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気になった論文や記事2024年4月5日

3月31日から4月5日の間で気になった論文や記事を簡単に紹介。なお、私が先週気づいたということであって、先週公開されたとは限りません。


●カナダ人を狙ったイスラム恐怖症(Islamophobic)キャンペーン

DFRLabは、カナダ人を狙ったイスラム恐怖症を煽るキャンペーンを暴露した。

Inauthentic campaign amplifying Islamophobic content targeting Canadians
https://dfrlab.org/2024/03/28/inauthentic-campaign-amplifying-islamophobic-content-targeting-canadians/

United Citizens for Canada (UCC)というアカウントを増幅するSNSを横断する作戦で、フェイスブックで少なくとも50以上、インスタグラムで18以上、Xで100以上のアカウントを使い、カナダ人に向けて反イスラム的、イスラム嫌悪的なナラティブを拡散していた。
AI が生成したプロフィール写真を使用し、似たような返信やコメントを投稿していた。アカウント作成日も偏っていた。さらに、UCCのコンテンツをカナダのメディアやジャーナリストに注目させようとするためにUCCへのリンクつきリプライをしているアカウントもあった。

UCCはカナダからイスラムの脅威を排除するための組織で、X、フェイスブック、YouTubeアカウントを持っていたが、X以外のアカウントはすでに削除されている。

●ビッグテックの偽情報対策後退の状況が上院司法委員会で明らかに

アメリカの上院司法委員会でX、Snap、DiscordのCEOは trust and safety departments(SNSの安全かつ適性に保つ組織)の人員削減を明らかにした。

Big Tech companies reveal trust and safety cuts in disclosures to Senate Judiciary Committee
https://www.nbcnews.com/tech/tech-news/big-tech-companies-reveal-trust-safety-cuts-disclosures-senate-judicia-rcna145435

Xはイーロン・マスク買収前はこうしたチームに4,062人いたが、現在は2,300人になっている。Snapは2021年には3,051人が当該業務に従事していたが、2023年には2,226人に縮小された。Discordは2023年に90人のチームがあったが、現在は74名に削減されている。
Metaはまだ上院に報告していないが、削減している見込みだ。

アメリカでは最近偽情報対策が大幅に後退しているが、ビッグテックの人員削減はそれを反映しているようだ。

●アメリカの選挙でラテン系住民が影響工作のターゲットになっている

ロイタージャーナリズム研究所(Reuters Institute for the Study of Journalism)がアメリカの選挙においてスペイン語話者がデジタル影響工作のターゲットになっている様子を記事にしている。今年の選挙の投票権を持つラテン系住民は3,620万人でフロリダ、アリゾナ、ネバダ、ジョージアなどの選挙結果を左右する可能性がある。

AI, lies and conspiracy theories: How Latinos became a key target for misinformation in the US election
https://reutersinstitute.politics.ox.ac.uk/news/ai-lies-and-conspiracy-theories-how-latinos-become-key-target-misinformation-us-election

出身国によって異なるシナリオを用意してアプローチしている。マイアミにはベネズエラやキューバ出身者が多いため独裁政権や社会主義を恐れている。2020年の中間選挙ではトランプ陣営はベネズエラの大統領がバイデンを支持しているという虚偽の主張をYouTubeで繰り広げた。
アルゼンチン出身者にはインフレ、ラテンアメリカに多いカトリック教徒には中絶と出産の話題、ホンジュラス、ニカラグア、エクアドルなどには選挙の不正といった具合に使い分けている。
政党によるアプローチの違いもある。記事の中に登場する専門家によると、民主党は自党のネガティブな情報を隠し、よい面を誇張する傾向が強く、共和党は陰謀論に言及する傾向が強い。民主党は政治的インフルエンサーのグループに報酬を与えて利用し、共和党はインフルエンサーよりもボットネットや偽情報を使う傾向がある。

一般的にスペイン語の情報は英語よりも少ないため、確かな情報を見つけにくいこともあって、影響を与えやすい。また、多くのSNSは英語を中心に選挙対策を行っており、スペイン語に当てられるリソースは限られている。ちなみに英語圏のフェイスブック利用者は9%であるにもかかわらず、対策費の87%は英語圏に費やされている。

●SNSでは社会規範が過剰かつ歪められるという論文

SNSで頻繁に投稿する人々は極端であることがよくあり、Xの政治に関する投稿ではそうした10%程度の利用者の投稿が97%を占めるという研究結果もある。穏健で中庸な利用者の数は多くても多数の目立つ発言をするわけではないため、実際の利用者の分布とSNSを見た時の印象は大きく異なっている。

Xやフェイスブックでは怒りや敵意の感情を含んだ投稿が共有されやすいこともこれに拍車をかける。
さらに、多くの人はバズりやすい投稿と、バズるべき投稿では、バズりやすい投稿を共有する傾向がある。適したもの、あるべきものではなく、エンゲージメントが最大になる可能性の高い投稿を行う。
これらの要因によって、規範は歪められ、過剰になってゆく。

Inside the Funhouse Mirror Factory: How Social Media Distorts Perceptions of Norms
https://doi.org/10.31234/osf.io/kgcrq

●RedditのNYCinfluencersnarkで肥大するインフルエンサーに関する実態がわかる

インフルエンサーが推薦する商品を買う人は増加し、インフルエンサーを活用する企業も増加している。インフルエンサーに資金やさまざまな便宜を提供してPRしてもらうために商品の提供はもちろん、専用クレジットカードを提供することもある。そしてインフルエンサーも人間であり、その行動原理や倫理的なラインはそれぞれ異なっている。安易に紹介の言葉を信じると痛い目に遭うこともある。

そういう時に参考になるのが、RedditのNYCinfluencersnarkやLAinfluencersnarkなどだ。10万人近いコミュニティとなっており、インフルエンサーに関するさまざまな実態が書き込まれている。もちろん、それをそのまま信用するわけにはいかないが、参考にはなるし、インフルエンサーの過去の行動や発言を知ることができるのも助かる。

The Reddit pages that investigate influencers
https://www.cjr.org/analysis/reddit-snark-pages-influencers.php

●ACLEDの2024年選挙クライシス・モニターが始まっていた

今さらなのだが、2021年のアメリカ蓮歩議事堂襲撃を予想したACLEDが2024年選挙のクライシス・モニターを始めていた。下記は3月のレポート。

Will Past US Election Turbulence Strike Again in 2024?
https://acleddata.com/2024/03/14/will-past-us-election-turbulence-strike-again-in-2024/

●モスクワのテロ事件に対するロシア、ドイツ、イタリアの親ロシア派の反応

DFRLabは、ロシアのモスクワで起きたテロ事件に対するモスクワのテロ事件に対するロシア語、ドイツ語、イタリア語による親ロシア派からの反応を調査した。

Pro-Kremlin responses to the Moscow terrorist attack in Russia, Germany and Italy
https://www.isdglobal.org/digital_dispatches/pro-kremlin-responses-to-the-moscow-terrorist-attack-in-russia-germany-and-italy/

2022年2月のウクライナへの本格的な侵攻以来、ドイツは親ロシアのプロパガンダの標的となっており、イタリアの極右勢力も同時期からロシアの立場との連携を強めている。

共通した反応は、まずISの犯行を否定し、ウクライナまたは西側諸国の諜報機関がこの攻撃に関与している。テロの実行者はISメンバーではなく、ISに映像を送って報酬を得ていた。というものだ。

・ロシアではプーチンを始めとする高官がこの主張を繰り返し、SNSにも投稿していた。RTシモニャン編集長は、3月24日の番組で、この攻撃は「偽旗作戦」だと主張し、その後、動画をテレグラム、VK、RuTube で公開した。
番組のキャスターはアメリカがISの背後にいると言いだし、トランプが「オバマがISを作った」と発言している動画を紹介した。

・ドイツではロシアのプロパガンダメディアRT DEロシアの主張を支持する記事やSNS投稿を行った。中にはウクライナのSBUが関与していたと指摘するものもあった。フェイスブックにはRT DEがロシアのプロパガンダメディアRIAの記事の翻訳を公開し。イギリスの諜報機関が今回のテロの首謀者だとした。これらの主張はドイツ語のTelegramチャンネルやTik Tokでも共有された。
ドイツ語の親ロシアTelegramチャンネルはこうした親ロシアの発言が拡散し、インフルエンサーのアリーナ・リップはロシア語の親ロシアチャンネルの発言を翻訳して紹介した。そこには犯人はイスラム教とではなく、ウクライナのSBUに雇われていたという主張の動画もあった。
ドイツ語の主要紙のなりすまし=ドッペルゲンガーも登場して、こうした主張を拡散した。

・イタリアの極右勢力はロシアとの連携を強めており、プーチンのウクライナ侵攻を支持している。この同盟関係はVK上でも広がっており、イタリアの極右グループや反体制グループは、紛争に関する親ロシア派のナラティブを積極的に宣伝している。Xもまたイタリアの親ロシア派の活動する舞台となっている。

●ブルガリアの反ウクライナ・反西側シナリオ 3つのTelegramチャンネル

ロシアが運営するTelegramチャンネルは、ブルガリアにデマを拡散し、さらに親ロシア派のチャンネルが増幅することで、より多くの視聴者にリーチしている。すでにブルガリアではこの影響工作によって分断と対立が起きているという
DFRLabは、ブルガリアのクレムリンまたはクレムリンとつながりのある団体が運営する3つのチャンネルを特定した。3つはブルガリアのロシア大使館、ソフィアのロシアンハウス、戦略文化財団(ロシアのプロキシ)だった。

Kremlin-linked Telegram channels seed anti-Ukraine and anti-West narratives in Bulgaria
https://dfrlab.org/2024/04/03/kremlin-linked-telegram-channels-bulgaria/

ただし、それは23ある親ロシアチャンネルの一部にすぎず、3以外のチャンネルは親ロシアと明記していないものだった。これらのチャンネルは相互に発言を増幅し合い、反NATO、反ウクライナ、国内政策、動員要請などについてクロスポストしていた。

●3月31日から4月5日の必読記事

デジタル影響工作について短時間に概略を理解できる貴重な資料
https://note.com/ichi_twnovel/n/nd06496430065

誤・偽情報についての研究がきわめて偏っていたことを検証した論文
https://note.com/ichi_twnovel/n/n3f673e3d2b3e

アメリカ人をターゲットにした中国のSpamouflage新手法
https://note.com/ichi_twnovel/n/ne02a2d2c31d1

●自著宣伝

「天才ハッカー安部響子と5分間の相棒」(集英社文庫、2015年)
書いた小説の中では一番売れた。「生き方を選べない」人間の職業=ハッカーとなった安部響子と、主人公はラスクがきっかけで5分間の相棒になる。
5分間とはコミュ障の安部響子が会話できる限界。それ以上はいったん休まない無理。
ただのサラリーマンだった主人公はいつの間にかハッカーグループの「ラスク」に巻き込まれてゆく。そのふたりを最凶のサイバー警察官吉沢が執拗に追いかける。
最後にあっと驚くどんでん返し。
今読んでも古くない……と思う。

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