習熟度と完成度
この前とあるロゴ制作についての話をした。
https://note.mu/iamsu/n/ncc9cf6ba08fd
あれこれと紙の上で試行錯誤した結果、ある程度腑に落ちるところまできて、もう少し形になったものをみたくなってきた。
みたくなったと言っても、デザインをするのは自分。仕方がないので今度はパソコンを前に奮闘する時間がはじまった。
使っているのはおもにillustrator。習熟度としては人並み程度でプロフェッショナルではない。加えてデザイン系のソフトは毎日更新使うわけではないので、しばらく期間があいてしまうと細かな使い方をすぐに忘れてしまう。
ぼくのロゴデザインは、illustratorの習熟度を取り戻すところからはじまる。
紙に書き溜めたラフイメージの中で、再現の簡単そうなものからデザイン化の作業をはじめてみる。
案の定一発目は、ご丁寧に模写をしたような陳腐なデザインで立ち止まってしまう。圧倒的にダサいことだけは分かるけど、何をどうすればいいか分からない状態。
ただ立ち止まっていても先には進まないので、そのまま放置して別の方向性のものをデザインしていく。
一通りのパターンをひとまずロゴ化したころには、操作の勘も取りかえしてきて作業スピードがあがってゆく。
作業スピードが上がるというのは、単に効率が良くなるということではない。頭でイメージするのと近いスピードで、ストレスなくアウトプットできるのは、クオリティの向上にも寄与する。
ところがそもそも、イメージを具現化するにはスキルが足りないことを痛感することとなる。そこでまずは、デザインを印刷して具体的な改善策を手書きで書き加えていってみる。
ある程度ゴールが見えた段階でまたパソコンに向き合い、手書きで施した改善を実現すべく方法を模索してゆく。
それを繰り返すうちに、少しずつ習熟度があがっていって、それと同時に完成度や表現の幅も広がってゆく。
言葉の世界でいうなら、語彙力といったところだろうか。
習熟度と完成度とは、互いに押し広げ合う関係でいる。完成を目指す心がなければ習熟度が上がることはなくて、充分な習熟を目指さなければ完成度が高まることもない。
illustratorの使い方を身につければ身につけるほど、新しいイメージが湧いてくるような気がしてそう思った。
サポートいただく度に、声をあげて喜びます。