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あいまいな日本語、何がいけない?

あいまいな日本語は時に考えものだ。理由その一、翻訳者にとって訳しにくいから。その二、責任の所在をあいまいにする言葉は危機対応を遅らせ、一国の存亡すら脅かす可能性もあるからだ。

翻訳者を悩ませるあいまいな日本語

翻訳の仕事は、その言葉が伝えようとしていることを前後の文章も参考にしながら別の最適な言語に置き換え作業である。しかしその言葉がオブラートで包んだようないろんな意味に解釈できるものだと、ピタッと当てはまる最適な言葉を見つけにくいのだ。

例えば次の3つ。

①残念

例えば「残念な人」「残念な回答」。

程度はどのくらいなのか。おしいのか、全くダメなのか。
具体的に何がいけないのかが聞いている方は全然わからない…。

②不適切

「不適切な関係」「不適切な内容」「不適切な処置」

具体的に何が問題なのかを書かないと、どこに問題があるのか、どのくらい問題が深刻なのか、どう対処すればいいのか、読者にはさっぱりわからない。

③目詰まり

3つ目は、コロナ禍でよく聞くようになった「目詰まり」。例えばこんな使い方をする。

「PCR検査の目詰まりが起きている」

これは実際に、日本のコロナ検査の対応が海外と比べて後手後手になっているのではないか、という記者からの指摘について、昨年安部元首相が上記のようにもっともらしく答えたのだ。

言いたいことはわかる。同じ日本人だもの。なんか計画通りにうまくいっていないということね。でも何だか他人事のように聞こえ、問題や責任の所在がわかりづらくないだろうか。

つまり「目詰まりを起こしている」は、「日本のPCR検査数が海外と比べて伸び悩んでいるのはなぜなのか」という問いに対する回答になっていないように感じるのだ。例えばPCR検査が遅れているのは、検査キットが十分に入手できないのか、検査する医療従事者が不足しているのか、検査できる場所が十分でないのか。国民としては、原因にもう一歩踏み込んでほしいところだ。しかし「目詰まり」で、はい、おしまい、の記者会見だった。  

こういう状況になってくると、もう一翻訳者の悩みなどどうでもよい。

「どうやって危機対応するの~!」「日本はどうなっちゃうの~!」翻訳より、そっちのほうが心配になってきたのをよく覚えている。

あいまいな日本語と危機対応

上記は安部元首相の例であるが、彼に限らず、「病床数の目詰まり」「極めて遺憾」等のあいまいな言葉でお茶を濁す姿勢は我が国のリーダーに多く見られる。いや、政治家や企業のリーダーだけでない。報道メディアもあいまいな日本語が大好きである。

あいまいな日本語を否定しているわけではない。和を尊重する日本人が使う言葉は包容力があり、美しい言葉がたくさん、たくさんある。

けれども安易に頼りすぎないほうがよい。あいまいな言葉は責任の所在をうやむやにもできるからだ。特に緊急対応を要するときには要注意である。そんな時はあいまいな言葉を使いたくなるのをぐっとこらえ、代わりに、どこに問題があるのか、誰が責任を取るのか、誰が何をすればよいのか、みんなにわかるように迅速に明確な言葉を使うべきだと思う。

翻訳者としても、一人の日本人としても、引き続きあいまいな日本語に注目していきたい。


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