクレジットからクークが仕切ってる感じが見えたので、あの曲の陰の立役者って実はクークだと思っています。ソングライターとしても名前を連ねていますし。
Y:なるほど、それは知りませんでした!その上で、全体のクリエイティブ・コントロールは彼女自身が舵取りしていると。
H: 自分のレーベル(Supergiant)もやってますしね。今はデフ・ジャムが配給していますが。それで思い出したのが、R&B Moneyというレーベルをやっているタンク。タンクのYouTubeでマニー・ロングとの対談企画、その名も〈R&B Muni〉なんてのもやってましたが。

Y:あのエピソードは全部聴きました。喉の調子を崩してから歌い方が変わったとも言っていましたね。これからもR&Bの王道をひた走ってほしい存在です。 

■メアリー・J.ブライジの新作が伝えるもの

H:MJBのアルバム『Good Morning Gorgeous』は2022年屈指のR&B作品ですよね。受賞は逃しましたが、グラミー賞で「最優秀R&Bアルバム」にもノミネートされました。
Y:これも今年の大きなトピックでしたね。

H:MJBとビヨンセは年齢的にもキャリア的にもベテランですが、このふたりが若い世代と並んで評価されているのは嬉しい。MJBはスーパーボウル出演が追い風になった感じもあるけど、単純にアルバムの出来が素晴らしかった。アンダーソン・パークを迎えた90sレミニスというか、『My Life』(94年)のムードを新しい形で再現している一方で、DマイルやH.E.R.が関わったり、ファイヴィオ・フォーリンを迎えてドリル・ミュージックをやったり、過去と現在が破綻なく同居している。
Y:誰を迎え入れてもブレないメアリー節があるから、サウンドの新旧に左右されない。
H:自分のベスト50には「Tough Love」を入れましたけど、アンダーソン・パークたちが手掛けた「Love Without The Heartbreak」とか、たまらないですよね。
Y:自分も迷った挙句に後者を選びました。以前で言うとローリン・ヒルが関わった「All That I Can Say」みたいな、暖かみのあるメアリーも良いんですよね。
H:「Need Love」ではアッシャーと共演していて、Y2K回帰的な側面も今回の魅力のひとつですね。
Y:そうですね。ここ数年は若い世代の思い描くレイト90sからアーリー00s回帰という感じが強かった気がするのですが、当時を実際にトップで走っていたベテランのアーティストたちもコネクトしてきたように思います。
H:一方で、ファイヴィオ・フォーリンを迎えたドリルR&B「On Top」がある。ここらへんはヒップホップ・ソウルのMJBらしいというか、常にその時代のヒップホップとコネクトしていて、筋を通しているなと。いわば2022年版のヒップホップ・ソウル。若手ならニージャのアルバム『Don’t Say I Didn’t Warn You』がドリルR&Bでしたけど、そこらへんの感覚もMJBの新作には反映されている。
Y:その「On Top」を手がけたクール&ドレや、近年活躍が目覚ましいボンゴ・バイザウェイらが理想的な形でストリート臭を注入している。現在のメアリーのボーカルレンジを考えると、ドリル的なサウンドは案外ハマりやすいのかもしれません。
H:タイトル曲の「Good Morning Gorgeous」をDマイルと一緒に手掛けたのがH.E.R.というのも面白いですよね。ソングライティングにラッキー・デイやティアラ・トーマスが名を連ねていて、これ、H.E.R.のグラミー&アカデミー賞受賞曲チームですけど。
Y: そしてこの楽曲でも2022年のグラミー賞にノミネートされました。自己愛を唄ったリリックに今までのド根性論メアリーとも違った優しい強さがあって、H.E.R.の手腕を感じます。
H: Dマイルに関しては、駆け出しだった頃、2005年の『Breakthrough』からMJBの曲に関わっていたわけで、それが今やトップ・プロデューサーになってMJBを手助けするという。
Y:ちなみに新作のツアーに同行しているのは、エラ・メイとクイーン・ナイジャ。このふたりを選んだのもMJBらしいなと。いわゆる王道のR&Bを継承するという意味でも、シンパシーを感じる若い世代のシンガーに背中を見せてる気がします。

‘Good Morning Gorgeous’ Tour With Special Guests Ella Mai And Queen Naija

H:そう思うとH.E.R.はエラ・メイやクイーン・ナイジャと少し違いますね。2022年のH.E.R.はノーウォーリーズ(アンダーソン・パーク×ノレッジ)のシングル「Where I Go」に参加していましたが、ディズニー・アニメ『美女と野獣』の30周年記念版でベル役を務めたりして、シンガーとしてはそれほど目立つ活動はなかった。もともと一匹狼的なところもあったりする人で。
Y:H.E.R.は、より大きなシーンを担う存在に変わってきたのかもしれませんね。

H:確かに。で、MJBといえば、自分のレーベル=Beautiful Lifeを設立して、ボーイズIIメンのウォンヤ・モリスの息子たちからなるワンモー(WanMor)を第1号アーティストに迎えたんですよね。
Y:今まで後進を育てるというイメージがなかったので新鮮な展開です。

H:ベイビーフェイスじゃないですけど、後進をバックアップする役回りになったということでしょうね。ワンモーはシングル「Every Pretty Girl In The City」のリミックスにパフ・ダディの息子キング・コームズをフィーチャーしているのも面白かった。MJBが昔パフ・ダディと曲を作っていたことを思うと感慨深いですね。そのパフ・ダディといえば、R&Bを扱うラヴ・レコーズを立ち上げた。R&Bを盛り上げたい気持ちが先走ってか、「誰がR&Bを殺した?」などとSNSで発言して物議を醸していましたが。
Y:なんか実にディディらしい騒ぎ立て方だなと。ブライソン・ティラーを迎えた「Gotta Move On」もいい曲だけど、前フリほどの曲とは思いませんでした(笑)。でも彼のことなので、大きなプロジェクトを見据えてのことだと思います(※2023年にリーダー・アルバム『The Love Album : Off The Grid』を発表)
H:パーティネクストドアとの「Sex In The Porsche」も、いい曲なんだけど…。ちなみに第一号アーティストはジョジー。MJBの曲も書いてきた人で、2022年にラヴ・レコーズからシングルを出して、2023年には初EP『Songs For Woman,Free Game For *****s』もリリースされたけど、あまり騒がれていない。タイトルがキワドイやつばっかりなんですが…

Y:ジョジー、いいですよね。LGBTコミュニティに根差した自由な作風も含めて、もっと推されて良い才能です。歌い口はかつてディディが手掛けていたトータルのパムにも近い。
H:いずれにしても、パフ・ダディがそうしたR&B専門のレーベルを作るってことはR&Bというジャンルに注目が集まっている証拠でもある。以前マスタードは10サマーズからエラ・メイを送り出した時に「R&Bを盛り上げたい」と言っていたけど、今やJ・コールのドリームヴィルはアリ・レノックス、LVRNはサマー・ウォーカーが看板だったりと、R&Bアーティストの勢いが凄い。
Y:LVRNはアレックス・ヴォーンも抱えていますね。
H:ですね。あと、ロック・ネイションも地味に強力。メイタとか、個人的にプッシュし続けているアンブレ。H.E.R.などに曲を書いてきた人ですね。
Y:大きいところで言うとデフ・ジャム。マニー・ロングやココ・ジョーンズもそうですが、昨年にイッサ・レイが手掛けた人気TVシリーズ『Insecure』に楽曲が取り上げられて注目された、ミケイラ・ジェネイのアルバム『The Missing Peace』が凄く良かった。歌い口が90年代っぽくて、僕がベスト50に入れた「When Bridges Burn」にはブライアン・アレキサンダー・モーガンが制作に関わっています。

H: 現行R&Bにおけるベテラン・プロデューサーの仕事は本当に目立ちますね。

■プロデューサーも含めたY2K回帰

H: 90年代後半から2000年代前半への郷愁、巷ではY2K回帰みたいな呼び方をされていて、便利だから僕も使っていますが、そうしたR&B的な気分が戻ってきたと言うか、新しい解釈であの時代の空気感を甦らせる動きが出てきています。去年来日したジョイス・ライスもそんな人で、ライヴでもファッション、ダンスともに20年前のシアラとかエイメリーを意識している感じがする。ティードラ・モーゼスの曲を歌うあたりも含めて。
Y:そういう意味では、UKのガールズ・グループのフローはグループのコンセプトもほぼデスチャ(デスティニーズ・チャイルド)だし、完全に狙っていますね。

H :フローに関しては年明けに記事を書いたので、そちらをご覧いただければと思うのですが、本当にヴィジュアルも含めて90年代後半から2000年代前半のガール・グループを意識している。デスチャもそうだし、SWVやTLC、3LW、702、UKだったらエターナルやクレオパトラ、デンマークのジュースとか。ミスティークも近いか。ジョイス・ライスのグループ版じゃないですけど。
Y:まさにそうですよね。
H:2022年の新人として本国UKを中心にかなり注目を集めています。サマーソニックで来日もするので、これからさらに話題になりそうです。
Y:楽曲もビジュアルも親しみやすいし人気出そうです。
H:出世曲の「Cardboard Box」はキャッチーでした。かつてシェイクスピアとかロドニー・ジャーキンズが手掛けていたデスチャやTLCの曲を思わせますよね。で、今年リリース予定(※2024年に延期)というアルバムにはロドニー・ジャーキンズが関わっているらしくて、我が意を得たりというか。それにしても近年のロドニー・ジャーキンス、あとジャーメン・ディプリ、ネプチューンズ、フィリーのアイヴァン・バリアスのようなベテラン・プロデューサーの活躍が目立ちます。

Y:ロドニーはサンプリングのクレジットを通して間接的に名前を見ることも多いです。ティンクがマニー・ロングと共演した「Mine」はブランディ&モニカの「The Boy Is Mine」をベースにしていましたし、2022年大ヒットしたバーナ・ボーイの「Last Last」はトニ・ブラクストンの「He Wasn’t Man Enough」のトラックそのままでした。

H:ロドニーの名前は本当によく見る。ただ、今ロドニーが手掛けている曲は、2000年前後の、いわゆるダークチャイルド・サウンドじゃなくて、アトモスフェリックな雰囲気だったり、少しネオ・ソウル風だったりもする。
Y:今回、自分はベスト50にロドニーがプロデュースした曲を3曲も選びました。SZAの「Shirt」、シドの「Control」、アレックス・ヴォーンの「So Be It」。どれも、これまで思い描いていたロドニーの音とは違うんですよね。現行のサウンド・プロダクションに、刺激を大きく受けている感じがします。
H:シドの「Control」はアリーヤへのオマージュみたいな曲ですよね。ロドニーがティンバランドを模したような。
Y:リズム・パターンが「One In A Million」ですよね。最初聴いた時はロドニーだと思いませんでした。

H:昔ならジャム&ルイス、今ならDマイルのように、換骨奪胎系のサウンドが増えてきたロドニー。そのロドニーのダークチャイルドで修行していたDマイルについては2年連続でさんざん話してきましたけど、“Dマイル・サウンド”みたいなのはなくて、シルク・ソニックに代表されるようにオールドスクールなテイストを現代に提示するのが凄く巧い。2022年だと、ベイビーフェイスとのエラ・メイの「Keeps On Fallin‘」でテヴィン・キャンベルの「Can We Talk」、ホイットニー・ヒューストンの伝記映画のサントラでラッキーデイが歌った「Honest」でホイットニー(feat.フェイス・エヴァンス&ケリー・プライス)の「Heartbreak Hotel」を換骨奪胎していて、90s R&Bへのオマージュみたいなことをやっていた。そういう空気を彼が作ったことで、ロドニーのようなベテランが活躍しやすくなったこともあるかもしれない。
Y:納得です。あとはトロイ・テイラーの活躍も目立ちました。
H:トロイ・テイラーの名前は本当によく見る…〈Troy Taylor you the goat〉というプロデューサー・タグを何度聴いたかわからない。ちょうどこの前、ユニバーサルの再発〈Throwback〉シリーズでトゥデイのセカンド『The New Formula』(90年)のライナーノーツを書いていて久々にクレジット見ていたのですが、まだキャラクターズを名乗る前のトロイがニュー・ジャック・スウィングを作っていて、それから30年後も第一線でR&Bを作っていることに感激しました。トロイはベスト50に選んだフェイボの「Before I Let Her Go」も手掛けている。あと、シドの『Broken Hearts Club』ではロドニーとトロイが参加してましたね。

Y:シドは一見王道のR&Bから離れたポジショニングに見えるだけに、嬉しい繋がりでした。
H:ジャーメイン・デュプリはDVSNにもアリ・レノックスにも関わっていて、本当にY2Kというか。アルバム単位ではアリ・レノックスの『age/sex/location』が、まさにそれをテーマにしていましたよね。タイトルが“年齢/性別/場所”で、つまり出会い系の2ショット・チャットルーム。それで女性の性の解放や尊厳を謳っているわけですが、これはエリカ・バドゥ風の歌い方も含めたネオ・ソウル・マナーもY2Kだし、先行シングル「Pressure」もジャーメイン・デュプリとブライアン・マイケル・コックスのプロデュースで、まさにあの時代。アリ・レノックスは、ずっと一緒にやっているエリートっていうプロデューサーが頑張っていますけど。

Y:アリのアルバムはネオ・ソウル・マナーを経由して、それらが影響を受けた70年代ソウルまで一本の線で繋いでくれる、まさに現代版レディ・ソウルの名盤だと思います。林さんも僕もベスト50に選出した「Waste My Time」も最高です。
H:ケラーニのアルバム『Blue Water Road』も良かった。ケラーニはトラップ・ソウルの先駆けっぽい印象でしたが、今回の新作でちょっと路線変更しましたね。
Y:ヒップホップ・ソウル路線もありましたよね。
H:ジャスティン・ビーバーとの「Up At Night」。

Y:スリック・リックの「Children Story」を使った「Wish I Never」もクラブ人気が高かったです。
H:ここらへんはポップ・ワンゼルの仕事ですね。彼の仕事も手堅い。今はプロデューサーで聴くような時代じゃないとも言われますけど、プロデューサーで聴いていた時代のプロデューサーが戻ってきているし、ポップ・ワンゼルにしてもDマイルにしても新鋭ではないけど、中堅どころの活躍が本当に目立ちます。
Y: その意味ではココ・ジョーンズの「ICU」を手掛けた(DJ)キャンパー。
H:キャンパーは最近、抑制の効いたチルなムードの曲を手掛けることが多いですね。ユナやジェネヴィーヴの曲もそうだった。
Y:キャンパーといえばお馴染みのプロデューサー・タグも〈Welcome To The Camp〉や〈It’s The Camp〉とか、いろんなパターンが増えましたね。アリン・レイのアルバム『Hello Poison』で気がつきましたが。

H:以前は〈Hey,DJ~!〉でしたよね。名義からDJをとってキャンパーになったので、それで変えたのかな? 曲の頭でプロデューサーが自分の名前をセルフ・シャウトアウトしたりするプロデューサー・タグに関しては去年も少し話しましたけど、意識して聴いていると面白いですね。さっき話したトロイ・テイラーの〈Troy Taylor you the goat〉もそうだし、H・マニーの〈H Money~!〉、あと、とにかくよく聞くヒットメイカの「ヒメッ!」。振り返れば、コーナ・ボーイズとか、クワメの「音の科学者」とかもそうですが。
Y: イントロでプロデューサーが誰か分かるのは助かりますね(笑)
H:Dマイルも2種類ぐらいあって、遠吠えにエコーを効かせたような〈Ahhh~〉というのと、NYの地下鉄でドアを閉める時に〈Stand clear of the closing doors please〉っていうのがありますが、あれをダウナーにしたような男声のアナウンスで〈Please,allow me to show you something〉というやつ。後者は「聴いてくれたら嬉しいな」「では、お聴きいただきましょう!」みたいなニュアンスだと思うのですが、これ、Geniusとかで歌詞の一部にされていることも多いですね(笑)。インディア・ショーンの「Movin’ On」とか。実はDマイルのタグなんですよ。
Y:それは知りませんでした。

H:なんか低姿勢なのがDマイルらしいですよね。曲によって入れたり入れなかったりして基準がよくわからないのですが。
Y:それこそ昔のロドニー・ジャーキンスも楽曲によって言い方が変わってましたね。
H:Dマイルもそれを受け継いでいたりして(笑)
Y:エイコンも刑務所の鉄扉を閉める音で、これを聴くとコンヴィクトの作品だってわかる。
H:昔はビートやウワモノの感じで、これはジャム&ルイス、これはテディ・ライリーだと判別がついたんですが、今は曲の頭で自分で名前を名乗っちゃうみたいな。
Y: ヒップホップ的なプロモーション・アプローチなんだと思います。ダンスホールの世界でも通じるものはあるかな。
H:確かにそれはそうかも。あと、近年良質なR&Bを作るプロデューサーとしては、やっぱりギッティことジェフ・ギテルマン。
Y:ギッティも活躍してますね。サブリナ・クラウディオの『Based On A Feeling』に提供した曲も良かったですし、マニー・ロングの「Word」やケイトラナダ×アンダーソン・パークのコラボ・シングル「Twin Flame」も。

H:ニア・サルタナの『Bigger Dreams』にもギッティが絡んでましたね。あと、ザ・ウィークエンドの『Dawn FM』にクインシー・ジョーンズのモノローグがありましたけど、あれもギッティが手掛けているんですよね。
Y:作風の幅広さといいクオリティといい、Dマイルやキャンパーらと並ぶトップR&Bプロデューサーの位置を確立していますね。
H:で、クインシーで思い出しましたが、以前「クインシー・ジョーンズを目指してる」と言っていたエリック・ハドソンも、相変わらず“ザ・R&B“的な仕事が多い。アイズレー・ブラザーズの新作もそうだし、キャッシュ・ペイジやアント・クレモンズにも関わっていて、R&B好きのツボをつく曲を作っている。
Y:MJBの新作やココ・ジョーンズにも関わってますね。
H:MJBの新作といえば、ボンゴ・バイザウェイの名前を見かけることも多い。ベイビーフェイスのアルバムに参加してたザ・ラスカルズも、クリス・リディック・タインズの相方であるレオン・トーマス3世の勢いがありますね。レオンはシンガーとしても活躍していて、タイ・ダラー・サインがモータウン傘下に立ち上げたレーベル=EZMNY、たぶん“イージーマニー”って読むと思うんですが、その第1号アーティストがレオン・トーマス。タイ・ダラとの「Love Jones」は、なかなかいいスロウ・ジャムでした。
Y:年末に出た「Breaking Point」も素晴らしかったです。

■アトランタが再び熱い?

H:プロデューサーでいうと、ロンドン・オン・ダ・トラックも相変わらずメロウネス漂う曲を作り続けていて、アトランタへの地元愛が強いということも感じます。個人的に気に入っていたのが、ベスト50にも入れたジャクイースの「Ya Body」。ドリージーを招いた曲です。
Y:自分もベスト50に入れるか悩んだ結果、サマー・ウォーカーと6LACKを招いたバウンシーなバラード「Tell Me It’s Over」を選びました。
H:ジャクイースもアトランタ/ジョージア愛というか、今回の新作『Sincerely For You』は地元の先輩でもあるフューチャーも客演だけじゃなくエグゼクティヴ・プロデューサーに名を連ねていて、サマー・ウォーカー、21サヴェージといった地元勢がゲストで参加している。

Y:過去のアルバムでもジャギッド・エッジ、ドネル・ジョーンズ、(エクスケイプの)ラトーシャ・スコットなど招いてますね。
H:そういうローカル感は最高なんですけどね。ジャクイースは失笑を買った「俺がR&Bのキングだ!」発言をネタにし続けていて、今回も「Sex,Hennesy&R&B/Talking About You」でも何か言ってる(笑)
Y:もう、ずっと言っててほしい(笑)
H:でも、今やR&Bシーンを牽引しているひとりですよ。アルバムの最後でジョンP.キーを招いているあたりも凄い。彼は教会育ちだけどゴスペルは歌ってこなかった人なんですよね。
Y:まさにストリート産R&B。
H:そうですね。で、ジャクイースもそうだし、サマー・ウォーカーも、アトランタのストリートな感じを見せてくれているわけですが、90年代からR&Bやヒップホップの中心地であり続けるアトランタに、また新しい風が吹いている気がしています。
Y:DVSNのアルバム『Working On My Karma』にも、ジャーメイン・デュプリやブライアン・マイケル・コックス、マニュエル・シールが関わっている。

H:DVSNはOVOに所属しているトロント(カナダ)の人たちだけど、前回の対談でも話したように、2021年にマネージメントがアトランタのLVRNになったんですよね。それと関係があるのかわからないですが、往時のアトランタR&Bのプロデューサーたちと繋がっている。
Y:だからLVRNのクリスマス・アルバム『Home For Holidays Vol.2』にも参加していたんですね。
H:DVSNとデュプリの関係は、以前アッシャーの曲をサンプリングしたりとか、デュプリの作った曲にリスペクトを示していたことが大きいと思うんですけどね。あと、タイ・ダラー・サインとコラボした2021年のアルバム『Cheers To The Best Memories』の一曲目「Memories」でシルクの「Freak Me」を引用していましたけど、あれもアトランタR&Bへのオマージュでしょう。今回の新作でもジャギット・エッジを招いていますし、僕がベスト50に選んだ「Bring It」なんてカット・クロースみたいな女声コーラスが出てきて、キース・スウェットの曲みたい。
Y:あれは完全に確信犯ですよね。Y2Kサンプリングする手法も楽しいんですが、ひねり足らずな曲も多くなってきて。「Bring It」とかを聴くと、実際にその時代を築いた人たちの説得力って違うなと思いました。
H:サンプリングもニヤッとしますけどね。それこそロンドン・オン・ダ・トラックが手掛けたココ・ジョーンズの「Double Back」はSWVの「Rain」使いで、一発KOです。

Y: そう、単純でも好きになっちゃうんですけどね(笑)。ヒットメイカが手掛けたジェレマイの「Changes」もアヴァントの「Read Your Mind」(2003年)使いだったり。
H:あれはY2Kオマージュであり、シカゴR&Bへのオマージュでもあった。まあ、サンプリングに頼らず90年代から2000年代前半のフィーリングを醸し出すっていう意味では、DVSNのナインティーン85は本当に巧いと思う。あと、ダニエル・デイリーの歌がやっぱり素晴らしくて、それこそ年代不問というか、90年代に彼が活動していたとしてもヒット・レコードを出していただろうなと思わせる説得力がある。

Y: やっぱり歌ありきだなと痛感します。マニー・ロングもアトランタ在住ですよね。
H:マニー・ロングも、出身はフロリダだけど、アトランタで活動しているんでしたっけ。そう思うと、スウィーティを迎えた「Baby Boo」がゴーストタウンDJズ「My Boo」へのオマージュだったのは納得がいくというか、ベース・ミュージックの聖地と縁が深いマニーがやることは筋が通ってますね。以前「My Boo」を使った#RunningManChallengeっていうチャレンジがあって、それの延長なのかもしれないけど、アトランタ・ベースもここにきてオマージュが増えてきましたね。

Y:シティ・ガールズとアッシャーの「Good Love」 も、「My Boo」が収録されていたコンピ『So So Def Bass All-Stars』シリーズからのヒット曲、レイサンの「Freak It」サンプリングでした。シアラとサマー・ウォーカーの「Better Thangs」も同路線。

H:最近だと韓国のNewJeansも「OMG」がアトランタ・ベース調だし、世界的に流行っていると言っていいのかな。とにかく、いろんな意味でアトランタ。
Y: 繋がりますねえ。

H:それこそ90年代のアトランタ・オリンピックの前後、ラフェイスのようなレーベルがアトランタに拠点を置いてヒットを飛ばしていた時期がありましたけど、DVSNの新作も含めて、それに近い動きがあるような気がしていて。と思っていたら、つい最近、ブライアン・マイケル・コックスがLVRNの要職に就いたというニュースが入ってきて。A&Rなどとしてサポートしていくそうなんですが、これでアトランタのR&Bがまた面白くなるんじゃないかと。ジャクイースやヴィドの活躍も含めて、僕はアトランタの動きに再注目しています。
Y:それは熱いニュースです。あとは今年客演のみにとどまったアッシャーが動き出せば完璧。
H:もちろんLAも現行R&Bの中心地で、アリン・レイのアルバムを聴いても、LAのシーンが活況だなと強く思った。でも、LAってNYと同じでメジャーのレコード会社もあるし、音楽ビジネスの中心地だから、LAローカルみたいなものではない。その意味でローカルな匂いがあるのは、やっぱアトランタなのかなという気はしていて。アッシャーの新作が出たら、また盛り上がるかもしれない(※アッシャーは2024年2月のスーパーボウル・ハーフタイム・ショーに出演、同時に新作『Coming Home』を発表することが決定!)。

■男性アーティスト、客演、アフロビーツ

H:女性アーティストの活躍は前半で話しましたが、男性陣はどうでしょう?
Y:さっきのワンモーもそうですし、ベスト50には曲を入れなかったんですが、ハミルトーンズ改めトーンズのアルバム『We Are The Ton3s』も良かった。あと、年末にレイ・J、サミー、ボビー・V、プレジャー・Pが組んだRSVPが出てきた。ジャギド・エッジのちょっとした活躍もあって、男性陣はヴォーカル・グループが目立ったかもしれない。

H:確かにそうですね。ヴォーカル・グループって絶滅みたいに言われていたけど、戻ってくるのかな?ヴィクトリア・モネイも絡んでいるUKのノー・ガイダンス(No Guidnce)がジワジワときていますが。ソロではクリス・ブラウンという圧倒的な存在がいて、彼はもう独走状態というか別格。
Y:別格ですね。プライベートは騒がしい人ですが、作品のクオリティは全く落ちない。
H:クリスはR・ケリーがいなくなったR&B界におけるキング・オブ・R&B。グラミー賞で『Breezy (Deluxe)』が「最優秀R&Bアルバム」にノミネートされたけど、結局ロバート・グラスパーの『Black Radio III』が受賞したことに腹を立てたのか、グラスパーをディスって物議を醸した。ただ、発言自体は幼稚でも、その気持ちはわからなくもない。ジャズ・ピアニストがR&Bシンガーに歌わせたアルバムが受賞できて、R&Bというジャンルを極めてきた自分が受賞できないと思うのはわかる気がするし、国内外の反応を見ても同じことを思っていた人も結構いた。

Y:ポップスターとしての側面もあるけど、根っこがずっとR&Bの人ですからね、クリスは。
H:クリスに続く存在としては、エリック・ベリンジャーやヴィドの活躍も忘れられない。結構短いスパンでアルバムを出していて、その出来がかなりいいんですよね。タンクも同じテンションで活動し続けていて、R&BらしいR&Bの普及に余念がないですね。新作『R&B Money』が引退作とのことですが…
Y: エリックとヴィドは一定してアルバムの完成度が高いですよね。これぞR&Bだ!と言う美意識も強く感じる。タンクは難聴が引退理由とされていますが、前述したポッドキャスト「R&B Money」も含めて、今後もR&Bの本流を伝えてくれる重要な存在であり続けそうです。

H: 一方で、Ne-Yoやジョン・レジェンドのアルバムがグラミー賞にノミネートされなかったことも含めて、あまり話題にならなかった。2000年代半ばにメジャー・デビューしたふたりですが、彼らのような存在は今のR&Bの世界ではちょっと扱いにくいのかな。ジョン・レジェンドのアルバム『Legend』は、さっきも話したようにベイビーフェイスのアルバムにも近くて、多くの女性アーティストを招いて紹介するみたいなノリもあったので、個人的には気に入っていましたが、もうちょっと曲の数を絞ってくれたらよかったかな。
Y:そうなんですよね。良曲も多いんだけど、2枚に分けて出すとかでもよかった気はします。

H:リパブリックに移籍して気合いが入ったのかもしれない。今は、やっぱりラッキー・デイがひとり勝ちという感じでしょうか。
Y:ラッキー・デイみたいな、比較的渋めの才能が評価されるのは嬉しいですよね。相変わらず客演量も多くて、世代を跨いで引っ張りだこの人気っぷり。
H:所属するキープ・クールのモットーどおり“センターの少し左寄り“という絶妙なラインが受けているのかもしれない。オルタナティヴとポップの中間。

Y:ジャクイースみたいな人もいますけど、ギヴィオンはどうですか。ジャスティン・ビーバーの「Peaches」(2021年)に客演して、今回のセカンド・アルバム『Give Or Take』ではどう来るかなと思ったんですが、凄く私的で内省的なアルバムでした。
H:母との対話をもとに作られたパーソナルなアルバムで、コンセプト的にもどことなくカニエの『808s&Heartbreak』(2008年)を思わせる内省感があった。私的なアルバムだからゲストもなし。曲はいいんですが、ちょっと重くて僕の気分には合わなかった。海外のメディアではわりと評価が高いですけど。彼はラッキー・デイと逆で、“センターの少し右寄り“という印象があるかも。
Y:楽曲によってはUKのシールみたいなソウル・ポップの風味を感じました。

H:確かに! それで思い出しましたが、UKといえばYacheemiさんも推しているサム・ヘンショウもアルバム『Untidy Soul』を出しましたよね。
Y:今回のアルバムも良かったです。今年はベスト50に「Loved By You」を選びました。あの歌声はすぐに心を掴まれてしまいます。
H:PJモートンにも近い印象があって、UK版のPJモートンと言ったらアレですが、ゴスペルのルーツも含めて共通点が多いですよね。あと忘れちゃいけないのが、来日公演が素晴らしかったピンク・スウェッツ。EP『Pink Moon』はメロウでドリーミーなスロウ・ジャム集で、よく聴きました。

Y:サブリナ・クラウディオとの「Waiting On You」がお気に入りでした。
H:最高です。ベスト50に入れるか迷いました。あと、ピンク・スウェッツのEPと同じくらいよく聴いたのが、ブラストのアルバム『Before You Go』。ドレイクをR&B寄りにしたような人で、客演も多いですけど、ベスト50にはふたりとも、LLクールJ「Around The Way Girl」(90年)使いの「Every Good Girl」を入れている。
Y:ケイスfeat.ジョーの「Faded Pictures」(98年)を使った「About You」も大好きなんですが、リリースがちょっと前だったのでこちらを選びました。客演でも活躍していて、今後はタイ・ダラー・サインみたいなポジションになっていきそう。

H:タイ・ダラー・サインに近いところにいますよね。歌もラップもやるみたいな。あとはケニオン・ディクソン(Kenyon Dixon)と、名前が似てるディクソン(Dixson)、一旦シェリーと改名したけどまた名義を戻したドラム(DRAM)…この3人は似たタイプだと勝手に思っているんですが。
Y:わかります。プリンスやディアンジェロの影響も色濃いんですかね。SiRもディアンジェロ「Send It On」使いの曲を出していました。

H:「Nothing Even Matters」。タイトルもディアンジェロが客演したローリン・ヒルの同名曲へのオマージュになっている。ディアンジェロ風の曲に関しては、その他のY2K時代のR&Bと一緒に今や標準装備みたいになっていますね。サンプリングした曲も多いですし。クリス・ブラウンの『Breezy』に入ってる「Harder」も「Untitled」風で、デヴィン・モリソンの「P.B.J.」もモロですよね。「P.B.J.」は17歳のキューブっていうクリエイターが手掛けていることに驚きましたが、ディアンジェロとブライアン・マックナイトが合体したようなネオ・ソウルで、褐色の肌の女性を賛美する歌の内容はディアンジェロの「Brown Sugar」にも通じていて、面白いなと思いました。
Y:多角的なオマージュになっているんですね。この曲は自分も2000年代のネオ・ソウルと並べてよくDJプレイしていました。

H:客演という点に目を向けると、とにかくよく見たのがアレックス・アイズレー。彼女はダインとの連名でEPサイズのアルバム『Marigold』を出しましたけど、客演ではYacheemiさんがベスト50で選んでいたタンクの「No Limit」。これ、自分も入れていたのですが、他の曲に変えてしまった。
Y:最初は意外な組み合わせとも思ったんですが、彼女はこういう直球にセクシーな世界観もいけちゃうんですね。

H:幅広いですよね。PJモートンやムーンチャイルド、ロバート・グラスパーあたりとの共演は想定内でしたが、タンクは意外だったかも。今や気がつくとアレックス・アイズレーの名前がある。レイラ・ハサウェイなんかと同じ愛され方というか。で、アレックスとレイラは、タンク・アンド・ザ・バンガズの『Red Balloon』に客演していました。
Y:一声でグッと雰囲気が出る存在感。客演系だと、僕はベスト50にクリス・ブラウンとウィズキッドの「Call Me Every Day」を選びました。ウィズキッドは今やアフロビーツの枠を超えて世界的なスターなんですよね。特にナイジェリアのアーティストたちの歌い方は今のR&Bシンガーの歌い方と親和性が高くて、昨年よりもさらに接近した気がします。
H:さっきも話しましたが、ベイビーフェイスの『Girls Night Out』に参加したアマレイもアフロビーツ系のシンガーですね。
Y:BET Awardsでパフォーマンスしたオギ(Ogi)はナイジェリア系アメリカ人で、ノーIDがバックアップしています。あと同じくナイジェリア系のシーケイ(Ckay)による「You」は、ダニエル・シーザーとH.E.R.の「Best Part」を換骨奪胎してアフロビーツ化させたような出来栄えでした。アフロビーツはナイジェリアやガーナが中心地ですが、南アフリカ発祥のアマピアノも人気。元々は渋いテクノ音楽でしたが、USでポップに波及している。それこそクリス・ブラウンとロージェイ、サーズが組んだ「Monalisa」はその筆頭です。

H:ナイジェリアのアーティストは、ナイジェリアにルーツがあるヴァンジェスとかも含めて勢いがありますよね。ウィズキッドがアメリカのRCAからプッシュされているのも大きいかな。アフロビーツもUS R&Bで標準装備になっていってる感はあります。

Y:今年からアフロビーツのチャートがビルボードに新設されたほどで。それくらいアフロビーツの世界的人気がすごい。でも悲しいかな、R&Bともずっと馴染み深かったダンスホールのチャートはなくなってしまいました…

■ビヨンセの新作と拡張するR&B

H:“ザ・R&B“の話をしてきましたが、R&Bというジャンルに縛られないオルタナティヴというかクロスオーバー路線の作品も相変わらず多いですよね。
Y:ザ・ウィークエンドもそうですし、2022年は、ビヨンセ、スティーヴ・レイシーのような、R&Bというカテゴリーを超えてヒットした曲やアルバムが多かったですね。
H:スティーヴ・レイシーはR&Bというより総合部門で評価される作品というか。あえてジャンルで括る場合、彼の作品はどこに置いていいのかわからなくて、R&Bでもいいし、ロックでもいいし、雑誌やメディアのベスト企画でも、どうしようかと迷ったんです。Yacheemiさんはベスト50に「Bad Habit」を選んでいるけど、僕は正直、R&Bというよりロックでいいと思った。これは個人の趣味や感覚の違いだから正解はないと思うけど…まあ、枠に収まりきらない良さといった感じかかな。
Y:文脈によって聞こえ方が変わってくる感じで、自分でもR&Bに感じる時もあれば、ロックに聞こえる時もあって。本人はそんなにR&Bを意識している方ではないと思うけど、確実にR&Bの影響はある。

H:どっちでもないし、どっちでもある。「R&Bをやります!」と言って活動したり、作品を作ってる人でもないから。本人もジャンルとか関係なく評価されてほしいって言ってましたね。グラミー賞でもR&B部門とロック部門にノミネートされていて、アルバム『Gemini Lights』が「最優秀プログレッシヴR&Bアルバム」を受賞した。それは妥当というか、確かにプログレッシヴなR&Bアルバムだから、彼の音楽性に一番近い部門で受賞した気がする。
Y:彼の音楽を聴いていると、僕はヴァン・ハントに近いファンクを感じる。ヴァン・ハントが2004年に出した『Dust』とかのイメージ。それで僕はベスト50に「Bad Habit」を入れたんです。でも、ベスト企画で作品を選出するとなった時は、やっぱり自覚的にR&Bに向かっている人の方が選びやすいってのはありますよね。
H:面白かったのが、今年2月にケラーニの来日公演に行った時、20代前半くらいの若い黒人女性のグループに囲まれて観ていたんだけど、前座のDJのヌードルズがR&Bやヒップホップの曲をかけて、それで大騒ぎしてた彼女たちが、「Bad Habit」がかかった途端、急に静まり返って(笑)。「私たちのヴァイブじゃない」みたいな表情してたのが印象的で。これってEssence Fest.とかでも似た光景が見られますが、まあ、そうだよなぁとは思いました。一方で、スティーヴ・レイシーがシングル「Skin Tight」で客演しているレイヴン・レネーのアルバム『Hypnos』は、オルタナティヴな感覚もあるけど王道のR&Bとして聴けるんですよね。

Y:「最優秀プログレッシヴR&Bアルバム」のノミネートを見ると、スティーヴ・レイシーの他は、コリー・ヘンリー、テラス・マーティン、ムーンチャイルド、タンク・アンド・ザ・バンガズという並びなんですね。タンク・アンド・ザ・バンガスはベスト50に「Café Du Monde」を入れたかったんですけど。

H:タンク・アンド・バンガスはスティーヴ・レイシーとは違ったオルタナティヴ感ですね。むしろ、より黒人ぽい。アルバムの米盤CDには未収録だけどアナログと日本盤CDには収録されたシングル「Black Folk」とか、「Stolen Fruit」みたいな、ブラック・ルーツや黒人としてのプライドを謳った曲なんか特にそうで。でも、全然上から目線にならないのが彼らの良さ。
Y:スティーヴ・レイシーのように自身のセクシュアリティを公言している人もいて、そういう面が音楽的にクロスオーバーな感覚として反映されてるとも思う。かと思えば例えばケラーニはそうしたことを公言しつつも、サウンド自体はストレートなR&B。デュランド・バーナーにも同じことが言えるかもしれない。
H:いつも言ってますが、R&Bって、いつの時代もプログレッシヴなものとオーセンティックなものとの両輪で回ってるんですよね。近年のザ・R&B的なものが目立つ傾向も、フランク・オーシャンに代表されるオルタナティヴR&Bのブームの揺り戻しとされたりするんだけど、それは聞き手が勝手にそう思っているだけの話で。例えば2010年代中期、ディアンジェロが復活してフランク・オーシャンが素晴らしいアルバムを出しましたが、その一方でケラーニやジェネイ・アイコみたいな存在がいて、タイリースだって超R&Bなアルバム『Black Rose』を全米チャートNo.1に送り込んだ。2022年だって、インディ・ロックみたいなスティーヴ・レイシー「Bad Habit」が大受けする一方で、ザ・R&Bなマニー・ロングの「Hrs & Hrs」が人気を集めた。だから、“揺り戻し“とか、そういう単純な話でもない。
Y:本当にそう思います。わかりやすいアイコンがいると、そっちだけみたいに言われちゃうかもしれないけど、今までもそういう存在が常にいた。
H:60年代、70年代、80年代、90年代…常にそういう存在がいましたよね。そうした存在として近年を代表するのが、ザ・R&Bな側面とクロスオーバーな感覚を両立させてポップ・フィールドにも食い込んでいくビヨンセ。2022年は『Renaissance』というエポック・メイキングなアルバムを出しました。ディスコやハウスを含めたダンス・ミュージックが黒人文化〜音楽から生まれたという、知ってる人は知っている、でも多くの人が忘れかけている事実を気づかせたいという思いを込めた作品で、そこにクィア・カルチャーへのリスペクトも込めて…という壮大なアルバム。

Y:ブラック・カルチャー、クィア・カルチャーへの祝福を主題にしつつ、当事者でなくてもパンデミックで抑圧されていた人々の感情に解放感がマッチした。リゾの『Special』も近いですかね。
H:リゾのアルバムも似た感じはありましたね。ただ、リゾのアルバムはR&B要素もありながら、よりポップ・フィールドというかポップスに狙いを定めているような作品で、ミーガン・トレイナーとかケイティ・ペリーの路線ですよね。もちろん黒人女性としてのプライドもあるんだろうけど、ポップ感が強い。
Y:そうですね。『Renaissance』は楽曲ひとつ取ってもトピック量がものすごい。
H:ビヨンセの『Renaissance』は、2021年で言えばシルク・ソニックくらい全てを超越したアルバムでズバ抜けてるんだけど、あえて「R&Bのベストを選んでください」と言われたら入れるか少し迷う。それでも、「Cuff It」や「Plastic Off The Sofa」、「Virgo’s Groove」みたいなR&B然とした曲もある。
Y:R&Bアルバムとして括るような作品ではないですしね。
H:そう。そして何より、アンダーグラウンドな音楽やムーヴメントをいち早く察知して最先端のように見せるのが本当に上手い。ビヨンセは頭がいいし、嗅覚が鋭い。
Y:前年の対談でドーン・リチャードやロシェル・ジョーダンの話をしてましたが、彼女たちの音楽を聴いてもらうと、そのことがよくわかりますね。
H:アルバムの先行シングルとしてロビン・Sの「Show Me Love」(93年)を使った「Break My Soul」を出して、その時にドレイクのアルバム『Honestly,Nevermind』もハウス路線だったこともあって、「ハウスが来る!」と言われましたけど、そんな単純な話ではなく、地下でジワジワと動いてきたムーヴメントがビヨンセとドレイクというビッグネームの作品で表面化したと言ったほうがいいのかも。『Renaissance』は本当にドーン・リチャードの『Second Line』の延長線上にあるようなアルバムで、これは僕の推測ですが、ドーンはルイジアナのクレオール・ルーツがある人だから、ビヨンセもドーンに刺激を受けてるんじゃないかと思うんです。ビヨンセのニューオーリンズ的な打ち出しも、いちいちドーンぽい。と思っていたら、海外でも同じ指摘をしている人がいた。
Y:これをきっかけにドーンのような作品も正当な評価を得られるといいんですけどね。ビヨンセとドレイクのアルバムは、ローカルのクラブで巻き起こっていたダンス・ミュージックのムーブメントをごっそりポップにまとめたなっていう印象で、この2作が出たことで、ヒップホップが中心にかかるようなクラブでもハウスへの距離感が近くなった。
H:ダンス・ミュージックを追い続けていた人たちにとっては「何を今更」といった感じだと思うのですが、それを万人に訴えかけるポップスとしても成立させるところがビヨンセやドレイクの凄さ。だからこそトップに立てるんだなと思うし、両者のスタッフも含めて最新の動きをよく見ていると思います。
Y: 賛否が出るのも納得ですが、それも含めてポップ・アイコンの役目を果たし続けている二人ですね。
H:でもお互いベスト50に選んだのが、「Break My Soul」じゃなくて「Plastic Off The Sofa」という(笑)。「Cuff It」とも迷いましたが、「Plastic Off The Sofa」は歌唱チャレンジが始まったし、単純にビヨンセの歌声が気持ちいいっていうのもあった。

Y:僕も全く一緒です。最後まで「Cuff It」と迷いました。
H: あとアルバムは、ソングライターが100組以上参加するという、コ・ライト流行りの現代を象徴するような作品でもあった。その中にはもちろん今のシーンを動かしてる人がいて、ニージャもそのひとり。それこそマニー・ロングみたいに、いろんなアーティストに曲を書いてきた人で。
Y:H.E.R.の「Come Through」もそうですよね。
H: ビヨンセとジェイ・Zのザ・カーターズのアルバム『Everything Is Love』(2018年)でも書いてましたね。そのニージャが2022年初頭に出したアルバム『Don’t Say I Didn’t Warn You』では、前回の対談でも話題にしたソンタ同様ドリル・ミュージック的なR&Bをやっていて、しかもアルバムはジャージークラブ・リミックス・ヴァージョンも出されました。メディアのベスト・アルバム企画では、ほとんどスルーされてしまったのですが、これは2022年を代表する作品じゃないかと思って、ARBANのR&Bベスト20アルバムには入れておきました。

Y:地元のカルチャーレペゼンということもあるのですが、アルバム丸ごとジャージーにするなんて人もあまりいないので面白かったです。ドレイクがやるのとは、ちょっと意味合いが違いますしね。
H:いわゆるR&Bシンガーがやることでね。ジャージークラブは年末にNewJeansの「Ditto」が出た時にも話題になりましたが、ジャージー・クラブを専門でやるクッキー・カワイイみたいなシンガーが出てきた3~4年前、ここらんはスタンダートになってきているんだなと。あと、ダンス・ミュージックの文脈では、今年2月に出たケレラの新作『Raven』が注目を集めています。
Y:早速今年(2023年)一番のお気に入りくらい聴いています。

H:コンセプト的にはビヨンセの『Renaissance』を追うようなアルバムで、クィア当事者からの回答みたいな感じにもなってます。ダンス・ミュージックは黒人文化に起限があるけど、その点が軽視されてる、私もクィアの黒人として、ちょっと言いたいっていうアルバムで。アンビエントでアトモスフェリックな曲がある中で、ジャングルとかディープ・ハウス路線の曲が登場する。
Y:どちらもR&Bヴォーカルとしての側面がきちんと残っている、という共通点もありますね。ただケレラは彼女自身のセクシュアリティもそうですが、実際にダンス・ミュージック・カルチャーの内部にいる人の説得力がある。友達とパーティーで盛り上がるときはビヨンセ、より繊細な精神世界に飛び込みたいときはケレラ、みたいな感じでどっちも楽しんでいます(笑)。
H:アンバー・マークの初フル・アルバム『Three Dimensions Deep』も、オルタナティヴで、かつダンス・ミュージック的な要素がある作品だった。

Y: アンバー・マークが所属しているUKのPMRは、ドーニクとかディスクロージャーでもお馴染みですが、今アンバーやジェシー・ウェアらと一緒に所属しているホープ・タラというUKのシンガーがお気に入りで、ベスト50に「Party Sickness」を選びました。PMRはアンバー・マークのダンス・ミュージックに強い感じとかも含めて、レーベルに統一性があって面白いなと。ダンス・ミュージックやエレクトロニックなものとか、アメリカのメインストリームのR&Bシーンに纏われない、スティーヴ・レイシーとも違った感じで、全体的にポップなんですよね。
H: アンバー・マークも、ジャマイカのルーツがある人でNYを活動拠点にしているけど、母親の都合でドイツとかいろんな国を渡り歩いていて、そのせいか音楽性も多彩。そんな彼女の作品をメインで手掛けているのが、ワンダイレクションでお馴染みのジュリアン・ブネッタだからポップなんですよね。
Y:そのバランス感が、いろんなジャンルの音楽リスナーに彼女がウケる理由かもしれませんね。
H:もっとベタなダンス・ミュージックでいうと、80sブギー・ファンク系の曲で固めたフォニー・ピープルの『Euphonyus』も快作でしたよね。先行シングル「Nowhere But Up」がシェレールの「I Didn't Mean to Turn You On」ネタで、アルバムも、ジョジョやミーガン・ジー・スタリオンらが客演しているんだけど、ほとんどがブギー。これらをアイヴァン・バリアス(元ア・タッチ・オブ・ジャズ)が手掛けているのも面白くて、ビヨンセとは違うアプローチだけど、根本的に同じ背景を持つ音楽へのオマージュですよね。

■チャレンジ動画と大御所たち

H:毎年チャレンジ動画のことも話していますが、今やここからトレンドが生まれていくことは当たり前になりました。
Y:こういったチャレンジ企画も定番になってきたので、上の世代の人も乗っかり方がわかってきたと思うんですよね。これは案外プロモーションになるぞ、と(笑)
H:抵抗がなくなった感はありますね。Verzuzの影響も大きそうで、ベイビーフェイスもテディ・ライリーと“対決“した回で自分に若いファンとかがいることに気づいて、それもああいう新作を作る後押しになったとも言ってましたね。アイズレー・ブラザーズも今回の新作でアース・ウィンド&ファイア(EW&F)と共演しているけど、あれもVerzuzきっかけだったはず。Verzuzは、いろんなものを動かしてるなっていう気はしました。
Y:ベテランのアーティストを活動しやすくした。
H:そう。で、今年R&B方面で話題になったのは、さっき話したビヨンセの「Plastic On The Sofa」に因んだ歌唱チャレンジ、あと、やっぱりマセーゴ&デヴィン・モリソン「Yamz」(2021年)をリメイクしたフェティ・ワップの「Sweet Yamz」がキッカケで始まった#YamzChallengeでしょう。チャーリー・ウィルソンがインスタかなんかで歌い始めて、お約束のようにタンクやエイヴリー・ウィルソンらも参加するという。

Y:あれがやっぱり一番面白かったですね。みんなに広めたのはまたタンクなんじゃないでしょうか。
H:チャーリー・ウィルソンがやったのを見て、タンクが「じゃあやろうぜ!」ってなったような感じもあったけど。で、あの後すぐに「Sweet Yamz」のリミックスが出ましたよね。チャーリー・ウィルソンとロナルド・アイズレーが客演したやつ。しかも、これがふたりの初共演という。言ってみればギャップ・バンドとアイズレー・ブラザーズの共演。ただ、このリミックスがわりと早めに出てきたので、チャーリーのチャレンジ動画は前振りだったのかなとも思ったけど、考えすぎでしょうか?

Y:このふたりの初共演がこの曲でいいんでしょうか(笑)。でも、その話題性も含めて今回ベスト50に入れました。
H:僕も入れとけばよかったな。オリジナルの「Yamz」は前年のプレイリストでふたりとも選んでましたけどね。
Y:オリジナルの時点でもっとヒットしていいなと思っていたので、こういう形で注目を浴びたのが嬉しいです。
H:チャーリー・ウィルソンが気持ちよさそうに歌ってたのを聴いて、デヴィン・モリソンの80年代っぽいメロディと親和性が高いというか、チャーリーの歌い方ってああいうメロディに乗りやすいんだなと思って。
Y:オリジナルを知っていたのに、最初チャーリー版を聴いたとき「あれ、これチャーリー・ウィルソンの曲だっけ?」て、1回錯覚したほどです。
H:本当にチャーリーのために書かれたような曲ですよね。チャーリーが動画をアップした時、マセーゴは興奮していたけど、デヴィン・モリソンがクールだったのは面白かった。嬉しさを抑えているのかもしれませんが。そのデヴィン・モリソンも2022年は精力的でした。以前日本に住んでいて、千葉の松戸で英会話学校の講師もやってて、「スラム・ダンク」に因んだ「Ayako」という曲を作って、アルバムを作った少し後くらいに全米でも名を上げた。今、ドリーム・ソウルというレーベルから『Dream Lobby』というソウル・インスト集を立て続けに出していて。現時点で第7集が最新作かな。第6集は「スラム・ダンク」オマージュで、やっぱ好きなんだなと(笑)。それらとは別にトニ・トニ・トニの「It Never Rains (In Southern California)」(90年)のカヴァーや「P.B.J.」などのシングルを出していて、それもこの人らしいノスタルジックな雰囲気と未来感があった。

Y:彼はスタイルが一貫してますよね。コミッションドやディアンジェロ、スラム・ヴィレッジや矢野顕子らの作品に影響されてきた、ということですが、すべて納得できる。
H:ビヨンセの「Plastic Off The Sofa」のチャレンジでは、クロイーがやってましたね。シルク・ソニックの「Leave The Door Open」でもやっていたけど、この人は歌うのが難しい曲にチャレンジする。
Y:難しいであろう曲、かなり力量を試される曲を堂々とやってのける感じは、クロイーもそうだし、エイヴリー・ウィルソンもですね。
H:エイヴリーの歌のうまさはピカイチ。あと、ルーク・ジェイムスもたまに出てきますよね。ルークは、ロバート・グラスパー『Black Radio III』のデラックス版に収録された「My Queen」で歌っていて、さすがの歌いっぷりでした。ベスト50にも選んでいます。
Y:ルーク・ジェイムスはもっと評価されてしかるべきヴォーカリストの一人だと思います。そういえばグラスパーとルークといえば、2018年のSoul Train AwardsのSoul Cypherで共演してましたよね。
H:やってました。そのSoul Cypherといえば、2022年はマイケル・ジャクソン“Human Nature“のメロディに乗って、マニー・ロング、デュランド・バーナー、アレックス・ヴォーン、ターシャ・コブスがマイクリレーをするという。毎年これを観るたびにR&Bの世界ってあるんだと思うし、今誰が注目されているのかが分かりますよね。

Y:今年のメンバーは完璧だったんじゃないですか。今回のベスト50ではそのSoul Cypherを裏テーマにして、ターシャ以外の3人による楽曲を並べておきました。
H:Soul Train Awardsはレッドカーペットや授賞式本編のパフォーマンスも含めて、この対談で名前が出てくる人ばかりが登場するわけですが、マニー・ロング、ココ・ジョーンズ、アリ・レノックス、ベイビーテイトあたりはベイビーフェイス『Girls Night Out』ともダブる。モーリス・デイ&ザ・タイムやシャンテ・ムーアのベテランから、SiRのような中堅、そしてフローのようなニューカマーまで完璧な人選でした。
Y:エクスケイプも「Lady Of Soul Award」として表彰されました。レッドカーペットのパフォーマンスではタンク、ヴィドやディクソンも出ていました。
H:そんな2022年のSoul Train Awardsで「新人賞」を獲ったのが、ビヨンセのアルバムにも参加したテムズでした。あと、「最優秀コラボレーション賞」がアイズレー・ブラザーズとビヨンセの「Make Me Say It Again,Girl」。ロナルド82歳、アーニー71歳で新作を出したのは本当に凄い。しかも、アイズレー・マナーはそのままなのに、今の空気が反映されている。

Y:この年齢で新作がきちんとシーンの話題になるって、凄いですよね。
H:アーニーの娘であるアレックス・アイズレーが活躍して、アイズレーもアルバムを出すなんて、出来過ぎの話。2022年に限った話ではないけど、過去の曲に関してもトピックが多かった。
Y:ケニオン・ディクソンのアルバム『Closer』の中に「ISLY」というタイトルの曲もありましたよね。
H:ありました。曲はアイズレーぽくないんだけど。あと、ヴィドのアルバム『Mood Swings』のトップを飾った「Waterfalls」という曲がアイズレーとプリンスが合体したみたいな曲で。

Y:2000年代のアンダードッグス作品のような空気も纏った楽曲でしたね。
H:アイズレーは、リード・ヴォーカルのロナルドとギターのアーニーが健在なことも大きいけど、アイズレーとしての持ち味を失わずに進化している。若手のゲストやプロデューサーが絡んでもゲストはあくまでゲストという感じで、2チェインズがラップしても2チェインズの曲になるわけではなく、どこまでもアイズレー。今回スウィッチのカヴァー「They’ll Never Be」で共演したEW&Fとはそこが違う。EW&Fは、2005年に現行のアーティストやプロデューサーを迎えて出したアルバム『Illumination』を出しましたが、あれはウィル・アイ・アムとかのプロデューサーに遊ばれた感というか、EW&Fを使って今の人が再構築した感じが強かった。そう思うとアイズレーは現在進行形なんだなと。
Y:なるほど、そう言われると違いがしっくりきます。
H:超ベテラン・アーティストはアイズレーの新作が圧勝でした。で、2023年はというと、ロナルド・アイズレーより一歳年上、83歳のスモーキー・ロビンソンが新作『Gasms』を4月28日に発表予定です。グラミー賞でもパフォーマンスをして話題になりましたが、タイトルが“オルガスムス“を連想させる性愛路線ってことで話題になっています(笑)。先行シングルの「If We Don’t Have Each Other」もハンドクラップが心地よいオーガニックなミディアム・テンポの曲で、歌声も昔のイメージのまま。この数年間にチャーリー・ウィルソンやアンダーソン・パークらとの共演もありましたが、スモーキーもアイズレー同様現役感がありますね。
Y:いろんな意味での現役感(笑)

H: 一方で、2022年も、この世を去っていくミュージシャンがいました。ラモント・ドジャーやトム・ベル、ジェイムス・エムトーゥメイ、シル・ジョンソンあたりは高齢なので仕方がないですが、ジェシー・パウエルやキース・マーティンはふたりとも50代前半。90年代にいい歌を聴かせたシンガーが、こんなにも早く逝ってしまうとは…
Y:本当ショックでした。今あまり類を見ない、実直な歌唱力のシンガーでしたよね。特にジェシーはタイミングさえ合えば、いつでも表舞台に帰ってこられるタイプの人だったと思うんですけど、何の音沙汰もないままで。
H:それこそ今のY2K回帰ブームで戻ってこれたかもしれない。力強いハイ・テナーで、しかも美しく伸びやかな声で歌う人。彼のようにスケールの大きいヴォーカリストって、今ほとんどいないと思う。

Y:ジェシーがシーンから消えたのは、2000年代後半にサウンドの変化についていけなかったことがあると思います。噂によれば結婚式場で歌っていたようですが。
H:他にもバーナード・ライト、パトリック・アダムス、バーナード・ベルとか、名前を挙げていくだけで寂しくなりますが、R&Bシンガーじゃないけどクーリオやギャングスタ・ブーも亡くなった。
Y:それこそアイズレーのアルバムが出た後に、ミーゴスのテイクオフも亡くなりましたね。
H:訃報はなるべく聞きたくないです…。

■注目のアーティストと2023年の展望

H:名前が出なかった人では?
Y: ラヴィーナとかは、どうでしょうか。
H: ラヴィーナのアルバム『Asha’s Awakening』は良かったですね。インド系アメリカ人で、ミスティックな感じがアシャ・プトゥリに似てるなと思っていたら、アシャ・プトゥリが客演していて、タイトルもアシャへのオマージュっぽかった。ただ、言うほどR&Bぽくはないかな。今年3月に初来日公演を観たのですが、ネオ・ソウルやインディ・ロックの要素もあるヒーリング・ポップスといった感じでした。

Y:あと、ゴーゴー・モロウも良かったですね。
H:フィリー出身の女性。H・マニーが全面プロデュースしたEP『Ready』は素晴らしかった。この人、苦節10年という感じで、2013年頃から活動していたんですよね。当時、フィラデルフィア在住のソウル・ギタリスト、宮崎大さんが彼女のバックをやっていて、プッシュされていたんです。地元のシーンではまあまあ知られていて。でも、活躍し始めたのはフィリーを離れてからなのかな。レディ・ガガのバック・シンガーやったり、カニエ・ウェストのサンデイ・サーヴィス・クワイアにも参加していた実力派。そんなこんなで、2022年にようやく本格デビューを果たした。

Y:なるほど、それはH・マニーも目をつけるわけです。テディ・ライリーも楽曲に関わったりして、レクスン・エフェクトの「Ramp Shaker」(92年)を使ったニュー・ジャック・スウィング(NJS)風の「Nu Nu」があったり、もっと話題になってもいいと思う。
H:先行シングルの「I.O.U.」はエラ・メイも共作しているんですよね。エラ・メイに「Cheap Shot」という曲がありましたけど、あれはH・マニーのプロデュースで、ゴーゴー・モロウの「I.O.U.」もそれに近い座組で作られているんですよね。
Y:「In The Way」ではブラウンストーンの「If You Love Me」(94年)が使われていましたよね。
H:90sR&Bは相変わらず人気ですね。そういえば、さっき名前の上がったテディ・ライリーは、今年「ソングライターの殿堂入り」を果たした。それにゴーゴー・モロウだけではなく、ちょくちょく仕事をしていて、今年2月に出たウォールズ・グループの新作『Four Walls』でもオープニング・ソングの「He’ll Make A Way」をウォーリン・キャンベルと一緒に手掛けていて、これがモロにNJSなんですよ。ジーン・グリフィンとやっていた頃のテディというか。ウォールズ・グループは以前もNJSをやっていたので、その流れでテディを招いたのかもしれないけど、これは凄い。テディが関わったゴスペル・グループの曲ということでは、ワイナンズの「It’s Time」(90年)を思い出しましたけど。
Y:本人たちも意識していそうですね。

H:アルバムではスティーヴィ・ワンダーが客演していたり、マイケル・ジャクソン「Human Nature」のゴスペル版カヴァー、ポール・ジャクソンJr.参加のブギーまであったりと、久々にR&B視点で聴ける現行ゴスペル・アルバムですね。ウォーリン・キャンベルが全面バックアップしているので間違いないです。
Y:昨年の対談で「そろそろウォールズ・グループの新作が聴きたい」と言っていたらベストすぎる内容で興奮しました。ウォーリン・キャンベルやエリック・ドーキンスの名前が見える作品にはハズレがない。
H:ウォーリン・キャンベルは、奥さんのエリカ・キャンベル(メアリー・メアリー)が去年出した「Positive」と今年出した「Feel Alright」も手掛けているけど、これも快調。2022年はカーク・フランクリンも絡んだマヴェリック・シティが一人勝ちといった印象で、ドーのアルバム『Clarity』なんかもありましたが、今年は前半からR&B寄りのゴスペルの快作が出ている。
Y:2022年だと、サウンドがR&Bで歌詞がゴスペルっていうジョーダン・アームストロングの『Church Girls Love R&B』が好きでした。「Wilin’」のメロディがまんまR・ケリーの「You Remind Me of Something」で、今これをゴスペル・アーティストが使うっていうのが衝撃だった。

H:ジョーダン・アームストロングは僕も愛聴しました。まあ、R・ケリーのアートフォームは今後も避けて通ることができないでしょう。R・ケリーがシーンに戻ってくる可能性はまずないだろうから、アートフォームとしてのオマージュは今後も増えていく気がします。
Y:あと、PJモートンの「The Better Benediction」。アルバム『Watch The Sun』のヴァージョンでは男性ゴスペル・アーティストを集めていましたが、デラックス版に入った女性ヴァージョンのメンバーが凄い。リアンドリア・ジョンソン、ターシャ・コブス、キキ・ワイアット、キエラ・シェアードたちが勢揃い。

H:ターシャ・コブスはSoul Train AwardsのSoul Cypherにも出ていたし、今最も勢いのあるゴスペル・スターという感じですね。リアンドリア・ジョンソンといえば、今年出たタイリースの復帰シングル「Don’t Think You Ever Loved Me」で燃えるような歌声を披露していましたね。これ、ジェニファー・ハドソンが声を交えた「Shame」(2015年)級のバラードで、レニー・クラヴィッツもギターで参加しているんですよね。タイリースは『Black Rose』以来となるアルバム『Beautiful Pain』も楽しみです。

Y: タイリースの新曲、最高でしたね。もう前作からそんなに経っているとは…。
H:男女デュエットでは、今年2月に出たクロイーとクリス・ブラウンの「How Does It Feel」が素晴らしかった。これ、ディオンヌ・ワーウィック「You're Gonna Need Me」を引用したアッシャーの「Throwback」へのオマージュだと思うのですが。クロイーの声がどんどんビヨンセ化していきますが、クロイーはベスト50に入れた「Surprise」を含むソロ・アルバムも楽しみです(※2023年3月にアルバム『In Pieces』を発表。ただし「Surprise」は未収録)。

Y:クロイーは「Have Mercy」をよく聴きました。それにしてもR&B全体でデュエットが増えていて、どれもダニエル・シーザーとH.E.R.の「Best Part」を下敷きにしたような楽曲ばかりですが、軒並み良い。シドのアルバムにも「Best Part」っぽい曲があったし、ひとつの雛形として定着している気がします。
H:ケラーニとの「Out Loud」ですよね。本当に「Best Part」の影響は続いていて、あれはマーヴィン・ゲイとタミー・テレルの「Ain’t No Mountain High Enough」なんかと並んでR&B史に残る男女デュエットの名曲と言っていいと思います。
Y:R&Bの男女デュエットって情熱的に燃え上がるような曲が多い中、「Best Part」はマッチョ感が少ないのが現代にハマるのかなと。もうちょっとソフトタッチというか、同性間のラヴ・ソングとしても気分が合うんだと思うんですよね。
H:確かに。デュエットではないですが、ヴィドのアルバムでも「Soul」という曲が「Best Part」のコードをベースにした曲でしたね。
Y:ほぼ、そのままですね(笑)。ピンク・スウェッツの『Pink Moon』もそういうテイストのEPでした。
H:では最後に、2023年期待のアーティストを挙げておきたいのですが…自分としては前年に続いてアンブレをプッシュしたいです。ニューオーリンズの地元愛を打ち出したEP『3000°』がよくて、ニージャと同じ感じで期待しています。JVCK Jamesを招いた「I’m Baby」が今年に入ってヒットしているので、もっとガンガン行ってほしい。

Y:あと1歩でガンって出てくる人は多そうですよね。アレックス・ヴォーンもさらに飛躍しそうな気がします。Soul Cypherでもうちょっとハジけてほしかった気もするんですが、スター性があります。
H:アレックス、Soul Cypherでは地味でしたね。ただ、LVRNの援護も受けて、もっと大きな存在になりそうな予感がします。あとは、何度も名前が出ましたけど、ディズニー・チャンネル出身というイメージから脱却して再出発したココ・ジョーンズ。EP『What I Didn’t Tell You』は今年デラックス・ヴァージョンも出ましたし、これでガンといってほしい。

Y:TV番組絡みだと、「glee」出身のアンバー・ライリーも最近「The Masked Singer」に出て、また名前が出てきている。あと、面白いのは「The Voice」にウェンディ・モートンが出て準優勝したこと。こういう復活の仕方もあるんだっていう。
H:ウェンディ・モートンは92年のセルフ・タイトル作が〈Throwback〉シリーズで国内再発されますね。ウェンディもそうだけど、プロデューサーも含めて本当に誰が復活するかわからない。
Y:その意味では90sのガールズ・グループは軒並み復活しましたね。SWVはずっと元気だし、ブラウンストーンはメンバー変わってもやっている。カットクロース、あとも地味にモーケンステフも再結成。90sスローバック・ツアーみたいなのも増えています。
H:あとはアニタ・ベイカーですよ。一時は引退宣言までしたのにベイビーフェイスを引き連れてツアーをやって、新曲まで出す予定だという。
Y:そういえばベイビーフェイスとアニタはいつの間に仲直りしたんですか。訴訟してませんでしたっけ?前回のアルバム『My Everything』(2004年)で「Like You Used To Do」をベイビーフェイスがプロデュース/デュエットしたのにお金が支払われていないとかで裁判沙汰になっていたはずで。ずっと仲が悪いっていう認識だったんですけど、気がついたら一緒にやっていたっていう。
H:そんなことがありましたね。アニタはルーサー・ヴァンドロスとも確執関係にあったんですよね。まあ、ベイビーフェイスとアニタは音楽的にはとても相性がよくて、トニ・ブラクストンが歌ったフェイス作の「Love Shoulda Brought You Home」も、もともとはアニタに向けて書いていたというくらいで。
Y:もう「Like You Used To Do」はライヴで聴けないと思っていたので、ぜひ生で聴いてみたいです。
H:今回のアニタのツアーはそれがハイライトになるかも。まさにリユニオン、仲直りツアーってことですね。まあ、ベイビーフェイスも“女子会“のホスト役ですから、アニタ姐さんもそこに交じったということで。結局ベイビーフェイスの話に着地しましたが(※そんなことを話していたら、6月にベイビーフェイスがアニタのツアーから外されるという事態に…)

ベイビーフェイスのインスタグラムより

Y:それだけベイビーフェイスが出てきてるってことですね。
H:そのフェイスも関わったSZAのアルバム『SOS』も凄いです。「Kill Bill」が話題ですが、アルバムは全米チャート7週間連続1位を記録して、一旦ランクダウンするも、返り咲いて3月上旬の時点で10週目の1位。7週間連続一位は、ホイットニー・ヒューストンの87年作『Whitney』以来のことだそうで、SZA旋風真っ只中です。これも含めてR&B、さらに面白くなりそうです。

Y:自分としてはUS R&Bとアフリカ音楽がより接近して親和性が強まるというか、アフリカとダンスミュージックの関係にも期待しています。
H:そこらへんは僕も注目していたいです。2023年の総括トークが今から楽しみです(※今度は早めに公開します)。

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