2.5次元ミュージカル論 そのビジネスモデルと物語体験の未来

 もうひとつの世界への憧れは、いつの時代にも存在する。それも、人間をおおいつくしている環境が、かれらにとって苦痛でればあるだけ、空しい現実への反撥はそのぶんはげしさを増す。

――荒俣宏『別世界通信』より


「キャラクター」とか「キャラ」といった言葉が日常的に使われるようになって久しい。もともとはフィクションのなかの登場人物に対して用いられていた「キャラ」概念がリアルの人間にもあたりまえに適用される時代になった。

 リアルに存在する人間が、どこまでマンガやアニメ、ゲームのキャラのように振る舞いうるのか――それを極限まで追求しているジャンルが2.5次元ミュージカルである。マンガ、アニメ、ゲームといった2次元のメディアでの人気作を原作とした舞台芸術(演劇やミュージカル)は、2010年代の日本を語るうえで、きわめて重要な存在である。

 演劇は、古代ギリシアの昔から、人間の悲喜こもごもを――「人間とは何か」を――描く芸術であり、娯楽であった。いつの時代も、その時代に生きる人々の人間観や規範意識、そして欲望/願望が刻印されてきた。演じる役者は生身の身体をもつものでありながら、生身の人間に負わせるには過大な期待と理想を、その時代、その社会に生きる観客から負わされてきた。

 観たことのない人間にとっては奇異に見えるかもしれない2.5次元ミュージカルは、しかし、観客たちの理想が投影され、役者はそれを全力で引き受けながら汗を流し、舞台から声を発するという、古来からつづく営みをうけついだものである。そのもっともあたらしいかたちなのである。

 2.5次元ミュージカル協会のパンフレットによれば、2013年にはマンガやアニメ、ゲームを原作とするミュージカルは約70公演160万人を動員したとされ、ここ数年、右肩上がりの成長を続けているという。

 とはいえ、抽象的な議論では、このジャンルがいまひとびとから求められており、多くの企業が参入している理由は見えてこない。

2.5次元ミュージカルはなぜ増えるのか。

 まずはマクロの統計から見たミュージカルやアニメビジネス市場の推移と、2.5次元ミュージカルの事業としての特徴(売上とコストの構造)から考えてみよう。

 あらゆるビジネスには、なかでも伸び調子にあるビジネスには、その時代のひとびとの欲望と知恵が集約され、注ぎ込まれている。経済を見ることは、人間の思考と渇望を読み解くことに等しい。

 そのあとすこし、2.5次元ビジネスの未来について、それが社会にどんな享楽をもたらしうるのかについて、展望してみたい。

 と言っても、僕は業界関係者でもなんでもない。MBAを持っているだけのサブカル系ライターである(MacbookAirではなくて経営学修士の方です、念のため)。

 2.5次元関係の観劇経験も、ハマっている友人の奥様からトリクルダウンでチケットがこぼれてきてテニミュを2度、ドルステを2度(プレゼント◇5と三日月とCHaCK-UPのDVDも観た)、ネルフェスを1度、ドリライを1度観たていどのまったくの「にわか」でしかない。

 あとは『マクロス』のファンクラブに入っているから「マクロス ザ・ミュージカルチャー」を観たり、坂本真綾さんのファンクラブに入っているので真綾さんが出ている『レ・ミゼラブル』や『ダディ・ロング・レッグス』は観た(2.5次元ではないが)。

 そんなものである。このためにとくべつ取材もしていない。

 基本的に新聞や雑誌、書籍、ネットのインタビューや上場企業のIRなど、オープンになっている情報から考察したものにすぎないことはお断りしておく。

 もちろん僕とて、カネのことばかり考えているわけではない。

 2.5次元ミュージカルにおける俳優とキャラの関係は、折口信夫が「大嘗祭の本儀」で言ってる歴代天皇の身体(器)と天皇霊(魂)の関係に近いのではないか、といった文化的な話だってしたいし、プレ5の「恋愛至上主義」についてミーハーに考えたりもしたい。だがここでは僕はあくまで経済的な面から、まずは迫っていってみたい。

■市場規模と各業界の思惑

・ミュージカル界の市場動向――マーケットは拡大していない

 ミュージカル界は80年代~90年代には、海外の有名カンパニーが多数公演を行い、国内カンパニーでも薔薇座や音楽座が新作をヒットさせた。

 それが2000年代に入ると不況のあおりを受けて大小を問わず来日公演、新作公演の数が減少した、とされている。近年ではどうか。

 演劇批評誌「シアターアーツ」42号(2010年春号)掲載の山口宏子「ミュージカル全盛と『カンダー&エッブ』」には以下のような分析がある。

 ミュージカルの人気が高い。

 産業としての演劇は、ミュージカルが支えているといっても言い過ぎではないだろう。

 数々の作品をロングランしている劇団四季はもちろん、東宝も、帝国劇場は今年は十二カ月すべてミュージカルを上演するし、シアタークリエもミュージカルが大半を占めている。大手のホリプロをはじめ、梅田芸術劇場、テレビ局の事業部門など、様々な演劇制作主体もミュージカルに積極的だ。

 観客が多いから公演が増え、出演機会に恵まれる。公演規模も大きいので、自然にスケールの大きさが求められ、注目されやすい。歌や踊りという基礎技術が必要だから、俳優自身にとっても努力する方向が見えやすい。ミュージカル俳優が成長する好循環ができているわけだ。

 演劇関係者の「実感」「肌感覚」はこうしたものなのだろう。

 ではマクロの統計で見た場合に、そもそも2.5次元に限らずミュージカルの市場規模はどれくらいか。

「レジャー白書2014」では「ミュージカルは不振であった。ここ数年は「劇団四季」の売上高が前縁を下回る状況が続いている。新しいチャレンジはあるが、ロングランになるようなヒット作に成長していない」としている。

 同白書ではミュージカルも含む演劇市場の規模を2013年では1020億円(前年比1.9%ダウン)としており、これは1991年の調査以来最低規模である(最大は2009年の1400億円)。

 これは「音楽会」市場という前時代的なネーミングでひとくくりになっているライブ市場が2013年に3060億円で前年比25.4%増で過去最高規模に成長したことと対照的だ。

 他の資料も参照してみよう。

「デジタルコンテンツ白書2014」に引用されているぴあ総研調べの「国内コンサート入場料収入」は2471億円で過去最高を記録し、2010年代に入ってからは動員数も売上高も右肩成長を続けているという。

 一方で、ミュージカルや演劇、歌舞伎/能/狂言、お笑い/寄席・演芸、バレエ/ダンス、パフォーマンスほかからなる「ステージ」市場は1371億円で、逆にここ数年微減を続けている。

 なかでもミュージカル市場は2013年は472億円で前年比13.2%減。なお、2008年には672億円だった。

 ステージ市場の中ではミュージカルは最大のものであり、演劇が次いで367億円、歌舞伎/能/狂言が216億円だから「ミュージカルの人気が高い」のは間違ってはいない。

 だが勢いが増しているとは、マクロの数字からは言えない。

 デジタルで複製できるコンテンツ(なかでも配信系ではなくパッケージビジネス)は頭打ちだが、体験をウリにするライブエンタテインメント事業は好調だ、と昨今よく言われている。

 にもかかわらず、ミュージカル全体で見た場合、ここ数年のマーケット規模は横ばいか微減。

 あえて言えば、ひとびとがお金を落とすエンタメが「パッケージから体験へ」と転換している潮流にもかかわらず、規模拡大に成功できていないのが、ミュージカルジャンル総体における課題ではないかと思われる。

 ジャンル全体では、時代の流れとズレがあるのだ。

・アニメビジネスの市場動向――配信とパチとライブエンタメばかり伸びている

 こんどはアニメビジネスサイドが2.5次元ミュージカルへ熱い視線を注ぐ理由について考えてみよう。

 一般社団法人日本動画協会による「アニメ産業レポート2014」によれば、アニソンライブや2.5次元ミュージカル、ライブビューイングなどを合わせたアニメ関係のライブエンタテインメント市場は2013年で288億円と推計している(これは年間の公演本数×平均客単価から類推されたもの。物販などグッズ売上は含まれていないし、実態が不明瞭なため試算もされていない)。

 そのほかのアニメ関連ビジネスの多く――円盤や楽曲、海外での売上などは、横ばいか微減・微増を繰り返している。

 堅調に成長を続けているのは13年には340億円になった配信、遊興(パチンコ・パチスロ映像制作・分配収入)116億円、制作本数も観客数も近年伸び調子である映画(470億円)くらいのものだ。

 ただ映画の年間売上は、スタジオジブリの新作長編の動員数=興行成績に大きく左右される面もある。

 伸び基調か停滞気味かというトレンドだけでなく、マーケットの規模で見ても、アニメ音楽市場(CD売上。ライブは含まれていない)は13年で246.7億円だから、パッケージよりもライブエンタテインメントの方がすでに売上規模は大きい。

 ライブエンタメ市場288億円の内訳を見ても、アニソンライブ約60億円に対し、アニメミュージカルは約128億円とセグメント内で最大だ。

 サブカルのなかでは体験型エンタメは好調であり、なかでも2.5次元ミュージカルは非常に存在感が大きくなっているのである。

・2.5次元は、ミュージカル界&アニメ界から見て貴重な成長セグメント

 ミュージカル市場は劇団四季、宝塚歌劇団劇団、東宝ミュージカルの3強が同セグメントの売上の8割を占めるとされている。

 仮にアニミュ128億円が本当だとすると、472億円市場のミュージカルセグメントの中で3割近い売上になってしまい、計算が合わない。

 年間160万人動員で市場規模128億円とは、客単価8000円で試算していることになる。

 最大手のテニミュが5800円(3rdシーズンの場合)、ペダステ(『弱虫ペダル』の舞台)6800円だからこれは高く見積もりすぎで、せいぜい90億円から100億円のあいだくらいではないか。

 もっとも、たとえ90億円だとしてもミュージカル市場の2割を占めるほど伸びている&規模が大きくなったジャンルではある(しかも、この数字に物販売上は含まれていない)。

 また、アニメビジネス/アニメ音楽ビジネスとして見た場合にも、有望な成長ジャンルである。

 マクロのトレンドから見るなら、ここに期待しない理由がない。

 これが2.5次元ミュージカルが増える背景のひとつである。

 むろん、これだけでは「マーケットが伸びているから数が増える」と言っているだけだ。

 循環論法というか、ニワトリが先かタマゴが先かという問いに答えていない。

 ただ、「流行っていると聞きつけて参入者が増えた結果マーケットがますます活性化する」のはよくあることだ。これも間違ってはいない。

 とはいえ、もっとミクロのエコノミクスについて見なければならない。


■ミクロのエコノミクス――「売上―費用」をブレークダウンすると見える特異性

 いくらマクロで伸びていると言っても「おいしい市場」「儲かる」とみなされなければ積極的な投資対象にはなりえない。

 たとえば世界の人口が増えているからといって「人間の数が増えば食品需要が増える。だから食べもの関連のビジネスをやろう」という発想だけで商売はできない。

 儲かるかどうかを判断するには、マクロのトレンドだけでなく、事業として投資の費用対効果が大きいか(return on investment=ROI。ようするにコスパ)がいいか、利益率がいいか利幅の金額が大きいか、既存事業とシナジーあるか等々をふつう考える。

 そのあたりをみてみよう。

・売上とコストの構造を分解する

 どんな事業であれ「売上-費用=利益」である。

 売上と費用に分解してみると、2.5次元ミュージカルの「売上」は

①公演チケット

②ライブビューイング

③円盤(DVD)

④グッズ

に。「費用」は

①脚本・音楽・演出・舞台美術等にかかるコンテンツ制作費

②施設使用料その他設備費

③役者および運営スタッフの人件費(役者は①に入れるべきかもしれない。キャストを原価とみなすかみなさないかは会計上の考え方次第)

④原作使用料(ライセンスフィー)

⑤プロモーション費用

⑥その他興行費用もろもろ

で、おおよそ構成されていると思われる。

・売上の特徴は何か?――「座席数×客単価×公演数」+αのアップサイドがでかい

 ほかのミュージカルと比較しながら、まずは「売上」の項目からひとつずつ見ていこう。

①興行チケットの売上=座席数×客単価×公演数

である。

 これはほかのミュージカルや演劇と変わるところはない。

 むしろ客単価は劇団四季や宝塚、東宝と比べれば安い――正確には「安かった」。

『黒執事』などは8500円するし、最近ではパンフ付きで9000円とか一万円するのも多いから大差ない。

 しかし、そもそもは2.5次元ミュージカルのゴッドファーザーである片岡義朗(マーベラスやドワンゴなどでアニメと舞台のプロデューサーを務めた。現コントラ代表)が8000円とか1万円以上するのが当たり前であった日本のミュージカルのプライシングに疑問を持ち、5600円に下げた――観劇の敷居を低くし、若年層も来られるようにしたことがマーケット拡大の起爆剤になったことを忘れてはならない。

 余談ながら片岡の「年齢が低い人間(≒可処分所得が少ない人間)でも気軽に来られるようなミュージカルを作る」という思想は、『テニミュ』を成功させたのちマーベラスからドワンゴに移籍してニコニコミュージカルを立ちあげ、こんどは中学生でもネットチケット1500円~2000円でニコニコ生放送で安く、遠隔地にいる人間でも自宅で観劇できるようにしたことを見ても一貫している(ただしたとえばボカロ曲を原作にしたミュージカル『千本桜』のリアルチケットは6800円した)。

 閑話休題。

 いずれにしろ2.5次元ミュージカルは業界の相場よりも安く設定することが多い(多かった)から、チケットから得られる収入はほうっておけば3次元ミュージカルより下がる――座席数か公演数を増やさないかぎりは。

 これまでは順調に座席の空席率を下げ客席をいっぱいにし、「公演数」を増やすことで売上を伸ばしてきた。

 ただし、アイドルをはじめとするほかのライブエンタメの盛り上がりもあり、2015年現在すでに会場不足は深刻である――公演数増大のボトルネックが生じている。

 さらに2020年の東京オリンピックに備えて多くのコンサート会場が改築に入り、会場不足がピークになると予想されている(いわゆる「ライブ会場2016年の変」)。

 この物理的な限界を前にして公演数をいかに増やすか?

 これがこのビジネスをさらにスケールさせようとした場合には、キモになる。

 昨今の2.5次元ミュージカルの積極的な海外進出は、クールジャパン戦略云々以前に、国内会場のキャパは限界だが海外ではまだやれる場所がある(公演数を増やせる)ことも期待しての動きではないかと個人的には推察している。次に

②ライブビューイング

だが、テニミュをはじめ、2.5次元ミュージカルの中継はアニソンライブと並んですでに一般的だ。

 日本映画制作者連盟調べによると2013年には録画系を除く中継コンテンツだけで総売上33億円(前年比62%増)、14年には50億円を上回る見込みだという。

 ①で挙げた公演数上限問題を吸収する施策のひとつとして、公演の回数は増やせないが1公演あたり座席数をライブビューイングで増やすことを考える事業者も多いだろう。

 むろんライブビューイングは、会場でナマで観る体験とは違う。

 しかし、良い意味では違った楽しみを提供している。

 私も2014年にテニミュ2ndシーズン「全国大会 青学vs.立海」の千秋楽を新宿の映画館バルトナインでライブビューイングした経験がある。

 中継ではどうしてもカメラが特定人物にスポットを当てるため、リアルでの観劇のようにステージ全体を見渡すことはできない。好きなキャラ/役者の一挙手一投足を舐めるように追うことは、当然できない。

 半面、寄りになったときに「ああ、こんな表情するんだ」という、会場で観た場合とは違った発見がある。

 大スクリーンでアップになった跡部様に罵られる、といったことも、会場ではほとんど不可能な体験でもある。

 また、千秋楽ということもあって卒業するメンバーを想って泣いている観客もたくさんいた。

 たとえ画面越しといえど会場と中継先が、そして中継先の映画館の空気が一体になっているように感じられた。

 集団による情動の伝染、感動の連鎖の体験は、家でひとりでDVDを観ても起こりえない。ライブビューイングはこうした強みを活かして、今後も拡大するだろう。

③円盤

だが、テニミュはDVDも売れる(Blu-rayは過去に発売したら300枚くらいしか売れなかったそうだが)。

 マーベラスの音楽映像事業内のDVD売上の15%強を占めているとも言われている。

 話をテニミュに限定すれば、ストーリーはマンガ原作にほとんど忠実だから、物語の行方を知りたくてひとはDVDを買うわけではない。

 自分が好きになった役者やチームの成長の過程や過去を観たくて、あるいは自分が会場で立ち会った時空間の彫刻を手元に置いておきたいがために買う。

 テニミュのサイトでDVDのカタログを見てみてほしいのだが、こんなに何十枚(数百枚?)も過去の公演をDVD化しているミュージカル作品はまれだろう。

 観劇一回あたりの客単価は比較的安いが、円盤を無数に用意しておくことで売上のアップサイドが見込めるのが2.5次元ミュージカルビジネスの特徴である。

④グッズ

 2.5次元ミュージカルでは、グッズも売れる。

 マーベラスの「2014 年 6 月 23 日開催 経営近況報告会 質疑応答概要 」(http://pdf.irpocket.com/C7844/h8MH/wjjP/f8n4.pdf)によると

【Q3】

物販に関して、例えば舞台で多くの集客があると思いますが、そういう場所で DVD や CD

以外にも何を売っているのか教えてください。

舞台に関して、ライブビューイングで全国に配信する予定はあるのでしょうか。(中略)

【A3】

物販はいろいろやっており、一番売れる商品は役者さんの生写真です。それ以外にパンフレットはもちろんですが、最近、「舞台『弱虫ペダル』」でチャレンジした中で好調だったものがガチャガチャです。舞台公演自体の収益に加え、物販の収益もかなり上がります。

それ以外には、その後のパッケージや、先ほどもお話にでたライブビューイングは「ミュージカル『テニスの王子様』」では実施していますし、他の舞台も千秋楽の公演日に合わせてニコニコ動画などで、放送しています。このように収益源がかなり多様化していて我々にとっても追い風となっています。

 とのことである。

 既成の3次元ミュージカルではパンフレットとせいぜい数点~数十点のグッズ販売であることが多いだろうが、2.5次元ではグッズの種類も多種多様であり、かつ「会場でしか買えない」「お祭り感を味わいたい」「感動を家に持ち帰りたい」という高揚感から「原価率考えたらぼったくりだろ」というものでも買ってしまう。

 僕もテニスボール型のペンライトを買ったりした。

 円盤と並んで売上のアップサイドが大きく見込めるのがグッズである。


 売上の特徴に関してまとめよう。

 チケット代は3次元ミュージカルより単価が安く設定されている(ことが多かった)ものの、円盤やグッズ販売によって客単価増をはかり、かつまた座席数・公演数のキャパの限界からスケールさせにくいという問題をライブビューイングを使って補おうという動きがある、ということが2.5次元の特徴である。

 旧来の演劇とはことなる売上の立て方を意図していることがわかるだろう。

・費用の特徴は何か?――人件費抑制とフィー控えめで高集客IPが使えること

 次にコストを見てみよう。「費用」は

①脚本・音楽・演出・舞台美術等にかかるコンテンツ制作費

②施設使用料その他設備費

③役者および運営スタッフの人件費

④原作使用料(ライセンスフィー)

⑤プロモーション費用

⑥その他興行費用もろもろ

 と分けた。

①脚本・音楽・演出・舞台美術等にかかるコンテンツ制作費

 と

②施設使用料その他設備費

 は、ほかの舞台と変わらないのではないか。

 たとえばテニミュ1stシーズンの演出を担当したのは劇団四季出身で宝塚や東宝ミュージカルの演出も手がける上島雪夫だった。

 おそらく「安く頼めるからこのひとに発注した」というものではないだろう。

 それは脚本・作詞の三ツ矢雄二にしろ楽曲を手がける佐橋俊彦にしても同様である。

 むろん劇団四季が舞台美術や衣装に年間数千万円かけ、稽古にもやはり年間数千万のコストをかけている(それ以上?)と言われることに比べれば、そこまでは費用はかかっていないかもしれない。

 だが制作費をケチっている印象は、個人的にはない(具体的な数字は公刊されているものからは読み取れないため、あくまで確度の低い推測だが)。

②施設使用料も、ほかの演劇やミュージカルと比べて割高ということもないのではないかと思われる。

 もちろん、先のハコ不足問題からすれば、ハコの運営主体は自社関連案件を優先的に扱うだろうから(たとえば東宝が運営する劇場だとして、そこで東宝系の作品が演じられなくなってはグループとして問題がある)、劇場確保の交渉力アップのためにも業界団体の形成や、アイアシアターなどの専用劇場の確立は必須の自体になっているけれど。

③役者および運営スタッフの人件費

 これは、TVや映画で活躍している芸能人・俳優を起用するよりも2.5次元ミュージカルは安く済んでいることはたびたび関係者から公言されてもいるし、報じられてもいる。

 たとえば「日経MJ」2014年6月2日の記事では

「ミュージカルを見たことがない人も来る」

「グッズ売上が高い」

「スター俳優がいらない」

――この3つが特徴として挙げられていた。

 ファンの多いマンガやアニメ、ゲームを原作とすることで、原作のキャラクター人気をフックに、まだまだ無名の若い俳優たちによる公演であっても高い集客力を実現している。

 さらには入り口は2次元キャラでも演じているイケメンのファンになって俳優沼ずぶずぶになってファングッズを買ったり出演者目当てで別の公演を見に行くようになる確率も高く、事業者からすればローコストだがアップサイドが見込めるしくみになっている(なお参考までに添えておえば、小劇場演劇では人件費と施設使用料がコストの大半を占めると言われている――ミュージカルでもおそらく似たようなものだろう。ここを抑えられればリクープしやすくなることは間違いない)。

 では

④原作使用料(ライセンスフィー)

 はどうか。

 旧来のミュージカルでは劇団四季をはじめ、海外の有名作品を日本で公演するにはかなりのロイヤリティを支払っている。

 おそらくそれに比べればマンガやアニメ、ゲームを原作にした場合にコンテンツホルダーに支払う使用料は少なく済んでいるのではないかと思われる。

 第一に原作ホルダーからすれば、高額のフィーを取らずとも舞台化すれば原作の売上が伸びることは周知になってきたため「プロモーションになります」の一言でだいぶ抑えられていると推測されること(むしろ近年では原作側が「やってください」状態になっていること)。

 第二に、『マンマ・ミーア!』のようにそもそも海外ではじめからミュージカルのパッケージとして存在するものを日本語に翻訳・翻案するのではなく、2.5次元ミュージカルの場合はあくまで「原作」を借りてきて、脚本にし演出するのはネルケプランニングをはじめとする制作側であること。

 これらを考えれば、同じくらいのロイヤリティを払わなければいけないというのは、理屈として通らない。

 それならオリジナル作品なら原作料が発生しないではないか、と思うかもしれない――これは⑤のプロモーション費用とも関わってくる。

⑤プロモーション費用

 これを考えるために、演劇・ミュージカルではどんな宣伝が一般的か、について見てみよう。

 ネルケプランニング代表の松田誠は、演劇やミュージカルのプロモーションは、ネットで動画配信も行ってはいるものの、基本がチラシと演劇専門誌『シアターガイド』に頼っている「超アナログ」な世界だと語っている(「宣伝会議」2012年6月1日号掲載の「ディズニーランドを超えるエンターテインメントに」)。

 四季・宝塚・東宝クラスでもなければマスコミで取り上げられる機会も、TVを中心とするマス媒体でのプロモーション機会も少ない(利幅から逆算してかけられるプロモーションコストの額が小さい)のが大半の演劇・ミュージカル作品である。

 言いかえれば、作品を認知してもらうチャネルを特定ファン層向け(専門誌やTwitter)以外にはあまり持っていない。

 にもかかわらず客からしてみればチケットは高く、観る前にどんな内容の作品なのかもわからないことがほとんどである(『ライオンキング』くらいならわかるかもしれないが、日本人のほとんどは『CATS』や『ウェストサイド物語』『レ・ミゼ』すらどんなストーリーなのか知らないだろう)。

 そんな世界でオリジナル公演をするのはなかなかにバクチである。

 劇作家の平田オリザらがしばしば指摘するように、たとえばフランスではいい作品をつくると次の年に買い取ってくれるが、日本の舞台芸術はそういうことがまだ一般的ではない。

 初期投資を初演で回収しなければ、ヘタをするとそれなりの額の借金を背負うことになるという切迫感や窮屈さがつきまといがちである。

 だから日本の演劇・ミュージカルでは、イニシャルコストを初演で回収することを前提に考えることが多い。

 そして新作の初演でリクープさせることは困難である。

 公演日数も少ないことが多いから、クチコミで徐々に客数を増やすことも難しく、初日から客入りをなるべく高めなければならない。

 そのためには前評判を高くする必要がある。

 よって各カンパニーは、TVや映画で有名な役者を連れてくる、誰でも知っているような有名作品や古典を上演する、そしてマンガやアニメ、ゲームといった有名IPを借りてくるといった方策を採ることになる。

 ひとは、まったく知らないものを見に行こうとはなかなか思わない。

 多少は知っていて好奇心をかきたてられるものか、すでに好きなものを見に行く。

『テニプリ』にしろ『弱虫ペダル』にしろ、ミュージカルの原作になるIPは、日本人にとっては海外ミュージカルの古典や有名作品以上にすでに知られ、親しまれているものである。

 このように、経済合理的に考えればサブカルを原作にミュージカル化するのは自然な流れに思える。

 だがこれは片岡義朗プロデューサーによる発明だったことを忘れてはならない。

 彼が、既成の日本のミュージカルはチケット代が高すぎる上に題材として身近でない、誰も知らない演目が多すぎることを課題と捉えていたこと、そしてそれを解消するために1991年に『聖闘士星矢』のミュージカルを企画したことが、今日のムーブメントの始まりだったのである(<http://getnews.jp/archives/173076>)。

 ふたたび閑話休題。

 つまりマンガ、アニメなどの有名IPを使うことでオリジナル作品を打つより高い集客が見込め、アニメ放映期間中であれば製作委員会でお金を出し合ってミュージカル自体の宣伝もできる(『弱ペダ』の舞台のCMは深夜アニメの放映時間に何度も流れた)。

⑥その他興行費用もろもろ

 ここに関しては重要な論点もないと思われるため、省略する。

 

 コストに関してまとめれば、ライセンスフィーや俳優に支払うギャランティは相対的に安く、にもかかわらず有名IPを原作とすることでプロモーションの費用対効果を高くできていることがわかる。

 旧来のミュージカルの問題点をうまくクリアするように設計されてきたことがみてとれる。

・2.5次元ミュージカルと3次元ミュージカルのビジネスモデルの違い

 売上と費用の項目をブレークダウンして見ていくことで、2.5次元ミュージカルが、既成の3次元ミュージカルのビジネスモデルとは異なった特徴を持っていること、その間隙を突いて成長してきたことがうかがえる。

 とはいえ、たとえば劇団四季や宝塚歌劇団のビジネスモデルも経済誌にたびたび取り上げられていることからもわかるように、きわめて完成度が高いしくみであり、否定されるべきものでもなければ、過去のものになったわけでもない。

 ただ、日本のミュージカルファンのボリュームゾーンは40代以上の女性と言われている。

 対して2.5次元ミュージカルの客層の多くは大学生以上~30代までの女性だろう。

「東京新聞」2010年10月23日の記事などによれば、テニミュで初めてミュージカルを観た人はアンケートを取ると7~8割に及ぶという。

 しかも「若手が多いので、初月、中月、千秋楽と観て成長を見守ってくれるお客様が多い」(「宣伝会議」2012年6月1日号での松田誠の発言)――リピーター化する女性も多い。

 さらに言えば、グッズ売上もあわせて考えると客単価は40代~50代の女性よりも高いかもしれない。

 2.5次元ミュージカルがまったくあたらしいマーケットを開拓したことは間違いない。

 市場が伸び悩むミュージカル産業にとって、プラスこそあれマイナスはないはずだ(既存顧客のパイを取り合っているのではないのだから)。

 新規顧客を得るためにかかる顧客獲得コストは、既存顧客にもう一回来てもらうことの8倍かかるとマーケティングの世界では言われている。

 それを考えても、とんでもないことである。

 ここまでミュージカルビジネスとしての特徴を見てきたが、アニメやゲームのコンテンツホルダー側からの思惑を、やはりビジネスとしての特徴からもう少し考えてみよう。

 原作を貸し出す側にもメリットがなければ、舞台作品として使わせることはありえないからだ。

・ゲームよりも投資額は小さく始められ、安定した収益が見込める

『テニミュ』や『ペダステ』『薄桜鬼』ミュージカルをプロデュースするマーベラスの有価証券報告書によれば(http://pdf.irpocket.com/C7844/h8MH/Jzqj/oKIP.pdf)、同社の2013年度決算では、ミュージカルおよびその円盤販売を含む――プリキュアも含む――「音楽映像事業」は売上38.25億円(前期比17.5%)、営業利益は9.21億円(前期比24.7%増)。

 対してネトゲやスマホゲームドメインである「オンライン事業」は売上88.7億円、営利7.42億円。家庭用ゲームを中心とする「コンシューマ事業」は売上76.3億円、営利22.68億円。

 2.5次元ミュージカルやアニメを含む音楽映像事業は、オンライン事業よりも売上は小さいが営業利益(営業利益は本業に関わる売上から本業に関わるコストを引いたもの)の額が大きい――利益率が高いビジネスだということがわかる。

 ゲームビジネスは開発コストも莫大にかかり、スタッフの人数も多くマネジメントは大変、くわえてGoogleやApple、SCEや任天堂といったプラットフォーマーの都合で表現規制や取り分、開発環境等々に関するレギュレーションが変更になるリスクもあり、また、海外展開をしている場合にはとくに為替変動リスクやカントリーリスクもある――ようするにボラティリティ(ブレ幅。波)が高い。

 対して舞台ビジネスはコンテンツの開発・運営コストはオンラインゲームに比べれば少ない。

 そのわりに客席が順調に埋まって採算分岐点を超えれば利益率は高く、利幅の額も小さくない。

 関わるスタッフやステークホルダーの数もゲームより相対的に少なくて済む――マネジしやすい事業である(もちろん現場の人間なら「そんなに単純じゃない!」「大変だよ!」と言うだろう。その気持ちは十二分にわかる。ただ、ゲームと舞台ビジネスでは利益を左右する変数に多寡があることは間違いない)。

 それでこれだけの数字をあげられるのだから、やめる理由がない。

・アニメのストリーミング移行による単価下落への備えと、長期のファン化のために

 アニメサイドからはどうか。

 先に見たとおり、アニメの円盤ビジネスは成長は見込めず、伸びているのは配信とライブエンタメだった。

 今後、映像も音楽や電子雑誌と同様に定額ストリーミング制への移行が進んでいくと、1視聴者あたり単価は下がると思われる(Blu-rayなら1作品2話6000円くらいだがストリーミングなら多数の作品が見放題で月額500円~1000円だから)。

 こうなるとよほどの人気コンテンツ以外は収益が安定しなくなるのではないか――正確に言えば、覇権アニメ以外はすでに安定していないが、さらに売上はジリ貧になる。

 もっとも、音楽業界におけるハイレゾ配信のように、通常画質での配信と最高画質配信/PPV[ペイパーヴュー]の2パターン販売によってデジタルコンテンツにおける高単価ビジネスを保とうという動きも早晩一般化するだろう。

 ただ、それとて現状のパッケージよりは単価が下がるはずだ。

 また、男性のアニメファンに比べて女性のアニメファンは画質にそれほどこだわらない傾向がある(男はBlu-rayを買うが、女の人はいまだDVDを買う)。

 高画質だから高くても買ってね、という商売のしかたは、女性にはすでに通用しているとは言いがたい。

 有料ストリーミング化が進むかどうかは別にしても、そもそもコンテンツのF2P(Free To Play。入り口が無料であとからプレミアム要素を課金する手法。フリーミアム)化は世の趨勢として避けられない。

 入り口のフリーコンテンツとしてアニメやスマホ向けゲームがあり、コピーできない体験をプレミアム価格で売るものとしての(高単価・高利益率でそれなりの数が見込めるビジネスとしての)ミュージカルやイベントという売り方はますます増えていくだろう。

 コンテンツ視聴の無料化と、高単価・高利益率の体験型ビジネスの伸長は、同時に起こっている。これらは補完関係、共存関係にある事象なのだ。

 ほかにも重要な点として、2.5次元ミュージカルの楽しみ方は、アニメとは違う時間軸で動く娯楽であり、コンテンツの延命化に寄与しうるかもしれない、ということがある。

 ここでも片岡義朗の発言を引いてみよう。

 アニメをつくる人たちが何を最終的な目標にしているかと言うと、コンテンツが永遠に愛されてパーマネントキャラクター化すること。これはビジネス的にもおいしい話です。僕の持論でいくと、一方通行のテレビ放送よりも、生身の人間がキャラクターを演じるほうがファンの心を捕まえる力が圧倒的なんですよ。例えば1話1,700万円、12話2億円近く投資して作品をつくるわけです。それをどうやって回収するか? 6年ほど前までは、おおよそで言えば、DVDやBlu-rayなどから1/2を回収し、1/3を海外版権から、残りをゲームを含めた商品化から回収していました。しかし、違法動画サイトが乱立してから誰もレンタルを利用しなくなり、DVDなどのビデオパッケージから回収するモデルが極端に減ってしまった。さらに、海外アニメマーケットも壊滅状態に陥りました。

 こうした状況下で重要になるのが、既存のルートを掘り下げることで受注を拡大する「深耕拡大」。深くファンになってもらって、長くいてもらうということに関していうと、アニメの舞台化がジャンルとして定着した理由はよくわかります。キャラクターのパーマネント性に絶対な寄与し、収入源として新たなジャンルも構築できている。アニメファンだけでなく、舞台ファンも見に来てくれています。(http://animation.geidai.ac.jp/pd2012-2013/lecture4.html)

 アニメは、ほうっておくと1クール3カ月12話スパンで次々と乗り替えられていくような楽しみ方をされてしまう。

 これは作品にとっては幸福なことではない。

 ビジネスとしてみても、長く愛されるコンテンツになってくれた方がありがたい。

 そこにきてミュージカルの楽しみ方の時間軸は、アニメよりもゆっくり、長くすることもできる。

 たとえばテニミュはスタートから2ndシーズンを終えるまでに10年かかっている。

 これはもちろん、ミュージカルを原作のダイジェスト版としてではなく、原作のストーリーをアタマから終わりまで再現するものとしてつくっているからではある。

 ゆえに1シーズンが数年におよぶ長さになる。むろん、テニミュほどのロングラン公演を実現している2.5次元ミュージカルではほかにはまだないから、一般化はできない。

 とはいえアニメの1stシーズンと2ndシーズンのあいだにミュージカルを行うといったかたちで、作品からの客離れを防ぎ、あらたなファンを獲得する回路としての活用はすでに多数行われている。

 ミュージカル界としてもロングラン公演や再演可能な人気作品になってくれれば大変にありがたい――コンテンツ開発にかかった初期費用を回収したあとの再演は、費用が少なくて済む(利益率が高い/リクープラインを下げられる)。

 初演で培ったノウハウを使えば、役が代替わりしていても俳優の育成もしやすい。

 クオリティは保ちやすく、向上させやすい。

 いずれにしてもアニメが絡むコンテンツビジネスが構造的に抱えてしまった「アニメのTV放映時が作品の人気のピークで終わったらお葬式状態」問題が、ミュージカル化にすることで多少なりともブレイクスルーして「長く愛される作品になる」手法となりうるかもしれないという期待も、ないわけではないだろう(だいぶおおげさな言い方をすれば、だが)。

 もちろん、ゲームやアニメといったコンテンツホルダーだけでなく、2.5次元ミュージカルは現実の生身の人間が演じるから、俳優と俳優が所属する芸能プロダクションの思惑もある。

 たとえば「日経エンタテインメント!」2012年11月号では、『テニミュ』の実績が評価され、ネルケプランニングがアミューズ、バーニングプロダクション、ホリプロ、ホリエージェンシー、LDHといった芸能プロダクションと最初から組んで演劇やミュージカルを作ることが増えているとして、松田誠のインタビューを掲載している。

 芸能プロ所属の俳優にとってこれらの作品に出演するメリットは何か。

 役者の特徴がよくわかっている事務所と組むことでベストマッチな作品選択や演出がしやすくなること、舞台では映像作品に比べて主役以外も出演時間が長く観客から注目されやすいことなどを、松田は挙げている。

 テニミュから東映の戦隊や平成ライダーに出演したケースや、舞台俳優として存在感を放つスターも生まれているから、このあたりは言わずもがなだろう。

 ここまでで2.5次元ミュージカルはなぜ増えるのか、についてはおおよそ理解できるものになったと思う。

 観る側の欲望だけがふくらんでも、それを提供する作り手側、資金を出す側、原作を貸し出す側の思惑があるていど合致しなければ、作品は世に出られず、商売は成立しない。お互いの思惑が噛み合っている現在のこのビジネスモデルが持つ社会的な意味を問うことは、本稿ではしない。ぜひ読者のみなさんに考えてもらいたいと思う。

 最後に少し、今後の2.5次元経済のゆくえを夢想してみたい。

■2.5次元は融合する――ミュージカル、聖地巡礼、ARG、AR、VR

 僕の予想では、現状ではバラバラに存在している2.5次元ビジネスは徐々に融合していく。

 具体的に言えばミュージカル/演劇系の表現と、聖地巡礼、日本的なARG(代替現実ゲーム)≒体験型謎解き/脱出ゲーム的なもの、それからVRやSRは融合していく(SRについては藤井直敬『拡張する脳』などを参照するかググればすぐ出ます)。

 なぜなら2.5次元の表現はいずれも「別世界を体験したい、没入したい」という共通の欲望に基づいているからだ。

 テクノロジーが発達し、あたらしいエンタメがうまれるたびに、人類史のなかで、物語体験のしかたは更新されてきた。ひとは「自分の求める物語のなかに、より入り込むことができる」という欲望を満たしてくれるのであれば、金銭を投じることを惜しまない。

 ではたとえば、どんなことがこれから先に登場してくるだろうか。

 2.5次元ビジネスとしてミュージカルと近い市場規模をもつものに聖地巡礼がある。

 年間約100億円と見込まれている聖地巡礼は、アニメに登場した土地にファンが足を運ぶもので、『らき☆すた』の鷺宮や、『ガールズ&パンツァー』の大洗などが巡礼先としてよく知られている。

 余談だが僕は『ヱヴァQ』公開前日、箱根に聖地巡礼に行ったのだが、映画を観たらいかにも箱根っぽいケーブルカーに乗ってシンジが地上にのぼっていくと箱根は滅んでまっさらな土地になって爆笑。という経験がある(箱根というか世界全体がめちゃくちゃになっていた)。

 話を戻すが、聖地巡礼では、現地に行ってもキャラクターはいない。

アニメの舞台になった「場所」が実在しており、自分が作品世界に入ったような気持ちになれ、アニメのキャラが歩いた場所を実際に確認できたりすることが重要である。

 また、2.5次元ビジネスで伸び基調にあるものとして、イベントや体験型の謎解き/脱出ゲームがある。

 たとえば「週刊ダイヤモンド」は2014年8月9日号で「巨額投資より効くコンテンツの威力」と題し、『新テニスの王子様』や『銀魂』とコラボした飲食メニューやグッズ販売を導入するなどキャラクターイベントを実施して以降、売上高を年7~8%伸ばしてきた池袋サンシャインシティ内「ナンジャタウン」や、『ONE PIECE』と体感型謎解きゲーム「リアル脱出ゲーム」のコラボの例をあげ、数億円~数十億円規模の設備投資をするよりも数百万から高くて数千万で制作・運営可能な有名IPとのコラボイベントの方が、ローコストで高い集客力(それも客単価の高い濃いファン)が見込める、コスパがいいビジネスなのだとしている。

 とくにここではIPコラボの飲食系イベントよりも、SCRAPが手がける「リアル脱出ゲーム」をはじめとする体験型ゲーム(日本でもっともポピュラーなかたちになってしまったタイプのARG)に注目したい。

 リアル脱出ゲームは『新世紀エヴァンゲリオン』にはじまり、『宇宙兄弟』『名探偵コナン』『ONE PIECE』『進撃の巨人』といったIPとコラボしている。

 主宰の加藤隆生は「物語世界の主人公になれる」ことを謳っているが、実在する廃病院で行われた『バイオハザード』コラボ「ある廃病院からの脱出」などを典型として、現実を物語空間として体験できることが魅力である(やらされるのは現状では謎解き=パズルであることが大半だが)。

 リアル脱出ゲームは2014年に全世界で50万人以上を動員したという。

単価2500円とすると売上は12.5億円。

 SCRAPはすべてがIPコラボものではないが、他社も『NARUTO』や『PSYCHO-PASS サイコパス』の体験型ゲームを行っている。

 よって2.5次元系体験ゲームの市場規模はだいたいそれくらいだろうが、これは地方を中心にまだ伸び基調である。

 では聖地巡礼と体験ゲーム/ARGと2.5次元ミュージカルが融合するとはどういうことか?

 たとえば聖地巡礼とARGや位置情報ゲームは簡単に融合できる。

 アニメの舞台になった土地を舞台に、スマホ連動の謎解きなどのゲームを行えば、単に聖地巡礼するよりはるかに物語への没入感は増す。

 そこにAR(拡張現実)を噛ませて、特定の地点に行ったり、ある謎を解くと、その場所に2次元のアニメーションのキャラクターまたは2.5次元的にコスプレした俳優の映像が観られる――こんなしかけが考えられる(もうやられているかもしれない)。

 あるいは、IPコラボものの体験型ゲームは「そうは言ってもアニメのキャラと話ができるわけじゃないし、没入しきれない」という声が現状あるが、これもスマホVRの「ハコスコ」(知らないひとはググって1000円出して買って体験もらった方がここで言葉で説明するより早い)などを組み合わせ、2.5次元俳優を用いた映像を用意しておけば、この不満は簡単に解消できる。

 ヘッドマウンドディスプレイOcculusRiftを用いてリアルとVRを連動させた謎解きゲームはすでに早稲田大学のサークルWALが制作している。

 もっと「マンガやアニメ、ゲームの世界をリアルに体験したい」という欲望に寄せたかたちでのVR×体験型ゲームも、早晩一般化するだろう。

 さらには、遊園地など屋外施設への2.5次元キャストへの進出もあるかもしれない。

 数億円かかる設備投資はできないが、数百万から数千万くらいで集客できるコンテンツは欲しい施設側と、公演会場が足りない2.5次元ミュージカルサイドがなんらかのかたちでスピンアウト的なイベントを行うことはありえないとは言えない(そこに体験型脱出ゲームやAR、VR/SRを組み合わせてもいい)。

 もっとも、音響設備も十分でない屋外で歌って踊るのはなかなかチャレンジだから、キャストを違ったかたちで稼動させる方が現実的かもしれない。

 来場者に触れられる状態で役者を置くのがリスキーなら、SRを使ってもいい。

 思えばネルケプランニングの松田誠は「演劇のライバルは、映画でもテレビでもなく、東京ディズニーランド」「ディズニーランドを超えるリピートしたくなる何かを持つべき」と言っていた(「宣伝会議」2012年6月1日号掲載「ディズニーランドを超えるエンターテインメントに」)。

 たとえば、ステージのある遊園地を期間限定でテニプリ/テニミュランドとして体験し尽くせる場所に作り替えることは、現在ある多様な2.5次元ビジネスが蓄積してきた技術を結集すれば十分に可能なのではないかと思われる。

 2次元の世界を俳優の身体を通して3次元に現出させるのが2.5次元ミュージカルであり、3次元の現実を「見立て」によって2次元的な物語世界として体験するのが聖地巡礼や体験型ゲームである。

 このふたつの方向は真逆だが、これら「観るもの」と「行くもの」が融合することで、僕らは真の2.5次元世界への没入が可能になる。

 そのチケットは高単価なものになるかもしれないが、たんなる視聴とはまったく違う世界が体験できるとなれば、国内だけで最低でも数百億円から千数百億円のマーケットを築くことは容易に想像できる。

 それは日本のGDP500兆円からすればちっぽけな経済圏だろう。

 けれどエクスペリエンスした人間にとっては、替えがたい魅力をもつ時空となる。


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