見出し画像

たかがセックス、されどセックス。性の不一致で離婚を選択することは、誰が悪いわけでも誰が責められるわけでもないということ。

この記事を見つけてくれた方の中には
過去の私と同じように
自己否定や苦しみを抱いている方が
いるのかもしれません。
読んでくださった方の心が
少しでも軽やかになるよう
心を込めて綴っていきたいと思います。


わたしは20代半ば、性の価値観の不一致により
約7年間一緒に過ごした大切な人と離婚しました。
非の打ち所がないとても素敵な人でした。
唯一、どうしても合わなかったのが
セックスに対する価値観でした。

『入籍を前にちゃんと話したい。』と彼に伝え
2人で話し合い、その後入籍。

彼との日々はとても楽しいものでしたが
なかなか解決の兆しが見えない夜の問題。
ちゃんと話し合ったのに
どうして入籍後すぐに壁に直面してるんだろう…
2人で乗り越える!と決めたのに
なんで頻度が増えないんだろう…

それもそのはず。

入籍前の話し合いで
20代前半の私たちが導き出した答えは
彼「結婚を機にもっと頑張る!回数を増やす!」
私「私ももっと頑張る!2人で乗り越えよう!」
という気合いと根性での解決策でした。
(この頃は本当に無知でした…)

今なら理解できるんです。
彼が本気で「結婚を機に頑張る!!」と
約束してくれたところで
根本的な理由を突き詰めないままでは
なんの解決にもならないし
それが性質によるものであれば尚のこと。

そもそも希望する頻度が違いすぎて
ずっと平行線をたどっていた私たち。

当時のわたしには今みたいな知識はなく
我慢の連続から精神的なゆとりもゼロ。
相手の心身やホルモンのことに
真摯に向き合うこともせず
「なんで愛してるって言うのに
抱いてくれないの。。。。。泣」
とこちらの言い分ばかりをぶつけていました。
(本当にごめんなさぃ…)

もやもやが消えない
微妙な空気を漂わせる生活に危機を感じ
再度2人で話合うことにしたのですが
結果、わたしの心を“離婚”に向かわせる事に。

「キスやハグで満足できる。」
「行為が少なくても大好きなのは変わらない。」
「香月ほどセックスを重要視していない。」
「セックスがなくてもしあわせだょ。」
「頑張るって言ったのにごめんね。」

そんな彼の言葉に対しわたしの心は
(セックスガ ナクテモ  シアワセ?
確かになくても死なないよね。
確かに一緒にいる時間はしあわせだよ。
でも、ご飯や睡眠と同じで
頑張ってすることではないのにな…
わたしにとってセックスは
それらと同じなのにな…
もっと美味しいものを食べてみたい!
もっと面白い楽しい体験をしてみたい!
と同じように
より気持ち良いセックスを追求したい!
って感覚なのにな…。)でした。

性欲や嗜好、頻度に大きな違いがあると
2人の妥協点を探ることは難しく
話し合いは平行線を辿るばかり。

こんな状況で日々を送っていると
①今まで気にならなかったことにストレスを感じる
②ストレスを発散すべく楽しむを充実させる
③充実すればするほど浮き彫りになる夜の不満
④彼への優しさが低下していることへの自己嫌悪
⑤改めなければと思いつつ①へ逆戻りして自己嫌悪
そんな私を見て彼が口にする
「香月、ごめんね…。」の一言。

心が霞んでいく。堪らなく苦しかった。

そんな出口の見えない日々に
光を見いだせなかった私たちは
“ お互いの理想とする幸せ ”を尊重したいと願い
好きな気持ちを抱いたまま離婚を選んだ。

すぐさま襲いかかる強烈な後悔の念。

人生で一番辛く感じた離婚の話し合いが
まったく比にならないほど
離婚後数年は苦しみの連続だった。

「こんなに好きなのに他に道はなかったの?」

離婚後何度も聞かれたし
私自身、何度も考えた。
離婚して数ヶ月間は仕事中にも関わらず
PCを打ちながら突如号泣なんてこともあった。

あの人と別れるくらいなら…
こんなに辛い思いをするなら…
セックスくらい我慢すればよかった!!
そしたらこんな思いもしなくてすんだのに!!

毎日、繰り返される虚無感の連続。
何にもやる気が起きず抜け殻状態。

後悔とともに自己嫌悪の嵐。
性の不一致で離婚を考えてしまう欠陥人間
心から人を愛することが出来ない欠陥人間
これらが私の脳内をずっと占拠していた。

にも関わらず何度大きな後悔を抱いても
最後に出てくる答えは “お互いの為の離婚だった”
にしか行きつかなかった。

『食欲や睡眠欲を我慢し続けるのが難しいように
私にとっては性欲もそれらと同じわけだから
そこが歩み寄れない以上
やっぱりうまくいかなかったんだ。
一時我慢できたとしても
すぐに悩むことになるだろうし
そんなのは自分の理想の幸せではない。
パートナーとの生活がどうあれば
自分はしあわせか、ちゃんと向き合おう。
私は性欲に抗うなんてことは
どうしても難しいや。
離れるしかなかったんだ。
お互いのしあわせのために。』と。

性欲は生まれながらに備わっている本能。
人それぞれ個人差も大きければ価値観だって違う。

大好きな人とセックスを探求し楽しみたい。
冷静な瞬間なんてないほど没頭したい。
『夫(妻)とはできないけど他の人となら…』
という考えは、当時の私にも今の私にもなく
ここを諦めるくらいなら新しい道を選びたい。

今思い返せば
堂々巡りのような後悔の日々が
離婚の後悔から自分を救い出す
ただ唯一の方法で
自己対話を繰り返すことで
捉え方や理想をハッキリさせることが
できたのだと思う。

想い合ってるからといって
必ずしも添い遂げ合うことだけが
愛や幸せのかたちではなく
相手のことを思って離れることもまた
愛や幸せのかたちなんだと。

『お互いに大切な相手だからこそ
一緒にいることで辛い思いをさせたくない。』

最終的には自分の選択に確信をもち
自信の心を養うことができた。

人を本気で愛せないから
離婚に至ったのではなく
“相手と自分の幸せを同等に重んじる”
からこそ至った離婚。

どちらが悪いわけでも
どちらが責められるわけでもない。

人生は選択の連続で
選択することでしか人生は動き出さない。
一見、相手のためと思える選択であっても
結果は自分のためである事がほとんどだ。

ならば、より自分にとって
心地がいいと感じられる選択をしたい。

わたしがわたしらしく
人生を謳歌できるように。

すべての後悔を糧に。
今、わたしはとてもしあわせです。

#あの選択をしたから


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?