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他のアジアの国々のCSR(中国及びインド)

中国においてCSRが注目されるようになったきっかけとして、胡錦涛政権における「和諧社会」の実現というスローガンが掲げられたことがあげられる。和諧社会とは、調和のとれた社会を意味し、江沢民時代の経済成長の代償としての不平等や格差を是正する、ということが目指された。とりわけ、和諧社会の実現のために (1) 都市と地方のより親密な関係を築くこと、(2) 省エネルギーと環境に対する意識を持つこと、(3) 異なる地域間の経済格差を橋渡しすること、の三点が以前にもまして求められるようになった (劉, 2016)。

こうした時代背景のもと、2006年に中華人民共和国公司法(会社法)において、企業の社会的責任が規定された。すなわち、「会社の経営活動においては、法令を遵守し、社会公徳、商業道徳を守り、信義誠実の原則を堅持し、政府並びに大衆の監督を受けながら、社会的責任を負う(第5条)」という内容が会社法に盛り込まれ、2006年が中国におけるCSR元年と位置づけられるようになった (肖, 2012; 林, 2013; 汪, 2008)。

2013年に発足した習近平政権においてもCSRの重要性と有効性は認識されているが、上記のようにあくまで政治的側面からの要請に対応するという性格を保持しており (倉持, 2015)、企業が主体となったCSR活動が今後展開されるかは不明瞭と言えるかもしれない。

一方、インドでは財閥による社会貢献活動がCSRの歴史を考える上で参考になる。ヒンズー教では、「自分の資産などを貧しい人々やお寺などに寄付すれば幸福になれる」という考え方があり、企業が宗教的、文化的、家族の伝統的な考え方で自発的に社会貢献活動を行っていた (シュレスタ, 2010)。例えば、多々財閥は創業時から教育、健康、コミュニティ発展などの分野で社会貢献を行っており、奨学金の設立、タージ・マハル・ホテルの設立、インド初の8時間労働制、無料治療制、有給休暇制・事故補償制の導入などがあげられる。こうした社会貢献活動は独立前においては財閥中心のものであったが、その後は環境保護法などに代表されるように法的規定が整備されるようになった。2001年にインド証券取引委員会によって上場契約における企業の責任ガイドライン(第49条)が規定として設けられ、上場企業に対する取引、会計書、リスクマネジメントへの取り組み、役員報酬などに関する報告の義務付けがなされるようになった。これは、企業にステイクホルダーへの説明責任が求められるようになったことを意味しており、従来の財閥中心のフィランソロピー型の活動からマルチステイクホルダー型の活動へと移行していることを意味している (シュレスタ, 2010)。

しかし、こうした流れに対して、コーポレートガバナンスを揺るがす事件が2009年に起こった。すなわち、インドIT業界第4位のサティヤム・コンピュータ・サービスによる粉飾決算である。この結果、2001年以降に行われたガバナンス強化に向けた取り組みが不十分であったことが浮き彫りになり、2013年に会社法が改正され、内部統制の義務化、取締役報告書の義務化、独立取締役の公正、インサイダー取引の厳罰化など多くの関連法が改正された。とりわけ、このときに1名以上の女性取締役を選任すること過去3年間の会計期間における純利益の平均2%がCSR活動に対して支出しなければならなくなった (カンデル, 2016; 神山, 2009; BTMU Global Business Insight, 2013)。

以上、中国およびインドにおけるCSRに関する流れを見てきた。それぞれ独自のCSR普及に関する歴史がある一方、世の中の流れとして、企業は社会的責任を強く求められるようになっている、ということである。そして、この流れは経済的に発展途上の国においても同様であると言えよう

References

BTMU Global Business Insight: Asia & Oceania (2013.12.27), http://www.bk.mufg.jp/report/insasean/AW20131227.pdf

神山哲也 (2009)「サティヤムの粉飾決算事件とインド企業のガバナンス」『資本市場クォータリー』481-486.

カンデル・ビシュワ・ラズ (2016)「インドの家族経営とコーポレート・ガバナンス」『日本経営倫理学会誌』23, 11-12.

倉持一 (2015)「中国のCSR(企業の社会的責任)の展望に関する一考察:1990年代以降の政治的スローガンを分析基軸として」『日本経営倫理学会誌』22, 47-62.

シュレスタ・ブパール・マン (2010)「インドにおけるCSRの歴史と現状」『創価大学大学院紀要』32, 1-15.

肖金明 (2012)「中国企業の社会的責任の評価体系と制度環境」『企業法学研究』1(1), 20-31.

劉慶紅 (2016) 「経済体制改革と経営倫理の進展:中国における和諧(調和)社会の実現に向けて」『日本経営倫理学会誌』23, 9-10.

林栄偉 (2013)「企業の社会的責任の法学的アプローチ: 中国会社法第5条1款の解釈を中心に」『企業法学研究』2(1), 54-76.

汪志平 (2008)「中国におけるCSR運動の背景」『札幌大学総合論叢』25, 157-173.


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