見出し画像

『知能化戦争』はAI戦争時代の『超限戦』だった

『中国軍人が観る「人に優しい」新たな戦争 知能化戦争』(龐宏亮、五月書房新社、2022年4月21日)を拝読した。
『超限戦』は中国の戦争に対する考え方を知る材料あるいはハイブリッド戦より以前からあった新しいタイプの戦争についての本であり、戦略論の古典のひとつにもあげられている。日本では長らく『超限戦』が絶版になっていたが、私が角川の担当者に強く復刊をすすめた甲斐があって入手しやすい新書での刊行となった。そのへんの経緯はこちら 。お礼というわけではないだろうけど、書評の寄稿も依頼された。同書はロングセラーとなっている。書評はこちら

前置きが長くなったが、『知能化戦争』は『超限戦』にも匹敵するくらいの内容になっている。AIの兵器理由はさまざまな面で戦争のあり方を変えるが、その変化はほとんどの人が想像しているよりも広範で根本的なものだ。戦争そのものの概念が変わると言っても過言ではないだろう。本書では戦争の歴史をひもとき、自律型AI兵器(本書では知能化兵器)が戦略から軍の組織、個別の兵器にいたるまであらゆるところに変化がおよぶことを解説している。そのすべて概要レベルでも紹介するのは困難だが、とりあえず私が衝撃を受けた箇所を中心に紹介したい。すでに読んでいる人にとっては遅れてるって感じだと思うけど。

●戦争の形態は主戦兵器の技術とともに変化してきた

まず本書では戦争の歴史を整理し、戦争形態の変化に注目し、これまでに八度の進化を経ていると指摘する。青銅製兵器戦争、古代戦車戦争、鉄製兵器戦争、騎兵戦争、火薬兵器戦争、旋条兵器戦争、機械化戦争、情報化戦争であり、現在は9番目の戦争形態である知能化戦争へ移行しつつある。
戦争形態の進化は主戦兵器の技術、つまり主導的軍事技術(群)の交代を中心とした戦争システムの交代として現れる。
主導的軍事技術(群)となりうるもののは条件はいくつかある。
・主要技術やそれを支える関連技術がブレイクスルーを超えており、広く普及するための技術的条件が整っている
・分野横断的な汎用技術となり、人間活動のさまざまな局面で利用される
・経済効率や必要ろする資源などの条件がよい

戦争形態交代の周期はだんだん短くなり、現在は50年前後だという。前回の交代を象徴する戦争は1991年の湾岸戦争だった。少なくともその前に交代が起きていたと考えると、2030年までには交代が終わり、本格的な知能化戦争の時代に突入していることになる。あと10年もないわけだ。
当然だが、交代ということは情報化が終焉を迎えることを意味している。本書では、戦場だけでなく社会活動や経済活動においても情報化がピークを迎えていることを数々の事例をあげて論証してゆく。ひとつひとつあげているときりがないので割愛するが、本書を読んでいただくと情報化が終焉を迎えているということがよくわかる。ちなみに著者は情報化と知能化を異なるものとして区別している。人間なしに自律的に活動できる知能化兵器を用いた戦いと、常に人間を必要とする情報化は本質的に異なる。

●知能化戦争の時代

知能化兵器の優位性は、人間の能力を超えたデータ分析やアセスメント、意思決定、反応速度と、人類の肉体と生理、心理の制約を受けずに攻撃を持続できることにある。具体的には以下だ。

・戦術能力、機動力の高さ。人による直接操作がなくなったおかげでハード、ソフトの制約がなくなった。
・兵器のサイズや自律性の高さのおかげで知能化無人兵器はあらゆる防護を突破できる可能性がある。
・人間の直接操作がないこと、軽量化できることなどの要因により、超長時間の行動を継続できる。兵器の連続稼働時間の単位が「時間」から「日」になったのは人類の歴史において初めてのことだという。
・命令へのほぼ完全な服従と遂行
・訓練時間の短縮化。自律型の場合、オペレーターが詳細な操作方法を知る必要がない。インターオペラビリティを高めることも可能となる。また、多数の兵器をひとりのオペレーターが担当するのも容易になる。
・コストの低さ。従来の兵器に比較するときわめて低コストである。

知能化戦争とは、知能化兵器を中心にした戦闘であり、陸上、海上、空中、宇宙、ネットワーク、電磁波空間および認知領域で遂行される一体化された戦争と言える。(*注 ここで認知領域が入っているのは他の箇所と矛盾する)
本格的な知能化戦争において、歴史上人間は初めて戦争の外にいることになる。実際に戦争を遂行するのは基本的に知能化兵器であって、人間は判断し、指令を行うだけになる。自律型の知能化兵器は、プログラムや設定が不要であり、任務を与えさえすればあとは自律的に他のプラットフォームと協力し、戦術を選択し、タイミングを見計らって攻撃する。
そのため従来の兵器と異なり、ひとりのオペレーターが複数の兵器を同時に使用することが可能になる。目標と’基本的な指示を与えればあとは知能化兵器が自律的に実行してくれる。
我々は、「人間が主体となる戦争」と「知能化兵器が主体となる戦争」の分水嶺におり、10年以内に後者になる。

●知能化戦争の特徴

知能化戦争は戦闘に変化をもたらすが、その変化はそこに留まらず社会全体に広がる。たとえば、知能化戦争によって政治的コストが大幅に軽減される。戦場で戦うのが知能化兵器である以上、人間が死ぬことはほとんどない。また、兵器のコストも大幅に下がる。そのため国家は戦争世論を気にせず戦争を制御できるようになる。逆に死傷者をひとりも出さないことが政治家へのプレッシャーとなり、戦場に人間を送らないインセンティブがさらに高まる。(*注 人は死ななくなるというのはあくまでも攻撃側の話だと思う)
兵器の研究開発は、「兵器の知能化」から「知能の兵器化」へと進化する。ハードウェアは知能の運搬係となる。

著者はクラウゼヴィッツは、「戦争は客観的性質から見ても、主観的性質から見ても、ギャンブルに似ている」という言葉を引用し、莫大なデータをリアルタイムで入手可能で知能化兵器が判断を支援してくれる知能化戦争ではこの言葉はもはや成り立たないと指摘する。そして、知能化戦争においては、データこそが戦略的な資源であり、決め手になると強調する。

知能化戦争は軍のあり方を大きく変える。現在、存在する兵種や軍種は融合され、オペレーターブロックと兵器装備ブロックのふたつになる。人員の比率も大きく変わる。ひとりがひとつの兵器を操作するかつての時代とは異なり、多数の兵器をひとりのオペレーターが操るようになるためだ。
オペレーターは固有の兵器を持たず、必要に応じて知能化兵器ユニットを組み合わせて使用する。兵器装備の配備は予測に基づいて行われ、原則としてすべてが事前に用意されている形になる。
情報化はフラットな組織構造をもたらしたが、知能化戦争はさらにフラットな構造をもたらす。
(*注 言葉で言うと簡単だが、具体的には現在の軍の組織のほぼ完全な解体と作り直しになりそうな気がする。この変化に短期間で対応できる国は限られそうだ。もっとも国家存亡の課題なのだから、意外と各国迅速に対応するのかもしれない。日本は送れそうだけど)

ただし、テロや認知戦など非正規の戦いでは知能化兵器も効果的な対応が難しい。これらが主に政治的な脅威であることがその原因となっている。また、核戦力、戦略的サイバー戦力、宇宙戦力も同様に知能化兵器が効果的を発揮しないとしている。
そこで著者は、2つの部隊が必要になると説明する。正規の戦争を担当する攻撃部隊と、非正規の戦闘を担当する統制(安定化)部隊である。知能化兵器は主として前者で成果をあげる。

以上、ほんとうに概要の概要の個人的ハイライトをご紹介した。本書にはもっとたくさんのことが書かれており、関心領域によって参考になる箇所も異なるはずだ。関心を持った方はぜひ読むことをおすすめする。なんといってもこれはこのnoteにしては珍しく日本語の本なのだ。

感想や気になった点はのちほど書きたい。

好評発売中!
『ネット世論操作とデジタル影響工作:「見えざる手」を可視化する』(原書房)
『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)
『フェイクニュース 戦略的戦争兵器』(角川新書)
『犯罪「事前」捜査』(角川新書)<政府機関が利用する民間企業製のスパイウェアについて解説。

本noteではサポートを受け付けております。よろしくお願いいたします。