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Kアイドルの哀しみを感じた日

ichie~ 甥っ子が日本でコンサートすることになってね。
行こうと思ってるんだけど、一緒にどう?

 コロナ前の話。親しくしている韓国人オンニ(年上女友達の呼称)からの誘いだった。彼女の甥っ子(以下O君とする、イニシャルではない)さんが、とあるKPOPグループの一員としてデビューしたという話は聞いていた。その時は、芸能界云々に疎い私の琴線にピンと響くことなく「そう言えば『甥っ子がダンスが上手くてね』なんて話をしていたな」というぐらいの感想であった。しかし、海外でコンサートするぐらいBIGなんだと思いビックリした。

 私という人間。元々「アイドル」には全くと言っていいほど興味がなかった。学生時代、周りが「光GENJI」や「スマップ」など何かしらのアイドルに浮かれていた中、ひとり洋楽にハマっていた。コンサートには興味がなかったが、オンニと旅行できるという楽しみでOKした。

 コンサート会場は首都圏。宿泊場所を予約したり、行程を考えたり、オンニをどこに連れて行こうか悩んだりしているうちに、日本行の日が来た。

 コンサート当日、複雑な首都圏の電車事情に苦労しながらも会場に到着。キャピキャピした若い子たちの中に、オバちゃん二人。明らかに浮いてるなあと感じつつ、席のある場所を探す。
 ふと、オンニが、前を歩く若い女性に、韓国語で声をかけた。声をかけられた女性はコチラを向き一言。
「おばちゃん来たのね^^」彼女は姪っ子。すなわちO君の姉である。

 こじゃれた身なりをしている彼女もまた、弟のコンサートに来ていた。二言、三言の会話の後、忙し気に去っていく姪っ子の後ろ姿を眺めながら、オンニがため息をつく。
「あの子も変わったよね」
「そうなの?」
「甥っ子が有名になってから、あの子もお父さんもお母さんもみんな変わっちゃった。」
そう呟くオンニの横顔は、明らかに憂いている表情だった。

 人波を作るファンたちの熱気に当てられ、ボッーとなりながら、ようやく席を探し当てた。そこは、主に家族や知人が利用できるVIP席だった。
 ステージを楽に見渡せる特等席。すぐ後ろを見ると、眼をギラギラさせた女の子たちの視線を感じる。
「私までVIP席いいの?」ドギマギしながら、オンニに囁いた。
「いいの。いいの。」とペンライトを渡してくれるオンニ。
人生初。この歳にして、アイドルのコンサートに参戦できるとは!!

 コンサート直前、会場の空気ががピンと張りつめる頃、私たちの席の前に、慌ただしく入り込むオバちゃんオジちゃん集団の姿があった。
「あの人達って、家族?」オンニに訊いた。
「そうだよ、あの中に姉(O君の母)もいるよ。」
 グループメンバーの親御さん集団。週末ということもあり、日本旅行も兼ねて、空路はるばる来たんだろうか。

 先日、オンニから聞いた話をふと思いだした。グループの他のメンバーの親御さんの中には、仕事を辞めた人がいるという。他にも複雑な家庭環境にいるメンバーの話などもしてくれた。
 「仕事を辞める」という選択肢については納得できる。自分の稼ぎよりも息子の稼ぎの方が遥かにXが大きいとなれば、それを元手に投資や事業する方が合理的であるだろう。

 だが、オンニの話の目的地はそこではなかった。華々しい成功を得た甥っ子のことが心配でならないというのだ。コンサートが始まる。「アイドルなんて少しイケメンで、ダンスや歌が人並以上なら務まるものだろう」という私の先入観はすぐさま払拭された。

 歌、ダンスはもちろんだが、大きい空間を利用し、魅せる演出の完璧さ。流ちょうな日本語に、話術の巧みさ。どれをとっても高度だ。指導ありきだろうが、それを消化するのは容易なことではないはず。神より授かりし歌唱力、体力、知力だけではない、このステージは彼らの血のにじむような努力の結晶だ

 それを、いとも涼し気顔でやり遂げる彼らと、彼らを応援する親御さん集団。私の席からは、親子の姿が重なり合うように見えた。

 その瞬間、オンニの憂いが分かるような気がして、何とも形容し難い心苦しさを感じたあの子たちは、その若さで、大黒柱として自分の家族と関係者を養っている。プライベートも犠牲にしながらのイメージ作りとファンサービスも怠らないんだろう。
 果たして彼らは、その重圧に潰されてはいないだろうか?メンタルを管理できているんだろうか?熱気最高潮なコンサート中、こんなこと考えてしまうとは、酸いも甘いも経験してきた歳のせいだろう。

 大盛況の内、コンサートは終わった。興奮冷めやらぬファンたちの名残惜しさとは逆に、親御さん集団が、にわか立ち上がり会場を後にする
 そこで、こんな場面を目にした。数人の若い女の子たちが、親御さん集団を追っていき声をかけている。「〇〇君のお母さんですよね?」「〇〇君のお姉さんですよね?」そして、キレイに包装された何かを渡している。

「あれってプレゼント?」「っていうか、親が誰か、家族構成もわかってるわけ?」ビックリした。これがあの「追っかけ」ってやつなのか? 
 私の勤めていた大学にも、KPOPアイドルの追っかけ目的半分で留学していたという日本人学生がいた。彼女もこんなことをしていたんだろう。

 アイドル本人だけでなく、家族までチヤホヤされるんだな。なるほど、オンニの言う「O君の家族が変わってしまった」が腑に落ちた。息子のもたらす莫大な稼ぎと周りからの羨望こもった視線。人によっては、浮かれるだろうし、セレブ気どりで行動することだろう。

 今のとこ、帰りの電車は混みに混んでいる。日韓オバちゃん二人組。会場前の広場にしばし座り、人波ひくのを待っていた。
「O君すごいね。ダンスが上手いと聞いてたけど、声もいいし、歌も最高だったよ」オンニに率直な感想を述べた。

 オンニは微笑み、「でしょ?自慢の甥っ子よ」話を続ける。
「ちょっと心配になってね、甥っ子に訊いてみたのよ。。。。辛いこととか自分の親には言えないじゃない?『叔母ちゃんは、どこまでもあなたの味方なんだから、ツライことあれば話してね』って」
「それで?」
「はっきりとは言わないけど、たまには心労感じることあるんだって。そりゃそうだよね。カラダは大人だけど、まだまだ子供だよ、あの子。急に有名になっちゃって。。。。精神的についていけてないんだよ。そんな時には、精神科で処方してもらった薬を飲んだりしてるって。」たまに報道される芸能人の悲しい選択の結果も、このオンニを不安にさせる要因になってるのかもしれない。

「そっか、、、」それ以上、続ける言葉が思いつかなかった。
しかしだ。
「オンニ、O君って幸せだと思う。だって、親身になって心配してくれる叔母がいるってことは、すごく心強いことじゃない!」
 損得勘定抜きで自分のことを思ってくれる人がいる。これは、何よりのことだと思った。

 儒教色の強い韓国では、親を敬う「孝」を美徳とする人たちがとても多い。アイドルとして成功をおさめる韓国人青年たちの中にも、「考」を以てして、「心配をかけない」「親の望むことをしてあげる」こんな美しい心で接する人は多いにちがいない
 
 また、これも韓国の国民性だが、海外で活躍する韓国人は、何か「国の名誉」みたいなものも共にしょわされる。海外で認められれば、国の名誉であり誇らしいし、逆であれば「恥さらし者」となる。
 こんな背景も合わせ考えると、やはり海外で活躍するKアイドルの精神的な「重圧」たるや並々のものではないだろう。

 つい最近、韓国を代表するBIGなKPOPグループが、グループとしての活動を休止するというニュースが話題になっていた。
 それに対する反応は様々のようだが、一番悲しかったのは、彼らが「人」としてではなく「商品」としてでしか扱われていないという内容だった。彼らの属する事務所の株価が大きく値を下げたことでの韓国株式市場へ与える影響うんぬんなど。

 そんなこんな記事を眺めながら、あの時のオンニの憂いを思い出す。メンバーの中には、これまで通り活動したい子もいるだろうし、「自分」を取り戻し休みたい子もいると思う。いや、必ずいるはずだ。彼らには若い時にしかできないようなちょっとバカげたことも、プライベートもしっかり楽しんで休息してほしいと思う。

 その日、宿に戻った私たちは、人酔いしたせいか疲れ切ってしまい、泥のように眠ってしまった。

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