【短編】捧げさせてもくれない
どこにでもある一介の喫茶店。店員は男所帯で華がないから、美人や可愛い女の子が来店すると店内はにわかに浮き足立つ。
中でも今日一番奥の席を陣取っている女性は、モデルか女優かと噂されるほどのとびきりの美人だった。
ふんわりと波打つロングスカートから覗く足首は細く、夏らしく涼しげな白いシャツから伸びるすらりとした細腕は、アンニュイに頬杖をついた彼女によく似合う。
どこから見ても完璧なひと。
俺が彼女を厨房から眺めていると、他の奴らもな同じように彼女に視線を奪われているようで、ろくに仕事が手につかなくなる。
窓際の席に差し込む昼下がりの柔らかな日差しは、彼女を引き立てる背景のように長い睫毛に輝きを添えた。何もかもが彼女に魅了される時間だった。
しかし腕につけたピンクゴールドの時計をちらりと覗く仕草、窓から店の外に向けられた視線の動きから、どうやら人を待っているらしい。少し眺めていればすぐにわかる。
どうやらそのことには他の男性陣も気づいているようで、誰か一人くらいは声をかけるかと思いきや、みんながみんなまごついている。
そして考えている。こんなとびきりの美人の待ち人とは、どんないい男なのか。
海で良く焼けた小麦肌が似合うガタイのいい男か、はたまたモデルのような細身でイケメンの優男か。なんにしても羨ましくて仕方がない。
なんといって、男なら誰もが一度は目を奪われるような美しさなのだ。
気になって仕方がない、だが待てど暮らせど男は現れない。
俺は彼女が時々口に運ぶコーヒーが温くなっても現れない奴に、やがて憤りすら感じ始めた。こんな女性を一人にしておいたら、いつなん時ナンパされたって文句は言えないというのに。
客が少しずつ入れ替わるので惰性で働きつつも、彼女の様子を伺う。肌が陶器のように白くて美しい。
すっかり横顔に見とれていると、いつの間にかコーヒーは飲み干されていた。彼女は流れるような動作で伝票を取り、会計へ向かう。
あれ、と思った時にはすでに遅かった。彼女はキョトンとしている男どもを尻目に、何事もなかったかのように扉を開けて去っていく。さらりと綺麗な髪が揺れる余韻に酔わされながら、すっかり騙されたと気がつく。
やられた。あれが美人のやり口というやつなのか。
自分に自信のない男には声すらもかけさせない、鉄壁の高嶺の花はもう二度と現れないだろう。
彼女に見合う男になれない限り。
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