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This will do.あるいは鰻の国から’22帰宅

「OFF AIR3」発売記念こばなし。未読でも大丈夫です。

 毎年八月、たいてい土用の丑の日前後に「うなぎの日」がある。カレンダーに定められたオフィシャルな記念日のたぐいではなく、社員食堂で、うなぎ弁当を無料配布する内輪の恒例イベントを指す。「社外スタッフの皆さまへのささやかな還元」と称し、対象は局員を除く関係者(演者・バイト可)で、この日は必要もないのにのこのこやってくる関係者もいるほど人気は高い。
「お弁当いただいてきましたー」
 しかし、「局員除く」なんてただの建前に過ぎない。
「あっ、うなぎだー‼︎ なっちゃん俺のぶんある!?」
「あるある、ていうかまだ第二陣で取りに行かなあかんから」
「じゃあ一緒に行くよ」
「いや自分の仕事しとき」
 案外職分に厳しい鬼太郎が竜起を追い払い、前が見えないほど重ねた弁当箱を手近な机に置くと餓鬼のごとく愚民が群がっていく。弁当を求める人間を全員収容できるスペースは社食にないので、当然テイクアウトになり、誰に何個渡したかなんていちいち確認しないので結局どんぶり勘定の大盤振る舞い、フリーうなぎ状態だった。売れない芸人やタレントの中には「家で冷凍するんで」とか「妻子のぶんも」とか言って二個三個と持ち帰る不届き者もいるらしい。まあ、国江田さんには関係ない話。
「あのー、国江田さん、お弁当は……」
「あ、僕は結構です」
 なので、恐る恐るお伺いを立ててくる鬼太郎にほほ笑みながら「わかりきってんだろ訊いてくんじゃねーよボケ」と心の声で伝える。鬼太郎の目つきもまた「わかってはおりますが一応お訊きしないわけにもいきませんので……」と語っていた。

 まあそんな感じでほのかにうなぎのたれくさいオンエアが終わり、荷物をまとめているとまた「お弁当ありまーす!」というアピールが聞こえてくる。スルーして帰るはずが、設楽に呼び止められた。
「国江田、弁当食べてなかったよね、持って帰れば?」
「いえ、でも」
「こんな時間まで珍しく余ってるみたいで、社食からわざわざ持ってきてくれたんだよ。消費期限、午前四時までだって。廃棄にしちゃうのは忍びないしSDGs精神にも反するからさ」
「そういうことでしたら……」
というわけで、入社以来初のうなぎ弁当を持って帰ると、奇しくもおうちメニューもうなぎだった。
「何だ、うなぎテイクアウトしてんだったら言えよ」
「帰りがけに持たされたんだよ」
 とはいえ潮が作っていたのは柚子胡椒を塗ってオーブンに入れた白焼きなのでさほどの被り感はない。ミートソースとボンゴレみたいな? 違うか。
 タイムリミットが迫った弁当も仲良く半分こにして、いただきますと手を合わせる。一週間の労働を終え、いちばん心ほどけるひとときだ。ビールと共に白黒のうなぎを堪能していると、潮がどこか不服げに計を見ていた。
「何だよ」
「そっちのうなぎ、国産な」
 と柚子胡椒焼きを指差す。
「へえ」
「浜名湖産。しぞーか県民の国江田さんのために」
「そこでご当地感はいらねえよ、どうせふるさと納税だろ」
「絶対無料配布の弁当より高級なはずなんだよ」
「だろうな」
 さすがに国産うなぎ弁当を何百食と振る舞うほどお大尽じゃないはず。
「なのにお前、どう考えても弁当のほうが箸が進んでんな」
「気のせいじゃね」
「んじゃどっちがうまい?」
「……ビールお代わり」
「おい」
「お前、五郎の名言知らねえの?」
「『子どもがまだ食ってる途中でしょうが』?」
 古いな。
「五郎違いだよ!」
「誰だよ」
「五郎といえば『こういうのでいいんだよ』だろうが」
「ああ、孤独のグルメかよ。で?」
「うなぎといえばこってり甘いたれと、それが染み込んだ白米が至高」
 潮はため息をついた。
「深夜だから気を遣ってさっぱり味にしたのに、お前が愛してんのはうなぎじゃなくてたれなんだな。むしろたれ味なら何でもいいんだろ」
「んなことねーよ、餃子とラー油と一緒だよ。うなぎにはたれ、たれにはうなぎ」
「じゃあ俺があしたの朝めしにうなぎたれで牛丼作ったら何て言う?」
「……子どもがまだ食ってる途中でしょうが」
「それ、モノマネで言ったらまじで作ってやる」
「卑怯だぞ」
「似てなくても『こういうのでいいんだよ』って言ってやるから安心しろ」
 できるか。

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