『塩』#337

さしすせそのし。料理のさしすせそ、五音全てを料理で使うようになったのは、必要に駆られて自分のために料理をするようになってからのこと。5つそれぞれ書いてみる、その二音め。
塩については何か料理を始めてすぐ、使う機会がやってくるものだろう、わたしはチャーハンだった。
小学生の頃、母も働きに出ている共働きの家で、決してわたしの自発的な優しさからくるものではないと前置きした上で、母の晩御飯作りの手間を省くことができるだろうかと、ときどき冷蔵のご飯と卵を使ってチャーハンを作ることにした、時期があった。「そろそろあんたも料理くらい」って外からの圧と「物足りないなら自分で」って内外の圧が働き、はじめての調理だった。その初めての時は、母もよく使っていたチャーハンの素みたいなふりかけ風の粉末顆粒を使って、卵を熱したところにご飯を入れて炒めるうちに顆粒の素を入れて、あとは混ぜるだけだった。具に何も入れず、ただの味付き卵焼き飯。母の反応も「ありがとう」までで、自分の感想も「味が付いてるな」ってことくらいしかなかった。結構つらかった。それから何回か、同じようにやったけど相変わらずで、少しだけ味がマシだと思えたのは、チャーハンの素を2つ入れて「あ、味濃いめだ、ちょっとうまく感じる」ってとき。母は「具も何か入れていいんだよ」とか「違うものを作ってくれてもいいんだよ」とか、こう婉曲的なことを言うのみだったので、「なんの具を入れたらいいかわからない」し「作れるものもないしレシピは家にない」し「作り方を聞いても“てきとう”としか返ってこない」し、八方塞がりでチャーハンしかなかった。その状況を打開したのは中学生のときで、砂糖の時と同じく「自分のために料理」したときだった。チャーハンの素を使わずに、レタスチャーハンを作ろうと思ったのだ。そのときに、醤油だけだと真っ茶色になるし面白くない、と思って、塩と胡椒を使ってみたのだ。そうして、塩加減、この言葉の第一段階を知った。第一段階っていうのは、食卓塩をテキトウに振り入れるばかりで量の厳密さに考えが及んでいなかったから、基準無しのなんとなくでしかなかった。
今に至る転機は、大学時代にバイトしたパスタ屋での「一人前で塩5グラム」小袋があったこと、塩味が足りなくてまずい料理になると最悪なので塩を入れることを恐れるなと何かで読んだこと、その後に読んだ「親指と人差し指でのひとつまみで約2グラム、中指を加えた3本でのひとつまみで約3グラム、というのを知ったことで、調理中に足す塩の量を考えるようになった。ペペロンチーノ作りにハマった時期はついぞベストな塩加減を掴めなかった。
いま、チャーハンの塩は「うん、くっきり」が来るまで入れられるようになった。
さしすせそのし。

#塩 #181120

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