第1章 ひとはSF・ファンタジーに何を求めるか――作品の売上と評価が必ずしも一致しないのはなぜなのか?

『エンタメSF・ファンタジーの現在」第1章


 ふたつのタイプの作品があります。

 ひとつは、そのジャンルのファンに高く評価されるSF・ファンタジーあるいはホラー作品(“ジャンルSF”“ジャンルファンタジー”“ジャンルホラー”)。

 ふたつは、そのジャンルの熱心な読者(たとえばSFファン)からは積極的な支持はされないかもしれないけれど、ヒットするSFやファンタジー、ホラー作品(“エンタメSF”“エンタメファンタジー”“エンタメホラー”)。

 ふたつめのほうに興味があるひとのために、この文章はあります。

※なおタイトルは「エンタメSF・ファンタジーの現在」ですがホラーも多少扱います。タイトルに入っていないのは語呂の問題と、扱う分量がSFやファンタジーに比べると少ないからです。

 本書では、2010年なかばのいま支持されている、エンターテインメント色の強いSFやファンタジー、ホラー小説をさまざまに紹介しながら、そのメカニズムを分析していきます。何のための分析か? 多少はこれから何か作ろうとしているクリエイターの刺激になればいいなと思っています。ですが、基本的には、宇宙の原理を研究している物理学者と同じだと思ってください。どうなっているのか、なぜそうなっているのかを純粋に知りたいからです。知的好奇心を満たすためです。結果として、それが読者の役に立てばいいかな、と思っています。

 何を分析するのか? 昨今よく売れているSF・ファンタジー・ホラー小説は、キャラクター、ストーリー、世界観、文体といった面で、いかなる特徴をもっているのか。それらはどんな嗜好をもつ読者に読まれているのか。

 これらに対する仮説が、探究されていきます。

■この企画の想定読者――「売れるもの」のしくみに興味がある人

 この文章は万人にではなく、特殊な関心をもったひとに向けて書かれています。

 なぜあのファンタジーは数万人以上に売れるのに文学賞にはまったくノミネートされないのか、逆にこのSF作家は数千部しか売れないけれど賞レースには常連なのか。とか、

 エンタメ色のつよいSFやファンタジーでは、どんな創作のテクニックが用いられているのか、とか……。

 とくべつジャンルのファンやマニアでもないひとたちはSFやファンタジー、ホラー小説に何を求め、作家はどんな技術を用いて読者の心を満たしているのか。

 私は、人間の欲望と、欲望の満たし方の関係に興味があります。下世話といえば下世話です。

 だからこそ「人気になるタイプの作品ってどうなってんの?」ということを考えてみたい。

 そしてそういうものが売れるこの社会、この時代とはいかなるものなのか、人間とはどういう性質をもった存在なのかについても、少しばかり考察しようと思います。

■この著者に書く資格はあるのか?

・ビジネス的な観点を持った「読み手」として作品を分析する

 とはいえ、「お前だれ?」と思っていらっしゃる読者が大半だと思います。

 自己紹介をしますので、書く資格がある人間なのか、ご判断ください。

 私は、作家ではありません(スマホ向けゲームのシナリオを書いたり設定をつくったりしていますが、「作家」を自称するのはおこがましいかなと……)。

 出版社で小説誌やカルチャー誌、ライトノベルの編集者を経て独立し、今はマンガをはじめとするサブカルチャーと文芸を中心にしたライター/編集者業を軸にしつつ、中高大学生向けコンテンツの市場調査をしたり、小説の新規レーベル立ち上げのお手伝いをしたり、ビジネス書の取材・構成をしたり……いろいろやっています。SF関連では、共著の評論集『ポストヒューマニティーズ 伊藤計劃以後のSF』に寄稿したり、ハヤカワSFコンテストや星新一賞といった小説新人賞の一次選考(いわゆる下読み)をしています。また、神林長平『狐と踊れ』のハヤカワ文庫SFの解説や、「SFマガジン」にウィリアム・ギブスン論を寄稿したり、本書のもとになった連載をしたりと、SF評論業も手がけています。

 他のライター/批評家と違う点があるとしたら、経営学修士(MBA)を持っていることでしょうか。

 MBA的な分析のしかたと物語論/創作技法研究を組み合わせた『ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略』という単著があります。この企画は、そのSF・ファンタジー版だといえば、わかりやすいでしょうか。

・商品としてのSFやファンタジーを分析する

 つまり、商品としてのSFやファンタジー小説を分析します(こういう物言いに拒否反応を示す方は、もう読まなくてけっこうです。この本では、ほとんどそういう話しかしないからです)。

 何をするか。まず、SF小説の多くの読者が持つニーズを推定します。どういうものが読みたいのか。何がほしいのか。それを考えます。

 それから、ニーズを満たす作品がそなえているべき要素を、実際に作品を読み込んで明らかにしていきます。

「読みたいもの」「ほしいもの」を満たすには、具体的にどんな要素を作品に入れていけばいいのか、何が入っているのかを考察します。

 場合によっては、作品がどんな場所で、どう流通しているのかといったことも加味して考えます。

なお、読者ニーズの推定に関しては、10代にはアンケートによる定量調査を行いました。私が若いひとに関心があることと、この本もどちらかといえば30代以下の若い世代向けに書こうと思ったからです。

 私は作家ではありません。が、小説の編集経験はあり、新人賞に送られてくる原稿も無数に読んでいます。ですから「作り手」としてではなくあくまで「読み手」として、売れている作品とそうではない原稿の対比をして見えてくるポイントを整理していきます。

 たとえて言うと、オリンピックで金メダルを獲るような陸上選手に直接「どうやって走ってるんですか?」とか「どこがすごいんですか?」と聞いてもなかなか答えにくいであろう部分を、解説者やスポーツ科学の研究者が分析、説明するようなものです。作家が語るものはそれはそれで世の中にありますから、私の仕事はまた別の角度から「見方」を提供するものだと思ってください。

 私のことを信頼できないと感じたら、適当に差し引いて読んでもらえれば十分です。

■現状を概観する――ジャンル小説ファンの「評価」と客観的な「売上」の乖離

 本書で取りあげる作品の基準は「ヒットしていること」「たくさん読まれていること」です。

 基準のひとつであるAmazon.jpの「SF・ファンタジー・ホラー」カテゴリのランキングを見てみてください(http://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/books/507300/)。

 そこでは

・ネット小説の投稿プラットフォーム(「小説家になろう」など)連載作品を書籍化したもの

・人気アニメやマンガ、ゲームのノベライズ。またはアニメやゲームの原作小説

が大半を占めています。

 二〇一〇年代に入り、出版界ではSFは「夏の時代」と言われ、盛りあがっているとされています。

 にもかかわらず、ノベライズではないオリジナルのSF小説は、それほどランクインしていません。結局、ネットやテレビ、映画といった別のメディアでブーストしなければ、本が爆発的に売れることはほぼないのが、2010年代の日本の出版界の実情です――こういうことも折に触れて言及していきます。

 本の内容(ジャンル)を見ていくと、圧倒的にファンタジーが多い。それも、RPGや漫画、アニメ文化の影響を受けたライトなファンタジーが多い。

 いわゆる「SFファン」やファンタジー小説のファンが評価する世界幻想文学大賞(World Fantasy Award)作品や、SFの年刊ランキングムック『SFが読みたい!』で投票されるような文学的な、あるいは重厚であったり難解な、読んで何か考えさせられるような思弁的な作品は少ないわけです。

・SF界、ファンタジー業界の評価の高低と、売上ランキングの動向には、差がある

 私の個人的な好き嫌いを言えば、SFファンに評価される作品も好きです。

 たとえば世界幻想文学大賞の受賞作であるルイス・シャイナー『グリンプス』や、ケン・グリムウッド『リプレイ』はオールタイムベスト10に入るくらい好きです。

 けれども本書では基本的に、売上ベースで作品を選びます。

 SFファンやファンタジー読みを自負する方々のジャンル小説の「評価軸」は、「SFマガジン」や『SFが読みたい!』を読むとか、SF大会や京都SFフェスティバルなどの各種ファンイベントに行っていれば、なんとなくわかると思います。

 でもベストセラーになる作品が、ある種の人たちに「買われる理由」はたぶん、あまり真剣に考察されたことはないと思います。

 私はジャンルSFもネット小説も、それぞれ好きです。

 ですが、その違いって何? ということをあぶりだしたい。

「売れない作品はダメだ」とか「売れる作品がすばらしい」という価値判断をしているのではありません。

 売れてる作品なんてロクなもんじゃないし、そんなものを読んで喜んでいる連中なんて――と思っているひとも多いことでしょう。私もそう思うときがないわけではありません。

 しかし現に売れている作品とはどんなもので、それはなぜか? あるいは、第三者から見れば似たようなものに思えるかもしれない、ボーカロイドでつくられた曲を原作にした小説(ボカロ小説)と、「小説家になろう」連載のファンタジー小説が好きなひとはお互いほとんど重ならない(前者は10代女性、後者は30代男性に支持されています)のはなぜ? などといったことを、作品を読み込み、突っ込んで明らかにしてみたいわけです。

 つまりこの試みは、ふたつのことなる分析を同時に行うことになります。

ひとつは、流行りの作品の時事風俗的な部分(新奇性のあるトピック)を紹介、解説すること。

もうひとつは、ひとびとに支持される作品とはどんなものか、何がそなわっているとよいのかといったことをなるべく原理的に分析すること。

 2010年代なかばという時事性を帯びた作品を解説しながらも、だんだんとその普遍性にわけいっていく。そんなイメージです。

■作品・作家を選定する

 分析対象とする作品・作家は以下の基準で選定します。

・Amazon.jpの「SF・ホラー・ファンタジー」カテゴリでのベストセラー100によくランクインしているシリーズ作品・作家

・Amazon.jpの「ライトノベル」カテゴリのベストセラーでトップクラスの売上を誇るSF、ファンタジー、ホラーのシリーズ作品・作家

・毎日新聞社主宰の「学校読書調査」で中高生が読んでいる本ランキング上位のSF、ファンタジー、ホラー作品・作家

 日販やトーハン、あるいは各種書店のランキングではなくAmazon.jpを選んだのは誰でも日常的にチェックできることを第一に置いたからです(多少のかたよりや恣意性は、どう選んでも生じます)。Amazon.jpのなかでは「ライトノベル」カテゴリも見ます。「SF・ホラー・ファンタジー」カテゴリにはライトノベルレーベルから刊行されている本は基本的に含まれていないからです。しかし実売数では、ライトノベルにおけるSFやファンタジーも無視できません。

「学校読書調査」の中高生がもっとも読んでいるSF、ファンタジー、ホラーを扱うのは、私が10代の読書体験に関心があるからです。

 本書では有川浩『図書館戦争』、森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』、貴志祐介『新世界より』、丸山くがね『オーバーロード』、山田悠介『スイッチを押すとき』、じん(自然の敵P)『カゲロウデイズ』、川原礫『ソードアート・オンライン』、グレッグ・イーガン、伊藤計劃作品などを取り上げます。

 基本的に小説オリジナル作品を扱い、アニメやゲームおよびそれらのノベライズは扱いません(ただしボカロ楽曲を小説化した「ボカロ小説」は扱います)。

■全体の見通し――メジャーニーズとジャンルニーズ

 これらの作品は、どう位置づけられるのか?

 私の見るところ、日本のエンターテインメント・フィクションのニーズは5つの要素の組み合わせでできていると思われます。そしてヒット作品は、これらを満たすような技法を用いている。

 では5大ニーズとは何でしょうか?

 「喜・怖・哀・楽」×共

 です。

「喜怒哀楽」ならぬ「喜怖哀楽」なる耳慣れないこの言葉について説明する前に、ニーズ分類についてどんな根拠にもとづいて言っているのか、やや長くなりますが、先に示しておきます。

 これは2013年の7月から8月にかけて、東京都内の学習塾と私立高校、私立大学の講師の協力を得て、中高大学生272人に対して私が実施した、無作為抽出の無記名アンケートから推定しました(中学生65人、高校生178人、大学生26人。なお、統計学的に厳密な調査・分析ではありませんので、あくまで参考くらいに扱います)。

 その中で、「あなたが一番ハマっている作品の、どんなところが好きですか?」という質問を選択式で回答してもらいました。

 選択肢は、笑える、切ない、エグい、こわい、かわいい、かっこいい、テンション上がる、アツい、マネしたくなる、いっしょに楽しめる、ネタになる、集めたりレベル上げが楽しい、なごむ、おどろく/びっくりする、謎めいている、知的、もやもやしたきもちをすくってくれる、明るい、病んでいる、エロい、ドキドキする、ヤバい、泣ける、壮大、身近、萌える、落ち着く、別世界、その他[自由記述]です。

 結果は、どうだったでしょうか?

ベスト10は

「笑える」43%

「テンションが上がる」38%

「かっこいい」32%

「かわいい」26%

「明るい」19%

「泣ける」「アツい」18%

「いっしょに楽しめる」17%

「ネタになる」「なごむ」16%

 だったのです。

 では、下位項目――求めている人が少なかった要素は?

・「ハマっている作品の、どんなところが好き?」の下位項目から見える、書き手と読み手の乖離

 このアンケートでのワースト10は、

「身近」4%

「知的」5%

「病んでいる」7%

「落ち着く」「集めたりレベル上げが楽しい」「壮大」8%

「おどろく/びっくりする」「マネしたくなる」9%

「謎めいている」「もやもやしたきもちをすくってくれる」「エロい」10%。

 でした(なお、母数の男女比が4対6だったので5対5になるように割り戻して計算しています)。

「好きな作品の、好きなところをあげてください」と問うと、笑えるとかテンションがあがるといったポジティブな要素、「泣ける」「アツい」のような感情を揺さぶる要素をあげる人が全体では多かったことがわかります。

「壮大」「謎めいている」「知的」といったSFファンが好みそうな要素や、「病んでいる」といったネガティブ要素は比較的少ない。「身近」が少ないのは、人々が娯楽に求めるもののひとつが「気晴らし」や「逃避」だからであり、自分の日常にあまりに近いものは求めていないということでしょう。

 これだけでも、わかることがあります。

 私が個人的に付き合っていたり、新人賞の投稿作品を読むかぎり、クリエイターの大半は明るく楽しく読み捨てられるフィクションなど好きではないし、まして書きたくもない、という人が多い印象があります。

 このことについて、科学ジャーナリストのラッシュ・ドージアJr.による『恐怖 心の闇に棲む幽霊』(角川春樹事務所)に興味ぶかい指摘があります。やや専門的な記述で読みにくいかもしれませんが、引用します。

 なぜ芸術家は人間性の暗い面に引かれるのだろうか。一つには芸術家はえてして内向的で、神経科学によれば、左より右の前頭皮質を多くはたらかせていることがある。辺縁系の否定的な力(恐怖、暴力、原始的な欲望)は右前頭葉から意識に流れこむ。ある意味で芸術家の多くが生きているのはここであり、これこそが彼らの探求したい領域なのだ。内向型の人は自分自身にも他者にも敏感であり、彼らが右前頭葉で感じる情動は苦しみに満ちていることが多い。このことからも芸術家や作家にうつ病やアルコール中毒(アルコールはしばしば戦闘神経症に使われる)など、気分の不調が通常より多い理由がわかる。芸術家は非言語的かつ空間的な右脳による包括的な世界にひたるが、そこはまた否定的情動が潜んでいる場所でもある。たまたま脳のバランスが偏っていることで、多くの芸術家は暗い面を見つめるのである。

 内向型は少数派であり、その感性は多数派の気分を害することがある。(中略)右前頭葉を多く活用し、引っ込み思案で悲観的な内向型と分類される人は一〇~一五パーセントにすぎない。三〇~三五パーセントは左前頭葉を活動させ楽天的な外向型に分類される。のこりは左前頭葉を活用しているが外向型の人ほど活発ではない。(『恐怖』306頁~307頁)

 ようするにアーティストは脳みそレベルで暗い世界に惹かれる傾向にあり、しかし非アーティストはそうではない、と。右脳型・左脳型に関する議論は基本的にはマユツバで、話半分に聞いておいた方がいいものではありますが、経験的にはしっくりくる指摘です。

 作家志望者が書く作品は、かなりの割合で地味か暗いか、重たいか、起伏がない話です。

 でも実際にはヒットしているエンタメ作品のほとんどは、「明るく楽しい」なり「泣ける」なり、わかりやすく人々の感情にうったえるポイントを持っている――というかそれを求める人が多い。

 マスな読み手が「読みたいもの」と、コアな書き手が「書きたいもの」の需要と供給は、簡単にはかみあわない。

 だから小説新人賞に送られてくる小説の9割はハシにも棒にもかからず、世に出る小説のほとんどは残念ながらそんなに売れはしない、と言えそうです。

(べつに売れなかろうが多くの人に評価されなかろうが、作家には好きにつくる自由があり、読者には好き嫌いを言う自由があります。それを否定するつもりはまったくありません)。

・下位項目=ニーズがゼロ、というわけではない

 ただ、注意すべき点があります。下位項目であっても「ニーズがない」わけではない、ということです。

「知的」なところが好き、と言っている人間は、100人いたら5人もいるわけです。この5人の心を十二分に満たす作品であれば、十二分にヒット作になりえます。

 たとえばこのアンケートでは、具体的に好きなクリエイターやアーティストを自由記述してもらいました。そのなかでニコニコ動画で活躍する歌い手(「歌ってみた」で人気の歌手)のナノとぐるたみんを5人があげていました。272人中5人ですから、全体のわずか1.8%です。しかしそのぐるたみんによる『ぐ』というアルバムは、このCD不況のなか10万枚のセールスを獲得しました。

 参考までに言えば、SF作家の伊藤計劃は文庫が30万部以上売れて「伊藤計劃以後」という言葉ができるほど業界的にはメルクマール的な存在として語られ、「SF夏の時代」の象徴的な作家として扱われています。

 単行本なら初版3、4000部が当たり前になっている昨今では、10万部どころか数万部いけば大ヒットです。

・ジャンルファンにはそれぞれ「特定ニーズの組み合わせ」が存在する

 また、下位項目を無視してはいけない理由として、好きな小説ジャンルごとに傾向が異なることもあります。

 同調査では、好きな小説ジャンルも選択式で訊いてみました。

 SF好きって、どれくらいいると思いますか?

 中高生にとって「SF」は必ずしも年長者が想像するような、早川書房や東京創元社から出ている本ではないかもしれません。というか大半はそうではないだろうと思います。

 が、とはいえ彼ら/彼女たちにとって「SF」と認識しているなにがしかを好きなひとであることは間違いない。

 好きな小説ジャンルとして「SF」をチェックしたのは男子が18%、女子8%と健闘しています。

 ちなみに一番人気はライトノベルで男子26%、女子15%でした。

 次いでミステリが男女ともに18%。

 なお、ファンタジーとホラーはこの設問では選択肢に入れていませんでした(今後、再調査する予定ではあります)。

 さて、好きな小説ジャンルと、そのひとが小説に何を求めているかは、関係あるでしょうか?

・好きな小説ジャンルと、そのひとが小説に何を求めているかは関係あるか?

 ふつうに考えると「そりゃあるでしょう」と思いますよね。

 ためしに「ライトノベルが好き」と回答している人だけ抜いて「一番ハマっている作品のどこが好きか?」という設問の結果を全体と比較してみました。

 ……が、意外なことに、さほど変わりがありませんでした。

「なごむ」と「エロい」「萌える」が上位に食い込むくらいです(断っておけば、設問は「自分が今一番ハマっている作品のどこが好きか?」というものなので、ラノベ好きだけを抜いたとしても回答者がラノベを想定してこの問いに答えているとは限りません)。

 ではSF好きだけ抜いて上位項目を挙げるとどうでしょうか?

 じつは、全体の結果から少し変わります。

「笑える」「テンションが上がる」41%

「かっこいい」38%

「アツい」31%

「謎めいている」25%

「エグい」「泣ける」「壮大」22%

「ネタになる」「病んでいる」19%

 となります。

 全体では下位項目だった「謎めいている」や「壮大」「病んでいる」を挙げる人が増加。ちなみに「知的」も16%と大幅に増えています。

 もっとも、この調査は10代に対してしか行っていません。ですから年長世代も同じ傾向にあるとまでは言えません。

 ちなみに『読書世論調査2015年版』(毎日新聞社)で「あなたが本を読む動機は何ですか」と聴いたところ、一番多かったのは「感動したり楽しんだりするため」が62%、次いで「仕事や勉強に必要な知識が得られるから」50%、3位「自分が体験できない世界にひられるから」32%、4位「好きな作家の作品を読みたいから」31%、5位「同僚や友人との話題についていくため」13%でした。性別で言うと男性は55%が「感動したり楽しんだりするため」で52%が「仕事や勉強に必要な知識が得られるから」、女性は前者68%、後者48%。「感動したり楽しんだりするため」と「自分が体験できない世界にひたれるから」は若いほど多い傾向が見られ、10代後半の女性の8割、20~30代の女性の7割は「感動したり楽しんだりするため」と答えたそうです。「仕事や勉強に必要な知識が得られるから」は30~50代の男性の6割が挙げたそうです。女性より男性の方が実用的な知識を求める、若い方が年長世代より娯楽を求める、という傾向はあるようです(脳科学ではよく言われていることですが、若者の脳は理性を司る前頭葉が未発達ですから、刺激に敏感に反応しやすいことは間違いありません)。

 ともあれ、私の調査に話を戻しますが、このアンケート結果はわれわれがイメージする「SF好き」像とわりと一致すると思いませんか?

 ――壮大で謎めいている、知的な物語が好き。そしてどちらかと言えば明るく楽しく笑えるものよりも、病んでいるものの方が好き。ちなみにくわしくはこのあと本論で紹介していきますが、ファンタジー要素が強い作品に対しては「別世界感」というニーズも大きく存在しています。

 これ以外にも、好きなジャンルと作品に求めるものの関係に興味深い結果が得られたジャンルが、いくつかあります。

 たとえば好きなニコニコ動画のジャンルについて「ボーカロイド」をチェックした女子(女子全体の15%が該当)だけ抜くと、おどろくほど違いがあります。

「テンションが上がる」60%

「萌える」「かっこいい」52%

「かわいい」48%

「笑える」40%

「こわい」「謎めいている」36%

「病んでいる」32%

「切ない」「泣ける」「ドキドキする」28%

 と、これまた全体の傾向とは異なる項目が上位に浮上しています。

 なお、ボカロ好きの男子では全体の傾向とほとんど変わらない結果になり、ボカロ好きでは女子だけが嗜好の特徴が際だっていました。しかし……。

・メジャーニーズとジャンルニーズ

 ただSFファンにしろボカロ女子にしろ、どう切ってみても上位に共通したものがあることも事実です。つまり、どの集団にも共通し、ひとがエンタメ全般に対して求めがちな最大公約的な「メジャーニーズ」と、ジャンルファン特有の「ジャンルニーズ」があると言えそうです。

 ではそのメジャーニーズを分類するとどんなものになるか?

 「喜・怖・哀・楽」×共

 になる、というのが私の仮説です。

 これらのいくつかを満たし、さらにはジャンルに対するニーズ(SFなら「壮大」「謎めいている」など)を同時に満たす作品が、ジャンル小説のヒット作となる――これがここでの基本的な考えです。

 では「喜怖哀楽×共」とは何かについて、わかりやすいところから、ひとつずつ説明していきたいと思います。

・楽――ポジティブでテンションが上がる要素

「喜」と「共」はややわかりにくいので、説明をあとまわしにして、楽・哀・怖から。

「楽」とは何か?

 先のアンケート調査の結果で見たとおり、人間は基本的にはポジティブなものを好んでいます。それです。

 エンタメには「テンションが上がる」だとか「楽しい」「笑える」「かっこいい」「かわいい」といった要素を求めるヒトが多い。

 具体的には特にこれらを訴求した作品として『図書館戦争』や『ソードアート・オンライン』、「小説家になろう」で人気のネット小説が挙げられます。

 地味なものよりは、何か突出した能力や外見を誇る主人公やヒロインを望んでいるわけです。

・哀――泣ける、切ない、感動する要素

「切ない」「泣ける」といった、心を揺らす要素も人気です。

 百田尚樹『永遠の0』や東野圭吾作品、アニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などのヒットを見れば自明でしょう。

・怖――ネガティブにテンションが上がる要素

 エンタメのニーズは、ポジティブな要素ばかりではありません。

 こわい、病んでいる、エグい、謎めいているといった恐怖を煽るもの、不安なきもちにさせるものも人気です。

 ホラー研究では「テラー派」(心理的・精神的な恐怖を呼び起こす心理サスペンス派)と「ホラー派」(肉体的・生理的な恐怖を呼び起こすショッカー派)が分けられていますが(たとえば風間賢二『ホラー小説大全』を参照)、そのどちらも含みます。

 貴志祐介や山田悠介、『王様ゲーム』などのホラーや、人間の醜い心理や復讐劇を克明に描いた湊かなえ作品、悲恋や悲劇を激しく歌うボカロ楽曲(悪ノP「悪ノ娘」やうたたP「こちら、幸福安心委員会です。」、囚人P作品など)などが該当します。

これでもかと痛めつけられ恐怖を味わわされたあとでその緊張を解消するタイプの作品も、「怖」に訴えかけるものだと言えます。

 注意したいのは「恐怖」とはイコール「地味で暗くて重い」ものではない、ということです。

 ネガティブな感情を劇的に表現したもの、ネガティブな方向にテンションが上がるものに対して需要がある。ということです。

 感情/情動を大きく動かすものに対してはニーズがあるが、感情が描き込まれず淡々と暗く重い展開をする作品は、うけていません。

 いわゆる「幻想と怪奇」とか「ゴシック」といったテイスト、あるいは雰囲気は、それだけではメジャーなニーズとは言えませんが、「恐怖」をつよく喚起するもの、心をざわつかせるもの、タブーを破ったり過激な暴力を描いて原始的な情動・俗情を刺激するものには大きな需要がある、と言えます。

 では、「喜」と「共」とは?

・喜――ほっこりした自己充足&現状肯定要素

「喜」は、社会学用語で言う「コンサマトリー」というやつです。

「楽」は、アッパーで明るく楽しく、理想を投影できる要素、何らかの目的に向かってがんばるものでした。

 それに対して「喜」は、仲間や家族とともにいる“今ここ”を肯定するような、ほっこりとした安心感で包んでくれるような要素です。

 音楽にたとえるなら、ロックが「楽」、ボサノヴァが「喜」でしょうか。

 森見登美彦や香月日輪の作品、三上延『ビブリア古書堂の事件手帖』、アニメ『けいおん!』などのいわゆる日常系作品など、身のまわりの小さな幸せを甘受するものですね。

 これも、地味に淡々としているだけの話ではだめです。

「いろいろあるけど、家族っていいなあ」「友達っていいなあ」「劇的な恋愛じゃないけど想い合うってすばらしい」「俺たちボンクラだけど、それでも幸せだよね」。といったことを、受け手に強く感じさせることが重要です。

 喜怖哀楽の説明は、以上です。では最後に、「共」とはどういうものか?

・共――シェアされる、話題にしたくなる要素

「共」は、コミュニケーション欲求を刺激する「ネタになる」「いっしょに楽しめる」要素です。

 その作品が喜怖哀楽を満たすものでも、人々が感じた期待や満足が口コミで拡散されなければ、ヒットにはなりにくい。

 人に話したくなる、ツッコミたくなる要素があってこそ、喜怖哀楽の満足は広がっていく。

 だから「喜怖哀楽×共」なのです。

 もっとも、シェアされやすいものとは、人の感情を揺さぶる――喜怖哀楽にはたらきかけるものではあります。

 たとえばソーシャルメディアのUX(ユーザー・エクスペリエンス)デザインの専門家であるポール・アダムズが書いた『ウェブはグループで進化する』という本があります。

 これには、「ニューヨーク・タイムズ」ウェブ版での「記事のシェアされやすさ」についての分析結果が紹介されています。

 多くの研究により、人々は事実をシェアするのではなく、感情をシェアしていることが明らかになっている。

 例えばジョナ・ベルガーとキャサリン・ミルクマンがこんな調査を行っている。彼らはニューヨークタイムズ紙のウェブサイトに掲載された7500件の記事(6か月分)を対象に、その中でどのような内容の記事が転送されたのかを分析した。「他人にとって耳寄りな事実を含む記事、例えばダイエットや新製品といった内容のものが最も共有されているだろう」というのが彼らの予想だったが、実際に共有されていたのは、感情を刺激するような内容の記事だった。その中には「尊敬」のように肯定的な感情を抱かせるものもあれば、「怒り」や「不安」などの否定的感情を抱かせるものも含まれていた。しかしそれほど心が沸き立つことのない感情、例えば「悲しみ」などの場合には、それが共有の引き金になることはなかった。

 共有されやすいコンテンツは、内容が肯定的なものや有益な情報を含むもの、驚きを与えるものや面白いもの、もしくは目立つ形で取り上げあられているものである。しかしこうした要素よりもっと重要なのが、どれほど感情を刺激する内容であるか、という点なのだ。(『ウェブはグループで進化する』43p~44p)

 ようするに、

・読者にとって有益で知的な情報と考えられるものが書かれている記事よりも、不安や歓喜といった情動にうったえかけるものの方がはるかにアクセスが多く、拡散された

・人間は情報を共有するというより、強い感情を共有する傾向にある

 ということです。日本のスポーツ新聞ならともかく、それなりに読者の知的レベルも高いであろう「ニューヨーク・タイムズ」でさえ、こんな結果だった。

 これはなにか、人間の「さが」を浮き彫りにしている気がしてなりません。しかし、なぜでしょうか?

 認知科学・神経科学者の渡邊克巳は、『お化け屋敷を科学する!』という本のなかで、こう言っています。

「感情の共有(共感)は、私たちが生活していく上でとても重要です。たとえば、誰かと話しているとき、同情したり一緒になって怒ったりする行動は社会的なつながりを強める作用があります。何か同じものに対し、悲しみを感じたり怖がったりすることで、人間同士の関係性が高まったり強まったりするのです」と。

 つまり、感情を揺さぶる作品がシェアされやすい(=売れやすい)のは、ひとは強い感情をシェアすることによって他者との結びつきを強めたいからなのかもしれません。

 喜怖哀楽といった感情を激しく揺らすものが口コミされやすい。ということは、「共」の重要性を強調するのはダブついた要素分類ではあります。

 とはいえ「他人に言いやすい感情の動き」ばかりではなく、「他人とはシェアしにくい感情の動き」もあるでしょう(たとえば恥ずかしいことや切実すぎる悩みは他人には言いにくく、楽しい話の方が他人に言いやすい)。

 これはこれで切り分けておくことにします。

 ところで、喜怒哀楽の「怒」、怒りはどうでもいいのでしょうか?

 ジャーナリズムではひとびとの怒り、義憤に訴えかけることにニーズはあると思います。が、私は怒りたくてフィクションに触れる人はいないのではないかと思っています(「あの映画観たんだけど、めちゃくちゃ腹が立った!」と言うときは、ほとんどが作品内容に不満を抱いたときでしょう)。

 ひとがエンタメに触れているとき怒りを覚える時間はどんなときか? 敵役が道徳的に許しがたいことをしているときや、主人公がうじうじして何も行動を起こさず話が停滞しているときなどでしょう。

 しかし敵は倒され、主人公はどこかの段階で決意しチャレンジに踏み切ります。

 つまり、いずれもそのストーリーの中で乗り越えられるべきコンフリクト(葛藤)が提示されたときに受け手は怒りを覚え、主人公たちの行動の結果、怒りは解消されていくさだめにあります。

 ひとは怒りたいから娯楽に触れるのではなく、怒りが解消された結果、手に入る感情が欲しくて触れるのです。

 ただ、ある種の不快感や反発を覚えるようなもの、イラッとさせる要素、激烈に怒り狂うキャラクターを入れておくと、読者の反応を誘発できることはたしかです。読者の感情を波打たせるためにあえて一時的に怒らせること、不快にさせることは、有効な手段ではあります(詳しくは、デスゲーム論の回で扱います)。

 いずれにしろ、最後にスッキリする瞬間を用意するためのお膳立てとしてユーザーを怒らせることが意味を持つことは少なくありません。ただ、怒り自体を目的にしたフィクションがエンタメとして需要が大きい、とは考えにくいと思います。

・ジャンルファンに「評価」される作品と非ジャンルファンにも「売れる」作品のちがい

 もちろん、喜怖哀楽のどれを強く求めるかは、ひとそれぞれの好みによって異なります。

 ですが、全体の傾向としては、見てきたとおり、なんらかの感情を強く揺さぶることが好まれています(なお、シェアされやすさだけでなく、脳科学では、ある出来事が人々の記憶に残るかどうかも、情動の揺さぶりのつよさが関係することが指摘されています)。

 完全に「平均値」そのものである人間はどこにもいません。

 でも「ああいうのが好きなひとってだいたいこうだよね」という「傾向」はある。全体としてみても、ジャンルごとにみてもある。定量的にも、それは裏付けられます。

 ジャンルのファンとは「特定ニーズの組み合わせを持つひとのあつまり」と言い換えることができます。

 SFファンでもラノベ好きでも、あるていど「こういうものが好きなひとたち」(こういうニーズをもった人たち)という塊=クラスタを形成しています。

 SFが好きな人の多くも、現代日本人がエンタメに求める「楽しい」「テンションが上がる」ものを求めていないわけではないでしょう。

 ですが、それらと同時に「壮大」「謎めいている」「知的」「別世界」「病んでいる」といった(全体からすると)マイナーなニーズをあわせもつ存在です。

 SF・ファンタジー・ホラーでヒットになる作品とは、

・メジャーニーズである「楽しい」「テンションが上がる」「泣ける」といった要素を満たしつつ、同時に、

・「壮大」「謎めいている」といったジャンルのファンが持つ固有のニーズをも突いたもの。

 です。つまり、ジャンルニーズとメジャーニーズのどちらを優先的に満たすかによって、変わってくるわけです。何が変わるのか?

・メジャーニーズ=「売上」に強く関係するファクター、ジャンルニーズ=「評価」に強く関するファクター

 ジャンルニーズとメジャーニーズのどちらを優先的に満たすかによって、売上が変わり、玄人(ジャンルのマニア)からの評価が変わります。SFファンに評価が高いジャンルSF作品とは、メジャーニーズはさておいてジャンルニーズを徹底して濃く満たす作品です。SFファン以外にも広く受け入れられるエンタメSF作品とは、ジャンルニーズはほどほどに、しかしメジャーニーズを重点的に満たしている作品です。

「売上」がよい作品が必ずしもその世界で「評価」されるわけではない。

「評価」が高い作品は「売上」やアクセス数がよいとは限らない。

 それは、売上に関わる要素と、評価に関わる要素が異なるからです。

「売上」にとくに関係するファクターがメジャーニーズであり、「評価」にとくに関するファクターがジャンルニーズです。感情を強く揺さぶるような作品を求めるひとは多いですが、感情を揺さぶるだけではジャンルのファンからは評価されません。逆に、ジャンル固有のニーズを満たせばジャンルのファンからの評価は高まりますが、ジャンル内部の評価と売上とは、あまり関係ありません。

 ひとつの作品であらゆるニーズを満たすことはできないし、する必要もない。

 しかしたったひとつのニーズしか満たさないものでは、うすっぺらいものになります。

 長編小説はこのバランスの中で成り立っています。序盤、中盤、終盤それぞれで少しずつ違う顔を見せ、フェーズごとに異なるニーズを満たしていく。

 本書は、SF・ファンタジー・ホラージャンルにおけるヒット作品を読み込み、その手管を分析していくものです。

 それぞれの作品が、どんなニーズを、いかなる手法で突いているのか。

 一冊の本として、どんなバランスで成立しているのか。

 次回から作品分析に入ります。

 まずは有川浩『図書館戦争』――「楽」と「哀」をとくに満たすエンタメSF作品の代表例から。


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