見出し画像

どこまで不安でいつづけられるか

今日は、横浜は象の鼻テラスで開催された「クリエイターズマルシェ」に出展者として参加してきた。そこでの気づきなどを。

期待の5%

今回は思い切って販売する商品やディプレイなどを大きく再構成した挑戦的なイベントだった。今までのやり方を半ば否定するぐらいの気持ちで思考しなければ新たな表現が生まれることはなかった。必要ないものはことごとく排除して、必要最低限を最大限に輝かせる場所づくりを目指した。

商品はもちろんのこと、ディスプレイやPOPなどの細部に至るまで、目に見える全てに意図を持たせたことで、普段であれば間違いなく見逃していたであろう些細なリアクションからも、あらゆる気づきを得ることができた。その気づきのうちの一つめは、「期待の5%しか伝わらない」。

制作者である僕らは、商品やビジョンに多くの期待を抱いてしまっている。日々商品やコンセプトに触れているから共感度だって自ずと高くなるし、「最高に良い」と思えるぐらいの自身を持っているほうが本来だと思っている。しかしその一方で、その期待が世間と乖離しすぎてしまわないように気をつけなければいけない。

今回のイベントに向けても、出店の直前まで最悪のシチュエーションを想定しながら準備をしていた。これだけ準備を積み上げてきて、売り上げあがらなかったらどうしよう、とか。でも、心のどこかで、「これなら大丈夫」と過信してしまっているところがあった。お客さんに伝えたいことのうちの数パーセントを、期待や過信で補完して、お客さんの判断に委ねてしまっていたのだ。

通常のコミュニケーションですら、言葉を尽くしたって100%は伝わらない。いわんや、作り手と買い手の関係性においてをや、である。温度感の違う関係性の中で100%に限りなく近い情報量を伝えたいと思うならば、過信はあってはいけないし、想像を一個も二個も上回る丁寧なコミュニケーションを作り上げていくことが必要だ。

ストーリーテラーであれ

そして期待や過信は間違った方向に進むと、作り手の傲慢に繋がってしまう。「伝わらないのは人や場所のせい」とコミュニケーションを諦めてしまったら、作り手としては失格だと思う。

お客さんは黙っていても寄ってきてくれるものではないし、こちらから働きかけなければ興味を持ってもらうことだって難しい。どうすれば伝わるか。どうすれば足をとめてもらえるか。どうすれば買いたいと思ってもらえるか。自分が客の立場であったとしたら、どんなものにお金や時間を使いたいと考えるのか。その全てがストーリーとして脈々と商品やコミュニケーションに受け継がれていないと、本当に伝えたいことを伝えることは難しい。

良いものをつくれば、人が集まると思っていた。しかし、本当に大切なのはそのストーリーの部分であって、どれだけ面白くて魅力的なストーリーを描けるか、が要となってくるように感じた。ディズニーランドの世界観が揺るぎなく支持されるのは、キャスト1人1人のストーリーテラーとしての力が強いからかもしれない。あの執拗なほどのストーリーテリングをもってようやく、作り手としての意図は世間に認知されるということだ。

そういう意味でいうと、どこまで不安でい続けられるか、が作り手としての強みなのかもしれないと思い当たった。自分の中で満足してしまったらもうすでに、お客さんとの乖離は始まってしまうのかもしれない。揺るぎない自信と絶え間ない不安の共存に、作り手としての活路を見出した気がした。

この記事が参加している募集

サポートいただく度に、声をあげて喜びます。