『可動域』#341

部屋のなか、目の前の机の上には地球儀があって、くるくると回せば地軸23.4度の傾きで小さな地球はこちらへ見せる面を変えていく。くるくると回る。何回でも回る。本来回る向きとは逆にだって、回す手の力の向きを変えれば平然と回る。それでも、赤道は同じ位置をぐるぐると回り、というか一筋の円上をなぞりずっと同じ位置に円を描く。赤道上に地軸を通すこともできないし、球が歪むような位置に(例えば日本の東京とオーストラリアのシドニーを直線で結ぶとか)回転軸をとることはできない。あくまで地球儀では、現状の北極点と南極点を結んだ地軸で、正逆両方向に回すことができるだけだ。
地球儀が両方向に際限なく回る、ということを眺めながら、人間の首は皮膚と筋肉さえなければ、骨だけの状態であれば、頭は際限なく回るのだろうか、というようなことを思っていた、思い始めた。ジブリ映画もののけ姫に出てくるコダマは、首が回るというか顔が、黒電話のダイヤルばりに回る。それは、それとして、人間の首、ゾンビ映画とかコメディアニメとかで、ひょうきんな骸骨が首をくるくる回しているようすは見たことがある。たぶん回るのだろう。それじゃあ、首の筋肉や皮膚が柔らかく伸縮性に富む人は、ぐるりと首を回して後方へ視野を広げることができるのだろうか、たぶん広げられるのだろう。雑技団の人とかすごいし。
プロテニス選手のダニエル太郎さんがテレビで、可動域を広げるトレーニングをしていると言っていた。身体の使い方を、身体の隅々まで、身体の先端まで、意識して届けることができれば、テニスで言えば例えば手ならばボールコントロールにおいて位置・力加減・向き・軌跡、とか、ボールを打つその瞬間と前後の動作全ての指先・手のひら・手首、さらに細かいところでは肘の内側と外側と両側面の動きと状態にまで「かくあるべし」のイメージを出し入れすることだってできるだろう。そして、どうしてもうまくボールコントロールできなかったリターンをうまく返せる腕の軌跡を習得することはつまり、ラケットの動く軌跡を新しく描くことができるようになること、そこにつながるのだろう。可動域を広げるっていうのは、過去にありえなかった(それはありえたけれど気づいていなかったり、気づいていたけれど空想だと諦めていたり、状況の違いはあるけれど)新しい軌跡や位置を発見すること、大きく言えば新大陸の発見なのだ。
いま、私は筆とボールペンを握って、新たな美しい軌跡を描くべく、可動域をめりめりと広げている。まことに硬く、難い。

#可動域 #181124

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