『夕暮れ』#299

昼の暖かな時間も、傾き沈みゆく太陽によって熱の去るのを感じる頃合い、夕暮れ時の空は青からオレンジに変わったいかにも私たちの心に「夕暮れ」を言葉にせずともそう感じさせる。
子どもの頃は、幼い小学生のころは、五時の鐘が鳴り終わるまでに帰るようにと親とのルールがあった。時に破り、時に守り、徹底遵守できたルールではなかったが完全なる無視はすることなく、夕方のうちに家に帰るルールがあった。夏ならば外はまだまだ明るく、冬ともなると4時半ごろには夕暮れを見やって、ボールは見えないし手はかじかむしで、外遊びもやりづらく、でも粘って5時までは遊びとおす、不思議な意地がはたらいた。いまの自分だったら、用が果たせないようになればすぐ、帰ろうかと、あるいは別のところで別のことをと、なるだろうな。冬のこの夕暮れ後の環境の厳しさに対して、夏の5時って帰るにはたいへん不服な時刻。明るいし、温かいから十分体も動くし、何より、遊び足りなさが強く強く、野球をしていたら途中で帰るなんてとてもじゃないけど悔しいし恥ずかしいし後ろめたいしで、できなかった。いや、それでも帰った時はあるけれど、それに、門限がもっと早い子はもっと早く帰っていたし、自分だけが早く帰らなくてはならないってわけでもなかった。それでも、周りの残って楽しんでいる友達があること、それはとても、悔しい体験だった。不思議なものだ。
歌の詩に、“暮れなずむ町の、光と影の中、去りゆくあなたへ、贈る言葉”という一節がある。人が去るときの時間帯は、この歌の影響なのか元来そうなのか、夕暮れ時がしっくりくる。寂しさを感じさせるには“眩しい朝の陽光の中”ではいけないだろうし、“深夜列車のベル鳴り響くホーム”は悪くない環境だけど言葉を贈るには騒がしすぎる。日が暮れて太陽は姿を消す、そしていつのまにか現れている月は出どころと姿がまた安定しないもんでどうも、送別の感情を乗せるには合わない。
冬が近づいているいま、うっすらと寒さが肌にしみる。去りゆく夏への寂しさも少々。

#夕暮れ #181013

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