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【小説】働き者のじいさん、あの世で捕まった。

「お盆に死者が帰ってくるというのは、本当なのかな……」
お盆休みを使って実家に帰ることになった葉月は、大阪から東京へ向かう新幹線の中、移り変わる景色を眺めながらつぶやいた。

身体がずっしりと重い。就職してから毎日働き詰めで、長期の休みは今回が初めてだ。

「おじいちゃんも、いつもこれだけ疲れていたのかな」

新年早々、葉月の祖父が亡くなった。
なかなか就職先が決まらない葉月のことを思い、祖父は就職祈願のために神社へと出かけ、その帰りに倒れてしまった。まだ70代になったばかりだった。

働き者で無理ばかりしていたため、それが寿命を縮める結果になったのだろう。
葉月は家族のためにがんばり続けた祖父を誇りに思っている。
しかし、それが早くに亡くなる原因となったことには深い悲しみを覚えていた。

「おじいちゃん、初盆だから……帰ってきてくれるかな」
「いや、お姉さんそれは無理やで?」

空席だった葉月の隣の席に、いつの間にか青年が座っていた。
20代後半くらいだろうか。髪の毛を金色に染め、溶けかけているドクロのプリントがされた黒のTシャツに、ダメージ加工のジーンズという格好。
「……無理って、どうしてですか?」
チャラそうな男とはあまり関わりたくない。
葉月はそう思ったが、隣の席である以上あまり無視はできない。それに、話の内容も気になる。
「(と言っても、どうせ「お盆に帰るとか作り話!」みたいなことだろうけれど)」

「あんたのじいさん、あの世で捕まってんねん」
「……は?」

あの世で捕まっている。
青年はそう告げたあと、「うーん」と言いながら新幹線の天井を見上げた。
天井というより、その先にあるなにかを見通すように、ずっと遠くを見つめている。

「ええか? よく聞きや? あんたのじいさんは働き者で、それが評価されてあの世でもええ場所に行ったんや。あんたら人間が天国とか極楽とか呼んどる場所やな。そこにおる」
「天国なのになんで捕まるのよ」
――バカらしい。
葉月はそう思いつつも、得体の知れない青年の話には興味がでてきた。なにせ、祖父の話題なのだ。バカげた話だったなら、実家に帰ったときの土産話として家族と笑い飛ばしてやりたい。

「あんな、あの世にも規則があるねん。そのひとつが『働いてはいけない』ってやつ。
あんたのじいさんが行ったところはな、のんびり遊んで暮していく場所や。それやのにあんたのじいさんときたら、何が何でも仕事を見つけて働きよるんや。俺らの仕事まで代わりにやろうとしよる。散々注意したけどやめんかったから、上司がブチ切れて牢屋行きや。まぁ、お盆明けたらすぐ出てこれるけど」

「俺らの仕事って?」
「あ、俺はあの世のお役所勤めやねん。あんたら人間が『鬼』って呼んどる存在に近いかな。人間と全然違う見た目しとるから、今日は目立たんようにそのへんの人間の格好をコピーしてきた。ドクロマークとか、あの世っぽくてええやろ?」

そのセンスはまったくわからなかったが、葉月はこの奇想天外な話を真面目にする青年がおかしくて、思わず笑ってしまった。
葉月の笑顔につられて、青年も目尻を下げてヘラヘラ笑う。ふたりはしばらく笑った。
「で、や。そういう事情であんたのじいさんが帰られへんから、じいさんからの伝言を俺が伝えにきたわけ」
「……伝言?」
「『就職おめでとう』。やって」

葉月は祖父の顔を思い出した。

就職試験に落ちるたび、祖父は葉月と一緒に泣いた。合格お守りを山ほど買ってきていた。葉月が無事に働けるよう、家族の中で人一倍強く願っていたのが祖父だった。
結局、葉月の就職先が決まったのは祖父が他界したあとだったため、祖父からお祝いの言葉をもらうことはなかった。

「おじいちゃん……」
あの世でも気にかけてくれていた。葉月はそのことがうれしくて、思わず泣いてしまいそうになる。
その様子を黙ってみていた青年は、「あー」「うーん……」などとつぶやき、少し気まずそうに目線を合わせず言葉を繋いだ。
「あのさー、これは俺からのアドバイスやねんけどー」
「……なに」
「あんま、働きすぎんのはよーないで? あんた頑張りすぎやろ。肌荒れとるし。美人台なし」
余計なお世話! と叫びたいところだったが、葉月は声がだせなかった。青年が真面目に話していることがわかっていたからだ。

「働き者なんはええことやで。せやけどな、働きすぎたらおもしろないことたくさんあるやん。心身壊したり友達と遊べなかったり。何ごともほどほどがええと思うねん」
ま、俺は仕事サボりすぎやけどなー! と笑いながら言う青年を見つめながら、葉月は青年の言葉を心のなかで何度も繰り返した。

働き者の祖父に憧れ、自分もたくさん働こうとしていた。
なかなか就職が決まらず、働けないことへの焦りが積もっていた。
だからこそ、いまの職場で頑張って、祖父に誇れる人間であろうと思った。

――まもなく東京、東京です。お降りのお客さまは……
「お、もう着くやんけ。ほな俺は行くわ。じいさんの伝言、確かに伝えたで!」
「え、ちょっと待っ」

隣の席に、青年はいなかった。
「なに……うそ……どこ行ったの」

青年がいたはずのシートに触れてみても、そこにぬくもりはなかった。先ほどまで誰かが座っていたとは思えない。

「ありが、とう」
誰も座っていない座席に向かって、葉月はそっとつぶやいた。そして、窓の外に目を向ける。

「……せっかくのお盆休みだし。温泉やマッサージにでも行っちゃおうかな!」

葉月の声に答えるように、青年と祖父が笑ったことを、葉月はなんとなく感じていた。

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