短歌 2015年7月

特選5首

1. 雨の朝産み落とされし我なれば雨のごとくに君を愛さむ

2. いつのまにか忘れたものの例としてたとえば紙飛行機の折り方

3. ゆっくりと冷めきった珈琲を飲む酸味ばかりが強くて、さよなら

4. 夜行バス停車場の列眺めつつ家なき男が猫を撫でをり

5. 雨よ降れ僕らが愛したものすべてと涙をもたない僕らの上に

他50首

1. 失ったなにかを探す朝の街それが何かもわからないまま

2. なにげなく顎撫でやれば指痛し少年の日ははや過ぎ去りぬ

3. 東京の郊外に住む少年は知らぬまま育つ海をも山をも

4. 好奇心と恋心はどう異なるか実地調査しレポートを書け

5. 夜明け前の街を歩けば風もなし自由といふは冷たき思想

6. 深夜2時下着姿の君が言う「シュークリームを買いに行こうよ」

7. 午前9時夏の朝日を浴びながら誰も乗せずに回る観覧車

8. 初恋の人が三つ編みだったから物理学者になったN君

9. この国にJ-POPてふ言ぞある七十年の戦後を思ふ

10. 眠る君の左胸に手を乗せているその単調さが少しだけ怖い

11. 永遠に夏が終わらぬ心地して午睡ののちの気怠き情事

12. なにもない地図にも載らない島の海のくらげみたいに生きてゆきたい

13. 寝て食べて週に何度かセックスしてゆるりゆるりと死に向かってる

14. ぬるいカフェオレ一息で飲み干して言ったんだ、「もう終わりにしない?」

15. 知恵の輪を外すのばかり得意だったそのまま大人になった気がする

16. あの薔薇も今頃はもう枯れただろう「寂しいわ」って言われたかった

17. だってほらこんなに月が明るくちゃ仕方ないよって唇を塞ぐ

18. テディベアと一緒に眠る女の子がほんとにいるとはちょっとうれしい

19. 「元気でね」って言い合ったするどい眼の野良猫がじっと僕らを見てた

20. そう僕はふざけてたんだだからほら「馬鹿じゃないの」って笑ってよ、ねえ

21. 将来は何になりたいのって訊かれめんどくさいから猫って言った、にゃ

22. 「あの底のでこぼこの意味知ってる?」って訊かれたときに恋に落ちたかも

23. つながったまま心臓に耳を当てる生きてることを確かめるため

24. 守られているのかそれとも囚われているのか風が強く吹く夜

25. 朝がきて気の抜けたぬるいビールを飲む寝たふりの君見下ろしながら

26. 「燃えないゴミ?」「いや燃えるゴミ」燃えるとこ想像しながら捨てるコンドーム

27. 泣きたしと思へど涙の落つるなく夕立に身を洗はれてをり

28. おそらくは青春の終わり アイスティーに氷が融けていくのを見ている

29. ねえヘンゼル、パンを食べなよ。君たちに戻る家なんてもうないだろう?

30. 風が甘い季節になって今夜まただれかが恋に落ちたみたいだ

31. ウィスキーをおごってくれた男が言った、「逆らおうぜ、夜が明けてくことに」

32. 逆らうんだ、この夜が明けていくことに。背中を擽り合ったりしてさ。

33. 「すき」「ほんと?」「ほんとだよ」「どこが?」「たとえばね……」「右に曲がります。ご注意ください」

34. シャツの畳み方を覚えたかわりに紙飛行機の折り方を忘れた

35. ペンは剣よりも強しと人は言うがペンには紙が必要である

36. サンダルの踵響かせ君が行けばあの街角に陽炎が立つ

37. 陽炎の立つ街角で会いましょう白い日傘を目印にするわ

38. あの夏のあの日あの時わかったんだあの陽炎の立つ街角で

39. 陽炎の立つ街角のケーキ屋の模型眺めつつ君を待ちをり

40. 私じゃないなにかのせいにできるのはきっと今だけ 花火が上がる

41. 夜が明けたらすべて忘れてしまうからお早めにお召し上がりください

42. 「紙飛行機飛ばしあったの覚えてる?」「うん、だけど折り方は忘れた」

43. 黄昏に君は微笑む永遠に解かれることのない謎として

44. 陽炎の立つ街角でくちづけを交はしそののち会ふこともなし

45. 家もたぬ男の猫を飼ふありて憲法二十五条を思ふ

46. 窓際に檸檬はありぬ永遠に解かれることのなき謎として

47. 10代は終わりにけりな蝉時雨ふる遊歩道に紫陽花は枯れ

48. だれもみな傷つくことを恐れては関係者以外立入禁止

49. きっとまだ僕の知らない君がいて 右に曲がります。ご注意ください。

50. 「チク」と「タク」の間(あはひ)に雨の降るやうに君の涙が染み込むだらう

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