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偽・誤情報研究の基本的な課題に焦点を当てた論文を読んだ 因果推論と認知科学

●論文の概要

Communications Psychologyに掲載された「Thinking clearly about misinformation.」(Commun Psychol 2, 4 (2024). https://doi.org/10.1038/s44271-023-00054-5)を読んだ。偽・誤情報について、さまざまな調査研究が行われてきたが、その因果関係について広く共有できる知見があるわけではない。なお、この論文では誤情報に意図的に拡散する誤った情報いわゆる偽情報も含んでいる。
格差や分極化やポピュリズムの台頭などといった社会的な背景や制度への不信に起因しており、誤情報はそれに起因しているという見方もある。誤情報がその原因になっているという見方もできる。さらに相互に影響を与え合っているという見方もある。また、誤情報のテーマ、種類、深さによっても影響は異なってくる。
さらにこの論文では因果ダイアグラムを使い、RCTを用いたデータ解析において発生する要因の見落としを指摘している。
一連のこうした指摘を行い、提言として下記の3つをあげている。

1.誤情報研究において、焦点を移すことを提案している。たとえば、参加者に多数の真と偽の主張(短文)を見せて、その結果を評価するアプローチはよく行われている。しかし、長文記事や動画などの効果の評価はできない。大量の長文記事や動画を評価してもらうことが難しいことから短文ですませているが、評価しているのは長文記事や動画をのぞいたものとなる。ひらたく言うと、「街灯の下で鍵を探す」ということですかね。「街灯の下で鍵を探す」というのは下記の寓話から来た戒めで、実現できるから、やりやすいからという理由で手法を選択する誤りをさしている。

夜にある男が街灯の下で鍵を探していた。通りすがりの人が手伝ったが、いっこうに見つからない。「どこで鍵を落としたんですか?」と訊ねたところ男は離れた暗がりを指さし、「あそこで落としたのですが、暗くて見えないので明るいここで探しています」と答えた。

2.因果推論のアプローチを強化すべき。現在のアプローチは現実的な選択肢にとらわれており、より多くの要因を取り込めないでいる。たとえば多くの研究は西洋を前提に行われており、一般化できるかどうかは検証されていない。因果推論のアプローチを強化することによって、より包括的なアプローチを取ることができる。因果推論によって、観察や実験不能なものを可能なものに変換したり、特定の要因の影響を排除したりする方法を導くことができる。

3.認知科学の知見やアプローチを利用することで、統合的な説明を可能にする。たとえば社会レベルのナラティブと個人レベルのナラティブの調査や、意志決定に関する認知モデルを利用して観察不能な影響評価に役立てるなどが考えられる。

●感想

因果推論によって、現状の偽・誤情報解析の多くに限界があることを整理したいと考えていたので、とても参考になった。一般化した因果モデルを作れるような気がしたが、この論文では一定の条件下での一般化した因果ダイアグラムを用いて解説していた。別になんにでも当てはまるように一般化する必要はなく、特定の条件下で問題があることを指摘するだけで充分なのであった。なるほど。

この論文は具体的かつじゃっかんテクニカルな話が中心になっているが、すごくおおざっぱに言うと、すでに下記の記事でご紹介した論考のように包括的なアプローチが必要ということだろう。この論文は、そのための具体的なアプローチを提案したと考えてよさそうだ。

最近の論考で指摘されたデジタル影響工作研究の課題(https://note.com/ichi_twnovel/n/n639804728652)

偽情報やデジタル影響工作対策が空振りな理由をAlicia Wanlessが手短に解説(https://note.com/ichi_twnovel/n/n03b5dce3d823)

ちなみにここでよくない例としてあげられていたたくさんの短文の真偽判定をさせる研究。日本ではリテラシー向上が偽・誤情報対策に効果があるという根拠として引用される「わが国における偽・誤情報の実態の把握と社会的対処の検討」(国際大学グローバル・コミュニケーション・センター、2022年4月13日、https://www.glocom.ac.jp/activities/project/7759)では少数(6個で全て偽)の短文を示し、その真偽判定の正解数で真偽判定能力を測定していた。今回、紹介した論文に書かれていた大量の真偽の短文の判定よりもさらに簡易なものとなっており、課題は多い。くわしくはこちら

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