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前田建設ファンタジー営業部(ネタバレあり)

出会いはいつの事だっただろうか

そんな前じゃない、いや嘘だ。もう10年以上前か。

「面白いサイトがある」

そう言われて見に行ったのが前田建設のサイトだった。当時2ちゃんはひろゆきに切り込み隊長がいた時代だったように思うし、Yahoo!は検索エンジンの代表で、まだネットエスケープが現役だった。

そんな時代だ。

映画になるときいて驚いた。何せ面白かったとは言え侍魂やちゆ12歳のように消費されいったコンテンツだと感じていたからだ。

それが、映画で?

何度か確認したが間違いはないようで、積算はエンターティメントだ!ときた。現在多少なりとも関係ある職についているため、非常に興味が湧いて見に行ってきた。

結果的に結論を言おう。

凄かった。これはエンターティメントなのだ。エンターティメントであり、土木への警鐘であり、そして希望だ。

実際は若手が集まってあのサイトを企画した、と以前雑誌で読んだことがあるが、映画の中では広告を打ち出す広報課の部長がその話を持ち出し、それに半ば無理やり若手や中堅が参加させられる、という話だ。

先に書いた通り10年以上前の話なので携帯はパカパカであり、スマホではない。あの頃の土木には悲哀感が満ちていた。公共事業が減り、未来への閉塞感が満ちていた、ように思う。その時代にあの企画を打ち出したのはやはり「土木の未来」への思いであり、「土木」とは何か、と言う事を熱く語っていく。オタクな話になりがちな土木を「身近」に考えて欲しい、という思いを時間をかけて丁寧に説明していく。

ファンタジーでありながら、現実の土木への熱いパッションに満ちた物語であった。

私たちの生活は実のところ「土木」と密接している。貴方の見ている川も、橋も、道路もそのすべてが土木だ。

劇中に出てくるセリフで「うまく掘れれば掘れる程誰にも気がつかれないんですけどね」「その方がいいんですけど」というものがあるが、まさしく土木はこの通りなのだ。

誰も気が付かないうちに、橋が直り、道路が直り、河川の改修が行われる。人々が気が付かない間にインフラは日々復旧をはかり、その姿を変えながらも「変わった事」に気がつかれたりはしない。

世界のあり様に土木は存在しているからだ。当たり前の事に誰も注目したりはしない。当たり前の事象である「土木」を支えている人たちがいる。これはその人たちの魂の叫びだ。

「土木」は素晴らしい。

行基や空海が居た時代の土木とは違うかもしれない。だが土木というものは時代を移り変わってもなお「当たり前の事」であり続ける。あり続けるには人がいる。

この映画を見て、「土木ってすごいな」と一人でも思わせたらおそらくそれが本望なのだ。

当たり前の事を当たり前だとしって、その当たり前に気が付いてほしい。当たり前があるために、一緒に当たり前を作ってほしい。

これはそういう映画だと私は思った。

10年前に見たあのサイトは「土木というものが未来にもあるために」そういう思いで出来たものなら、なんたる先見の利だろう。こうして映画になって改めてそれを思い知らされた気がした。

懐古であるのかもしれない、だがあの時代に「土木」を憂えた人たちの情熱はこうして映画という形にまでなった。それは凄い事だと思う。

もし、ほんの少しでも「当たり前の世界を築く土木」に興味が出たのなら、この映画を見に行ってほしい、とオススメしたいぐらいには面白かった。

積算は、エンターティメントである(は思ったよりかかれてなくて残念だった)




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