JBBY新・編集者講座第五期minedition代表マイケル・ノイゲバウアー氏講演会「世界中の子どもたちの心をつかむ秘訣とは?」2019.11.18@偕成社6階会議室

当日取ったメモです。不正確なところがあります。ご注意ください。

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私の古い友人でエリックカールがいるのですが彼を称えたパーティが毎年ニューヨークで九月中旬に行われている。昨年はいわさきちひろ美術館が取り上げられた。400人定員だがチケットがなかなかとれない。エリックのスピーチを見てほしい。

このスピーチの中で自分は八九歳になってクリエイティビティもだいぶ尽きてきているが二週間前に私の担当編集者が100歳になった。はらぺこあおむしは当初タイトルがwarmだったがhungry Caterpillarと名前を付けてくれた。
エリックはその編集者に感謝している。こんな本が生まれることは二度とないかも知れない。「これは芋虫ではなくはらぺこあおむし」と名付けてくれた。編集はそういったアイデアをかたちにすることが可能である。
エリックといしょに1980年代に九冊本を出した。出会いは私のつくった本をエリックが見つけた。私がつくった『けんじゃのおくりもの』を本屋で見つけた。
けんじゃのおくりものに入っていた読書カードにエリックがメッセージを書いて送ってくれた。それが出会い。
エリックとはうちに来てもらってワインを飲みながらアイデアを出して本を作っていった。問題点はこの長い月まで届くはしごをどう表現するかだった。
もうひとつ苦労したのは月が飛び出すシーン。そのページは初版では飛び出すかたちになっていなくて折りたたまれている。縦に折りたたまれていた。そうすると本屋さんで千切れてしまうので、エリックといっしょに破れない広がり方の折り方を工夫した。

会社のコンセプトは世界にドアを開くような美しい本を世界中の作家とイラストレーターとつくっていくこと。日本人ともたくさん作ってきた。ある人は「あなたは日本の出版社をやっているんですか」と聞いてきたほどだ。
人はどのように物語を伝えてきたか。グーテンベルクが聖書をプリントする儀従を発明した。話を伝えるには絵を使って伝えることが使われてきた。picture telling a story.
ラッキーなことに子どものノーベル文学賞と言われる国際アンデルセン賞を弊社から3人受賞している。ひとりはrobert igpen masterclass。ロバートの作品を紹介したいが時間がない。

それからLisbeth Zwerger。世界的に有名な作家の10人に入る。原画も高値で取引されている。
彼女はアーサー・ラッカムのスタイルに影響を受けていた。彼女は二十歳のときにウィーンの美術学校に行っていたが、こどもの本のための挿絵をやるならおうちでやりなさい、と言われた。
彼女はとてもシャイで外にもなかなか遊びに行かない。お母さんが書店をやっていて、本の取次をする人間に「私の娘は絵を描いているのだけど誰か出版社の人を知らない?」と言い、私の父が作品を見ることになった。
私の父は美術大学で教授をしていて出版社の創始者でもあったが、彼女の作品を観てすぐに本を出すことに決めた。出すと、すぐに賞を受賞した。
二冊目からどんどん色使いが明るくなり、内気な女性だったが成功してひとりぐらしも始め、人前でスピーチは難しかったが、『人魚姫』などの作品を出した。
どうやって作家を見つけるのか? ひとつの例である。たまたまウィーンの本屋と話して彼女と出会った。

Kveta Pacos クレタ・パツォスカ。
アンデルセン賞は新しいフレッシュなスタイルを探し、多様性溢れる才能に賞を与えている。ロジャー・メロンという作家も奇抜なスタイルだが受賞している。
もうひとりのもっともクレイジーな作家がクレタ・パツォスカ。
彼女は今年で91歳だがボローニャの子どもの本の見本市に毎年来ている。いつ中国に行けるの?と言ってくる。2,3稔前に台湾で大きな展覧会があり、また十年後に逢いましょう、とスピーチしていた。
彼女の作品は五〇種類以上も出ている。すばらしいイラストレーションで中国でとても人気がある。
アンデルセン賞を受賞した作家はたくさん知っているので、その展覧会も中国で行った。27人のアンデルセン賞作家が参加した。
ちょっとしたサイドストーリーだが、彼女は打ち合わせのためにプラハの家に行くと、私が部屋に行くよというと「私が行きます」と言う。だからエレベーターで5階に着いたときにパッと角からでてきて驚かすような子どもっぽいところがある。
初期はコンサバティブなスタイルだがだんだん奇抜なものになっていった。
彼女の作品はいわさきちひろ美術館でも観ることができる。
IBBYの活動が子どもへの普及に力を果たしている展覧会になっている。
昔は展覧会といっても原画を展示するだけだったが、今ではデジタルプリントで大きくすることでインスタレーションのようなこともでき、来場者はアートの一部になったような気持ちになれる。

working with japanese artist
chihiro tashiro.
どう日本人の作家と出会って仕事をしてきたか。たしろちさとはボロー茶の見本市にやってきたときに出会い、作品を持ってきてくれたが「もっと良い作品をもってきてほしい」とオーダーし、一年後に持ってきたものが『ぼくはカメレオン』だった。
そのときたしろが良いコンセプトの絵本を持ってきてくれた。『ぼくはカメレオン』の表紙は各国語でデザインが違う。その国でもっともマーケットに合うものを選んでもらっている。
表紙はどれだけ大事か?
ちひろの本ではないが『いないいないばあ』(Peekaboo)では日本人がかわいいと思うくまの表紙、オリジナルはフクロウの絵。
ちひろの本では%Nice Miceシリーズ。アニメもつくってDVDを本に付けている。トルコ語、英語、フランス語を載せている。言語を学ぶことができる。今後はデータ販売もするようになるだろう。
とはいえ印刷された本も大事で、19ドルだったが今は古本で45ドルで売っていてほしいと言う人もいる。

Ayano Imai
ふたりめの日本人作家。彼女の初めての絵本をつくった。つくるのに時間のかかる作家。フルタイムで別の仕事もしている。一〇年くらい前からいっしょに作品を作ってきた。
日本語版と欧米版でフォトショップで変えた部分がある。日本のプロモーションギフト(おまけのギフト)用の作品だったが、展開したあとに権利が戻ってきて小さなブックレットを出版することになった。
日本の小さな子にはいいのだがストーリーが繊細で易しい。日本の子どもはポエティックなものを好むが、ヨーロッパの子にははっきり伝えないと伝わらない。相談しながら内容を変えていった。
どういうところを変えたか? たくさんの木が描かれていたがテキストには「野原」であると書かれていたので木を消した。
彼女の作品はどう見つけたか? ボローニャの入選作品の予備審査をしているときにスカウトした。
どのように作家を見つけるか? ボローニャの展覧会は板橋区立美術館の松岡享子さんの尽力で応募されている。ある年は50%が日本人だった。

板橋区立美術館でkaichi keikoとも出会った。
彼女は私の会社のことを知らなかったがウェブサイトで観てもらうとぜひ出版したいと。彼女はグリーティングカードを作っていて、私はそれを作品にしたいと思った。
そのグリーティングカードはある病院のために描いていた一枚の大きな絵だった。その1シーンを切り取って作品することができると思った。
同じような問題に直面する編集者もいると思うが、すてきなイラストを絵本にできないか? と思ってやってみるが、編集者を五〇年やっても、完成した作品から絵本をつくるのは大変。
一枚の絵から要素を取り出して改めて絵を描いてもらうことで本にした。
この『アニマルパレード』という作品はしばらく寝かせることにした。そのあいだにグリム童話の七匹の子やぎの話を描いてもらうことにした。そのあとに彼女にスタイルを変えて新しい作品をつくってほしいとお願いしてウサギとライオンの話を描いてもらった。
年を取ったライオンと小さいうさぎの話。食べようと思って大事に育てているうちに情が湧いて、ライオンは去り、ウサギは巣立っていく。親のようになっていく。

Yoko Maruyama
2,3稔前から仕事をしている。『リトルサンタ』はこの冬、BL出版から出版された。クレヨンの話も日本で出版される。この本は韓国語版もすぐ決まった。捨てられたクレヨンの話。
子どもがアジア人のようにも見えるし白人のようにも見えるように描かれている。国際的なマーケットで成功したいのであれば、なるべく動物をキャラクターにするように、と言っている。たとえばヨーロッパの子どもが、主人公がアジア人の場合は自分の話じゃないなと思う。
だからキャラクターを動物にするように、とアドバイスしている。

mineditionの強みとして、すぐドイツ語、フランス語、英語版は出せる。そのほか、ギリシャやロシア語、日本語でも各国の出版社とも良い関係があるのでチャンスがある。
ベストセラーは出ていないが、作家と美しい本をつくっていく。
近年では制作費の高騰が問題になっている。ボードブックは制作費がかかるが通常の本よりも定価が安い。書店をスパイしていろいろ見ていると、1000円くらいが値段の上限なので問題。
日本で出版される本を拝見すると、通常の本でも印刷、紙の質がすばらしい。

Kazuaki Yamada
ボローニャのブックフェアで出会った。出会ったときはあちこち回ったあとでつかれていた。出版した。日本でも出版された。
彼の『公園でのコンサート』というタイトルの作品は、男の子が森に行って動物と出会いながらひとつずつ楽器を演奏していく。どんどん動物が増えていって大演奏会になる。当初は『森のコンサート』というタイトルだった。
ところが昨今、欧米、特にアメリカでは子どもがひとりで森に行くことがよく思われない、危険なことだと思われているので、本のページのどこかにお母さんを配置するようにした。一番最後のページでお母さんに「今日楽しかったよ」と報告することで終わる。

Yuuke Yonezu
彼は二〇〇〇年頃からボローニャのコンテストに応募していた。いつか仕事したいと思っていた。何冊か出版してきたが、すべてが日本で出ているわけではない。
彼は才能ある作家。打ち合わせをしながら、オーストリアにも遊びに来てもらっていっしょにつくった。ボードブックがすぐに受け入れられる本になった。ロシア、タイ、ベトナムでも出版がすぐ決まった。Love each otherというタイトル。
彼はコンセプトを発明するのが上手。エリック・カールと比較できる作家。シンプルだが何かを子どもたちに教えられるのが強み。ボードブックではかたちを教える作品になっていた。
本が売れる様になって、表参道に貸し画廊を1ヶ月借りて展覧会をした。ある年ボローニャに来たときに笑顔を思い出す。僕の所にきたので「何か新しいアイデアがあるのかい?」と聞くと「アイデアだけじゃないよ!」と。
今僕はエージェントやってるんだ、と言うので「え?何のために?」と聞くと作家を紹介された。

Momo Takano
彼は彼女とつき合っていて結婚して子どもが三人いる。作家として独立して長野で家を建てている。ゆうすけと昨日も会ったが、むかし「僕はとても緊張している」と言っていたことがあった。
ゆうすけは打ち合わせに来るときは、エディトリアルな制作というより、アイデアをどのようにかたちにできるか。しかけ絵本が多いので、いまは国際的な規制があるから、それを踏まえてやらないといけない。おもちゃカテゴリに振り分けられてしまうこともある。

作家とは友情、信頼関係を築き上げていくことが重要。だからこそ批判、これはこうしたほうがいいと言える関係になれる。それがあるからこそ、彼らもわかってくれて、いっしょに良い作品をつくっていこうという関係になる。
たしろちさととはいっしょにキリマンジャロにのぼったり、よねづくんは結婚式のスピーチをしたりといった関係をつくりながら絵本をつくってきた。つくれたことに感謝している。
mineditionのスローガンは「壁の代わりに端をかけよう」(Let7s build bridges instead of walls...)。これをもとに絵本をつくったが、そのときはちょうどトランプが大統領になるときだったのでとても売れた(笑)。

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